87.ようこそ、廃都市へ
「…深淵の教団の司祭はいますかな?」
<おおぉおー神よ!貴方はいつでも我らの事を見守ってくださっているのですね!?>
「そういうのいいから。何かたくさんの人を引き連れてるって聞いたんだけど…無事なの?」
<翌日には到着いたしますので、ご心配なく>
「いや、そうじゃなくて」
少なくとも人間を引き連れている側らしいが、1日離れた距離を娘たちが探知できたことに再び衝撃を受ける。教団と交信するもほとんど現状を把握できず、教団の視界をジャックするとまるで避難民のような様相の人間たちを率いていることに若干戸惑いを覚える。一体どこで何があったのか、直接出会ってから確認するでも問題はないかと念の為アンデッドの警備を増強しつつ、仕方なく丸1日待つことにした。
「……これはどういう状況なのかな?」
翌日の昼過ぎ、崩れた正門の前には教団以外の多くの人間が集まっていた。子供から老人までおり、何も持たない者から全財産を所持していそうな者まで様々だ。
出迎えるために渋々姿を晒しているが、1つの違和感を覚える。目の前には浮遊するアンデッドがいる。しかし彼らの目には恐怖ではなく、まるで英雄を見るかのような眼差しを一様に向けていた。
直接出会っても理解することが出来ず、ますます困惑していると司祭が前に進み出る。
「この者たちは戦や貧困によって住処を失い、我らの教え、しいてはリッチ様に救いを求めたものです…皆の者!この方こそがこの世の混沌より我らが哀れなる魂を導いて下さる、偉大なる不死王リッチ=ロード様なるぞ!」
「「「「「お゛お゛お゛お゛ぉぉおおおおお!!」」」」」
久しぶりに聞く人々の轟音につい仰け反るも、ひとまず彼らに好きな空家に入るよう促し、改めて司祭にこれまでの経緯を問い詰める。しかし彼は悪びれる様子もなく、淡々と質問に応じていく。
「魔境の近くの村が常に脅威に晒されていることは存じておりましたので、まっすぐ向かったところで彼らと出会ったのです」
行き場もなく、絶望に打ちひしがれた彼らの前に出現した法衣を纏ったアンデッドの群れに死を覚悟していたらしいが、この世の恐怖からの救済、果ては主であり神である不死王による加護を説き、藁にもすがる思いでついてきたとのことだった。また、司祭が生前に幾度と魔境近くの街を訪れていたことで彼を知る者が多く、姿がアンデッドになってなお変わっていない人格を信用されたそうだ。
「…とりあえずご苦労様って言いたいけど、安全の保証は出来ても食事までは提供できないよ?」
「人はパンにのみ生きるわけではありません」
「いや、餓死するから」
まさか初めからアンデッド化を狙って!?っと思ったが司祭たちに農業の心得があるらしく、難民にその術を伝授しようと考えていたらしい。食の確保も考慮をしていることに胸を撫で下ろしつつ、都市内の一部の区画が派手に破壊された箇所を整備し、農地として使用するよう教団に話をつけた。
「当面の食事は……ちょっと妖精たちにも聞いてみるわ。あとアウラたちにもできれば魔物を狩ってこれるかお願いしてみる」
「おおお、我が神よ。慈悲深きその御心、我ら信者、永劫世に伝えてまいります」
司祭が膝間づき祈っている間、周囲の環境を部下を通して確認する。難民たちは教団の案内によって各自空き家に入っていき、なかにはアンデッドの見た目もあって怖がる者もいるが、ほとんどは束の間の休息に安堵の表情を浮かべていた。アウラたちには狩りの件を了承してもらい、妖精たちは木の実ならいくらでも生産できると進言していたため、ひとまずは落ち着きを取り戻せそうだ。
「神よ」
「リッチでいい」
いつの間にか祈りを終えていた司祭は真っ直ぐリッチの目を見る。
「非難された人々の中には孤児もおりますが…いかがいたしましょうか」
「いかがって、孤児院でも作るしかないんじゃない?」
「こじいん、とは?」
この世界では貧困に喘ぐと口減らしが常識らしく、貴族として産まれていなければ別ルートで人生が終わっていた可能性があったことに思わずゾッとする。孤児院の用途を軽く説明し、次の巡礼を行おうとする司祭に孤児院の創設と管理を依頼した。なお、教団の教えを説くのは一切抜きで!という条件付きで。
実質孤児院の院長になれという提案に本人は快く了承してくれたが、廃都が街として活気を取り戻すのかと考えるとこれから起こるであろう、面倒事の数々に深いため息を吐くしかなかった。




