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96.異世界経営方針会議

「魔王!?」



 手に持っていた茶菓子を落とし、思わず武器を構えるがリゲルドは訝しげな顔で勇者一行を見つめる。


「師匠。この者たちは一体何者だ?只ならぬ力を感じるのだが…」


「女神様が遣わした勇者一行だよ」



 さて、どうなるか。


 はっきりと宿敵の紹介を受け、緊迫した面持ちで全員が構える。アウラたちやグレンは女神のシナリオなど知らないが、それでも漂う殺気染みた気配には分からないなりに戦闘態勢に入っている。猫と犬のように問答無用で喧嘩をすることになるのか、だとすればせめて外でやってほしいと他人事のように様子を窺っていたが勇者一行を睨むように長考していたリゲルドは我が意を得たりといった表情でリッチに視線を向ける。



「つまり…師匠は勇者を手駒にしたという事か!!」


「……そうなんだよ!はっはっは。彼らは俺の絵本のファンなんだ!」


「絵本とは何だ?余にもその絵本いうものを是非見せてほしい!」


 本当に魔王なのかと疑いたくなるほどの楽観的な考えに肩透かしを食らうが、仲介人たるリッチのせいで無用な殺し合いに発展しないことに安堵を覚える。改めて面倒事は決して起こさないようリゲルドに言いつけると、クルスとクロナ、ハーピー3姉妹に城内を案内するついでに絵本を読み聞かせてやるよう指示を出すと子供のように応接室から退出していった。



 部屋に残ったのは勇者一行にグレン、アウラ、デモンゴ、リロの面々であり、言わずともリッチが今後について話を設けようとしていたことに先程の朗らかな雰囲気が一変する。否応なく司会進行役を引き受けたリッチは各自の紹介を行い、本題へと移る。


「じゃ、シナリオが崩壊したところで今後の方針を決めようか」


「…シナリオとは?」


「勇者vs魔王の女神の筋書、俺は潰すつもりなんだよね」



 勇者一行はともかく、女神の不純な動機を知らない他のメンバーは不思議そうな顔をしていたがそれ以上の内容には触れずに構わず説明を続ける。自身が生きてきた世界がゲーム感覚で運営されていたなど知ってしまえば、堪ったものではないだろう。


「早い話が歴史上初の平和を築こうって話さ。ここに役者も揃っているし、リゲルドは戦争する気なさそうだし、君たちも今更でしょうよ?」


「…アレが本当に魔王なの?私がイメージしてたのと全然違うんだけど」


「デモンゴ?」


「え?あ、はい。私も詳しくはありませんが魔王様は決して滅びない存在、なのだそうです。死してなお魔素の残滓は残り続け、長い年月を経て再び受肉されるらしいのですが、その期間もまちまちで記憶は引き継がれていないそうです」


「あの…デモンゴ、さん?はリッチ、さんの提案に関してどう思われてるんですか?僕たちはその…それでもいいかと思うんですが」



 すでにこの世界での役目は破綻しつつあり、ライラも落ち着いたことで勇者一行はすでに戦意を喪失していた。もっとも、物語の中盤手前で中身が世間知らずで子供の姿をしたラスボスが登場したとなれば、ソレを目標に戦い続けるというのも気が引けてしまった。あとは魔族側の意向次第と言わんばかりに全員の視線がデモンゴに集まるなか、本人は溜息を吐くように目を閉じて俯く。



「デボン様が…私の上司がどのように考えているかは存じ上げませんが、我ら魔族は魔王様に導かれる定め。私は魔王様のご意向に従うまでです」


「リゲルド次第か…もしこの関係を続けられるよう誘導できるなら日々の務めから解放されるかもよ?」


「……その言葉は本当でしょうか?」



 喰らいつくようにリッチを見るが、元営業としては社畜の気持ちはよく分かっている。


 そしてその堕落のさせ方も。



「リゲルドの教育係は今まで通りやってもらうけど、魔王軍の責務がなくなるんだよ?この先ずっと魔王軍のために死ぬまで働けるか想像してごらん?」






 [学生の期間は20年、その2倍の時間をかけて今後は社会人として生活をする]





 元の世界で営業に配属された際、部長に言われた言葉だ。定年と呼ばれるその期間まで果たして人生をその会社に費やせるか、プライベートも健康も捧げてまで働くのか。俺の選択肢はNOであった。残り40年、馬車車の如く働けと?その悪夢から脱するべく、転職することで平穏を手に入れることができた俺はその後何人もの社畜化した知人をこの体験談で毒牙にかけて転職させてきた。




 彷彿するリッチのドス黒い感情とは別に遠い目をして天井の一端を眺めるデモンゴは、魔王軍に加入してからの今に至るまでを思い出していた。




 辺境の遺跡に隠れ住み、魔王の復活に呼応してかつての魔王城を訪れた時にはすでにデボンが復活の準備を始めていた。戦う術を一切持たず、自らが唯一持つ長所が[転移魔法]。幸い軍務から外され、転移に目を付けたデボンによって外交をメインに任務を与えられた。しかし一癖も二癖もある魔族や下手に自らの力量を過信しているマヌケ共に魔王軍勧誘のために声をかけてまわり、なかには突然攻撃を仕掛けてくる者までいた。もちろん魔王軍参入の意思はないとみて、デボンに報告した後にその者は滅びる末路を辿ったわけだが。

 最初はまだよかった。しかし時が経つにつれて業務が増えていき、幹部の伝令を任されたために転移先が戦地のど真ん中であったことが何度あったか。決して自らの功績が出せるわけでもなく、この先は魔王軍のために文字通りボロ切れになるまで働かされるのだろう。



 あぁ、今でもあの声の数々が昨日のことのように思い出せる。



(ちょ、こっち見ないでよ!気持ち悪いわね)

(伝令?知るかそんなもん…え、デボン?……ちっ)

(デモンゴ!貴様は何の役のも立たんなっ!!)



 過去のストレスという名の亡霊が心を軋ませ、その身が限界に達した時に現実に引き戻されたデモンゴは応接室にいる複雑怪奇な関係にある面々を眺める。ここで提案を呑めば確実に自分は魔王軍、とくにデボンを裏切る形になる。しかしあくまでも魔王に忠誠を誓っているわけであって、デボンが率いる魔王軍のために生きているわけではない。さらに言えば魔王様のお相手に送り込んだ魔族が連続で5名も犠牲になっている背景がありながら、どういう神経で自分を送り込んだのか?恐らく転移魔法の恩恵も忘れ、ただの雑用としか見られていないに違いない。



 魔王様もココにおり、そのお方が心酔しているアンデッドの魔王種もこの土地で鎮座している。




 ……何も問題はない。




 思考には僅かな時間しかかからなかったはずだが、過去の追体験をしたことで疲れ切ったサラリーマンのような面持ちでリッチへ視線を向ける。




「魔王様のこと、そして私めデモンゴ、貴方のご加護の元でお世話になりたく存じます」


「いや、そんな堅くならなくていいから」





 この異世界、[アトランティス大陸]最大の脅威は取り除かれ、この世界の異物たるアンデッドの魔王種不死王リッチ=ロードの元に[魔王][勇者]、そして愉快な仲間たちが[古都ファムォーラ]へと集結したのであった。




 運命が巡り合う地へと……

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