42.え、トラさんって……、嘘だろ!?
夏休み。
大学の試験も無事に終わり、龍之介や真琴は夏休みを迎えていた。真っ青な空に大きな白い入道雲。セミの声が熱い空気をより熱くする。
「マコ、美味いな。このスイカ」
「はい、美味しいですね」
龍之介はキッチンで買って来たばかりのスイカを食べながら言った。目の前にはニット帽をかぶった真琴。龍之介が尋ねる。
「お前、本当に帽子が好きなんだな。暑くないのか?」
真琴が少し下を向いて答える。
「はい……、帽子好きなもんで……」
女を隠すための男装。もちろん帽子も暑いが、胸に巻いたままのさらしも暑い。それでもまだ凹凸の少ない貧乳だから助かっている方だろう。龍之介がスマホを手に言う。
「そう言えばキヨさんからメッセージ来てたぞ」
「おばあちゃんから?」
「ああ、なんでもラインで写真の送り方を教えて欲しいって」
「写真……」
真琴は友人から送られてきた写真を思い出した。そう言えば自分も分からない。真琴が言う。
「ラインって写真も送れるんですね」
「そうだよ。あれ、教えてなかったっけ?」
少し考えてから真琴が答える。
「うーん、どうだろう。忘れちゃいました」
「あはははっ、また今度教えるよ」
「はい。お見舞いの時でいいですよ」
「マコも行く?」
「もちろん」
「じゃあ、今日行こっか?」
「今日ですか? いいですよ」
特に予定のないふたり。早速久しぶりのキヨの見舞いに出掛けることにした。
「おばあちゃん、久しぶり!!」
キヨの入院する大学病院にやって来たふたり。久しぶりの祖母に真琴が喜ぶ。
「まあ、いらっしゃい。ふたりとも」
ベッドの上で下半身を起こしたキヨが笑顔になって言う。龍之介が答える。
「急に来てすみません」
「あなた達ならいつでも歓迎よ」
キヨは仲良くやって来た龍之介と真琴を見て微笑む。
「具合はどうですか?」
「悪くはない、って感じかしら。来月手術なのでそれまで頑張らないと」
そう言うキヨに龍之介が答える。
「絶対大丈夫ですよ! 上手く行きますから!!」
「そうよ、おばあちゃん。大丈夫だって!!」
キヨが依然男装した真琴を見て苦笑する。キヨが答える。
「そうそう。今日来て貰ったのは写真の送り方が分からなくて……」
キヨがテーブルに置いてあるスマホを手にする。
「教えてませんでしたっけ?」
「さあ、忘れちゃいましたわ」
そう言って笑うキヨ。スマホをつけてふたりに見せる。
「これがね、トラさんよ。折角写真を送って来てくれたのに、私の写真が送れなくって心苦しかったの」
そう言ってスマホに映った写真をふたりに見せる。
「いいんですか、見ちゃって?」
「いいわよ」
それを聞いて龍之介がその写真を見つめる。白髪の、やや厳つい老人男性が映っている。
(え?)
それを見た龍之介が固まる。
(トラさん……、虎、虎って、おい、まさか……)
龍之介はその老人を知っていた。知っていたというよりは、
(これ、うちのじいちゃんじゃん!!!!)
