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43.誤送信しちゃいました。

「あ、おはよ。マコ」


「おはようございます、龍之介さん」


 まだ昨晩の暑さが残る朝、遅めに起きて来た龍之介が真琴に挨拶をする。

 夏になっても、家の中でも被る帽子。慣れたとはいえ暑くないのかと心配する龍之介だったが、それよりも真琴がエプロンをつけキッチンに立つ後姿に不思議と興奮を覚える。



(おいおい、幾ら彼女が居ないからってマコに欲情してどうすんだよ。マジで……)


 テーブルの椅子に座った龍之介が自然と頭を抱える。



「お待たせしました!」


 真琴が元気よく作り立てのスクランブルエッグをテーブルに置く。そしてじっと見つめる龍之介に気付いて尋ねる。



「どうかしましたか? 龍之介さん」


 龍之介が少し難しい顔をして尋ねる。



「なあ、マコは俺と一緒に住んでいて楽しいんか?」


「楽しいです……、あっ」


 即答してしまった真琴が思わず自分の口を塞ぐ。龍之介が言う。



「そうか。まあ、俺達って得意なことほぼほぼ真逆だし、一緒に暮らすには相性はいいのかもな」


 そう言って龍之介ができたての朝食を口にする。真琴が下を向き顔を赤くして言う。



「そ、そんなことないですから……」


「……」


 無言になる龍之介。そして思う。



(時々妙に色っぽい仕草をするだよな……、いかんいかん。マジで変な気を起こす前に、ちゃんと『おさげの天使様』に告白して彼女になって貰わなきゃな……)


 龍之介自身、時々感じる真琴への妙な違和感に戸惑うことがあった。



「なあ、マコ」


「あ、はい……」


 真琴が少し顔を上げて答える。



「それでいつ紹介してくれるんだ? 俺の『天使様』」


「……」


 今度は真琴が無言になる。



「いや、マジでいま夏休みに入っちゃって全然会えないんだよ」


「そんなこと言われても……」


 困った顔をする真琴。



「じゃあ仕方ないから毎日駅で張り込みでもするかな……」


「そ、そんなことやめてください!」


「じゃあ、そろそろマジで紹介してくれよ」


「わ、分かりました。少しずつ話をしてみます……」


「そっか! ありがとな、マコ」


 龍之介は嬉しそうな顔で朝食を食べ始める。




「いってらしゃーい!」


「ああ、行ってくる」


 龍之介は朝からある喫茶店のバイトに向かう為にマンションを出る。それをエプロンをつけた真琴が玄関で見送る。笑顔で手を振る真琴を見ながら龍之介が思う。



(いかんいかん!! マコが新妻に見えてきた……、マジで病気かも知れんな……)


 男装はしているものの、エプロンをつけた真琴は女だと言われても違和感がない様相。龍之介は何か軽いショックを受けながら駅へと向かった。




「さて、ではでは!」


 ひとり留守番をする真琴は、朝食の片づけを終えるとすぐに自室へ向かう。そして男装を解き、鏡の前に座って桃香から教えて貰った化粧を始める。



「うん、いい感じね!」


 やがて男だった自分が、可憐な女へと変わっていく。その鏡に映った自分の変化に幸せを感じながらうっとりと見つめる。



(こんな私、龍之介さんは興味持ってくれるかな……)


 今のこの自分を見て貰いたいと思う気持ち。同時にそれによってすべてが終わってしまうという恐怖感。真琴は楽しい化粧をしながらも消さない思いに悩んだ。






 喫茶店でコーヒーを淹れながら働く龍之介に、バイトの先輩の桃香が声をかけた。


「龍之介君」


「はい、桃香さん」


 桃香はふわっとしたピンク色の髪をかき上げ龍之介に近付く。

 バイトの制服なのに胸のあたりのボタンが故意なのか分からないが大胆に外れている。近づけば近づくほど桃香の柔らかそうな胸の谷間がはっきりと見え、それに緊張した龍之介の体が強張る。桃香が言う。



「真琴ちゃんに聞いたんだけど、龍之介君達って一緒に住んでいるんだってね」


「あ、はい。居候しています。アパート追い出されちゃって……」


 龍之介は家の仕送りが無くなってしまい困っていたところを真琴に助けて貰った話をする。



「そうか~、真琴ちゃん優しいね」


「ええ、本当に。あいつ男のくせに料理と家事も全部できて、マジすごいっすよ」


「へえ~、そうなんだ~」


 桃香が更に龍之介に近付く。体が触れそうなくらい近付く桃香からは、まるでその名の通り桃のような甘い香りがする。



「龍之介君はさぁ~、真琴ちゃんのこと好きなの?」


 龍之介はついこの間も同じような質問をされたと思い出しながら答える。



「好きですよ。弟みたいで可愛いやつだし」


「ふ~ん、弟ねえ~」


 桃香が意味深な笑みを浮かべる。龍之介が尋ねる。



「何でそんなこと聞くんですか? マコには感謝してるし、嫌いな訳ないし」


 桃香が目を細めて答える。



「秘密」



「秘密……?」


 よく意味の分からない龍之介に桃香が耳元で甘い息と共に小さく言う。



「女はね、色々と秘密があるものなのよ」



「わわっ!?」


 驚き思わず後ずさりする龍之介。桃香はそんな龍之介を見てウィンクしながら接客へと向かって行った。



(どうしたんだろう、桃香さん……)