彼は三上虎次郎。
正真正銘、龍之介の祖父である。
(マジかよ……、確かにじいちゃん、今はひとり身だけど……)
祖母は龍之介が幼い頃に亡くなっており、それ以来虎次郎は独身を貫いている。ひとり固まる龍之介に真琴が尋ねる。
「龍之介さん、どうかしました? まさか、写真の送り方が分からないとか……?」
龍之介が真琴の言葉で我に返る。
「あ、いや、そんなことはないよ。ごめんごめん。えっと、ここをこうして……」
龍之介の説明を真剣に聞くふたり。キヨが早速自撮りした写真を選び、トラに送る。
「ええっと、これでいいのかしら? はい!」
機械音と共に送られる写真。
「やったわ! 成功かしら!?」
龍之介がそれを確認して言う。
「大丈夫だと思います。既読がつかないからまだチェックしていないのかな」
「そうね、楽しみだわ」
キヨは初めて送る自分の写真を見て恥ずかしそうにする。
「龍之介さん、緊張したせいか喉が渇いたわ。悪いけど何か買って来てくださる?」
キヨがそう言って財布からお金を取り出し龍之介に手渡す。
「いいですよ」
龍之介はそう言うと病室を出て行く。キヨが真琴を見て尋ねる。
「それで、あなたはいつ龍之介さんに話すんだい?」
真琴は手を後ろに組み、ちょっと斜め下を向いて答える。
「だってぇ~、私が女だって話したら絶対上手くいかないよ~」
真琴の中では今の『マコ』だから、同棲生活が問題なくできていると思っている。女になったら色々と不都合が生じるてしまうはず。キヨが言う。
「だからっていつまでも龍之介さんを騙しておくのかい?」
「それは悪いと思ってるよ。でも私が男と一緒に住むってのをみんなは賛成なの?」
もし朝比奈家の未婚女性が独身男性とひとつ屋根の下で暮らしていたと知られれば、それはそれで大問題となる。今は真琴に関する様々な情報はキヨによって守られているが、知られればこの状況を良しとしない者は少なくない。
「それは良くないわ」
「じゃあ、どうするの?」
「家に帰るってのも真剣に考えて……」
「それは無理っ!!!」
真琴が大きな声で言う。
「それを強制されるのなら、私、家出するわ。もう誰にも頼らない!」
真剣な顔で言う真琴にキヨが小さく息を吐いて言う。
「分かったわ。無理強いはしない。あなたが言いたくなった時点で言えばいいわ」
元々真琴の監視を兼ねてやって来ていたキヨ。彼女がどこかへ行ってしまっては本末転倒だ。少し言い過ぎたと思った真琴がキヨに言う。
「ごめんね、おばあちゃん。わがまま言って」
「いいのよ。あなたが悪い訳じゃないから」
キヨが笑って答える。
「それはそうと、あなた何だかすごく良く笑うようになったわね。何かいいことあったのかい?」
真琴がにっこり笑って答える。
「うん、学校でいいことあった」
「へえ~」
あれほど学校へ行くのを嫌がっていた真琴を知っているキヨが驚く。
「学校が楽しいのかい?」
「うん、楽しみ!」
意外過ぎる言葉。
「生活も?」
「楽しいよ!!」
キヨはやはり龍之介と暮らすのを許可したのは間違いじゃなかったのかと思う。
「お待たせ! 買って来たよ、冷たいの」
そこへ飲み物を買って来た龍之介が戻って来る。
「まあ、ありがとう。龍之介さん」
「いえいえ」
そう答える龍之介にキヨが尋ねる。
「龍之介さん」
「はい?」
「龍之介さんは真琴のことが好きかい?」
(え? お、おばあちゃん、一体何を聞いてるの!!!)
隣にいた真琴が突然の質問に顔を真っ赤にする。龍之介が答える。
「マコ? もちろん好きですよ!!」
かああああ……
それを聞いた真琴が更に顔を赤くする。キヨが笑顔で言う。
「そうかいそうかい。じゃあ本当に真琴のことよろしく頼みますよ」
龍之介は最初一緒に暮らす時に『マコを守って』と言われた言葉を思い出す。
「はい、任せてください! 俺が責任をもって!!」
その言葉に更に顔を赤くする真琴。キヨはそんな孫の顔を横目でにっこり笑いながら見つめる。龍之介が言う。
「キヨさん。近いうちにきっと『トラさん』にも会えますから!」
虎の名前を聞いたキヨが少し恥ずかしそうに言う。
「そうですかね~? トラさん、結構恥ずかしがり屋さんだし」
「大丈夫ですって」
「まあ、今度は一体どんな魔法を使ってくださるのかしら?」
龍之介が頭に手をやりながら答える。
「いや、魔法ってもんじゃないけど……、きっと会えると思います」
「龍之介さんがそう仰るのならそうなんでしょうね。楽しみにしておくわ」
龍之介が笑顔で言う。
「はい! だから手術、頑張ってください!」
「ええ、頑張るわ」
同じく笑顔で答えるキヨ。
真琴はそんなふたりを嬉しそうに見つめた。