 龍之介はいつもと雰囲気が違う桃香を見て少し戸惑いを感じた。






 その日の夕方。

 一日自分の部屋で化粧を楽しんだ真琴が、一体何枚目か分からない自撮り写真を撮るためにスマホを見つめた。


「ちょっと上目遣いで……、うん、色っぽくていいかも……」


 真琴には珍しい妖艶な雰囲気の写真。スマホに溜まった写真を見つめ、自然と笑みになる。



「あ、そうだわ。この写真おばあちゃんに送ってあげよう」


 真琴は未だキヨの前で化粧をしたことが無い。お見舞いはいつも龍之介と一緒なので男装の真琴だ。真琴がスマホの写真を見ながら考える。



「う~ん、どれにしようかな?? どれも可愛いけど、思い切ってこの色っぽいのにしちゃおうかな??」


 真琴はちょっとした悪戯心が芽生え、キヨに普段見せない色っぽい表情をした写真を送る。



「はい、これでよしと。で、メッセージは……」


 真琴が写真に添えるメッセージを考えようとしてあることに気付く。



「あれ? 何でここに()()()()()の名前があるの……」


 見ていたラインの画面の上に『龍之介さん』と表示されている。そして気付いた。




「え、ええええっ!? 私、もしかして間違えて龍之介さんに送っちゃった!!??」



 龍之介とのラインの画面に表示される真琴の色っぽい表情の顔。慌てて真琴がそれをキャンセルしようとするが、どうやっていいのか分からない。



「と、取り消しって、どうやるのっ!?」


 焦る真琴。

 だがキャンセルや削除の仕方など習っていない。



「どうしよう、どうしよう、どうしよう。あっ!!!」


 そうこうしているうちに、送った写真に『既読』の文字が表示される。



「見られちゃった……」


 真琴が顔を青くして固まる。

 化粧した自分の写真。しかもよりによって選りすぐりのセクシーショットを見られてしまうとは。すぐに龍之介のメッセージが表示される。



『マコ、この写真どうしたんだよ??』


 頭を抱えた真琴が呆然とする。文字を見ただけで龍之介が喜んでいるのが分かるほどだ。


『それは、あの、ちょっと間違えちゃって』


 我ながら何を書いているのだろうと真琴が思う。



『ありがとう、マコ。家宝にするぜ!!』


 スマホの向こうで龍之介が親指を立てて喜んでいる光景が浮かぶ。





「ただいまー、マコ!!!」


 しばらくしてマンションに帰って来た龍之介。その声はこれまでにない程明るく、そして喜びに満ちていた。



「お、おかえりなさい。龍之介さん……」


 男装した真琴が下を向いて言う。龍之介が化粧をした真琴の色っぽい顔の写真をスマホに映して見せながら言う。



「すごいよ、マコ!! この写真最高だよ!!! マジ、どうやって手に入れたの??」


「どうって、ちょっと貰って……」


 龍之介の手に、アホみたいに口を開け恍惚の顔をした自分の顔が映っている。真琴にとってはもう穴があったら入りたいぐらい恥ずかしいほどの写真である。龍之介が言う。



「いや、これはマジで家宝物だぜ。プリントアウトして部屋中に貼っておこう」


「え? ちょ、ちょっとやめてください!!」


 慌てて真琴が言う。そんなことされたら恥ずかしくて死んでしまう。



「だって、マコ、全然紹介してくれないし。自分だけ『天使様』からこんな写真貰ったりして、本当はちょっと悔しんだぜ」


 本当の真琴に男装した真琴が色っぽい写真を貰って、それを間違えて龍之介に渡し、龍之介は男装した真琴に本当の真琴のことを思って嫉妬する。



(ダ、ダメだわ。何だか頭が混乱してきた……)


 ただでさえ不味い状況の今。色んな思惑が重なり合い、真琴が混乱する。



「マジで紹介してくれなきゃ、この写真を()()()に印刷して毎日抱いて寝るぞ」



「え、ええ!? ちょ、ちょっとそれだけは勘弁して……」


 そんなことができるのかと驚く一方で、もう自分の手には負えなくなってきたと真琴が思う。『スマホの真琴』を眺める龍之介に真琴が渋々いう。



「分かったから……、いつか必ず紹介するから……」


「ほんとだな?」


「ほんと」


 そう答えた真琴の前に、龍之介の小指が差し出される。



「じゃあ、約束。破ったら針千本飲んで貰う」


「わ、分かったから……」


 渋々小指を差し出して約束する真琴。

 嬉しそうに紹介する約束をする龍之介を見て頭痛がする一方、大学生にもなってなんて子供みたいなんだろうと苦笑する。



(ちょっと可愛いかも……)


 真琴は小指を絡めながら嬉しそうな顔の龍之介をじっと見つめた。

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