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86.草原の群れ

 滅びた都より夥しい数の死者を回収し、ゲシュタルトの廃城に戻るとアウラがくり抜かれた壁の縁に腰を下ろしていた。遠い地平線を見ているようであったが、その目は何も見ていないようにも見える。

 戻ってきたリッチの存在にも気付かず、話しかけるかそっとするか悩んだが思い切って声をかけることを選択する。


「…ただいま」


「……あ、おかえりリッチ。どこ行ってたの?」


「ちょっと魔王に会ってた」


「へ~……魔王!?」



 先程の黄昏が消え、目を見開いて詰め寄るアウラに押しつぶされないように手を出しながら簡単に説明する。魔王軍への勧誘を受けたが断った旨を伝えると何故かアウラが誇らしげに胸を張った。


「貴方が誰かの下につくなんて考えられないし、魔王軍に入るってことは人間と戦争するってことでしょ?クロナたちが巻き込まれないならそれでいいわ」


「…アウラも随分と人間らしくなったよね…ところでさっき寂しそうにしてたけど、どうかしたん?」



 話しかけるならば今だと先程の光景について尋ねると突き出していた胸を引っ込ませ、急にしおらしくなって再び壁の外へ視線を向ける。しばらく無言であったが、辛抱強く待っているとやがて絞り出すように呟いた。


「さっき狩りに行った時、ちょっと懐かしくなって昔の古巣を見に行ったの」


「…追い出された所、だっけか」



 子を産めぬリーダーとして蔑まれ、一族に追い払われたばかりか飛び立ての若いハーピーにまで侮蔑の言葉を浴びせられたと聞いている。自分の今の姿を見せるために自慢しに行ったのか、あるいは新しく引っ越した先に呼び込もうとしたのかは憶測こそすれ、決して彼女に聞くことはなかったが彼女から語られることもなかったため暗黙の了解とした。

 再び沈黙が部屋を支配するが、アウラはやっとの思いで言葉を吐き出す。


「無くなってた」


「…引っ越したってこと?」


「羽根や血が散乱してたから、多分他の魔物に襲われたんだと思う。死体も見つからなかった」


「…襲った魔物でも狩りに行く?」


「ううん。仇討したいってわけじゃないし、ちょっと考えさせられたってだけ」



 追い払われたとはいえ、やはり一族のことを憂いているのかと考えていたが、彼女の発言からその思考は否定される。


「初めて子供が産めなくてよかったと思ったの」



 ハーピーにとって出産は全てと言っても過言ではなく、それがよかったのだと彼女は話す。出産することができ、そのままあの場所に留まっていれば今頃一族もろともこの世から姿を消していた。

 一族の掟によって追い出されたからこそクルスやクロナに出会い、そしてリッチと娘たちと出会いを果たすことができた。寂しそうに、それでも儚げに笑顔を作った彼女は亭主へと顔を向ける。


「…結果論でしかないよ」


「でも貴方もアンデッドになってからの方が人間の頃より充実してるって言ったでしょ?結果は結果でも、それがよくなるかどうかなんて誰にも分からないわ」


「…昔のことよく憶えてるね」



 互いの不運の先に待っていた、[今]について思わず苦笑する。アウラは子を産めぬことで幸せを掴み、リッチは恐怖していた死を得ることでもっとも[生]を満喫している。他者には決して理解できない、体験する機会もない境遇にいることにもはや笑う以外の選択肢はない。


「本当、運命ってのはどう動くか分からんもんだな」


「そうね」



 しばらく2人で笑っていたがやがてそれも落ち着くと、ポーチに座る熟年の老夫婦のように外の景色を眺め始める。都市と夕陽が沈む光景に感傷に浸っているとアニスたちがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。しかしその光景は3人の若きハーピーたちがリッチの姿を視認するや、疾風の如く突撃をかましてきたことですぐさま脳裏から消え去る。

 気付けばダウンをとられ、起き上がることすら許されない状況で口々に話しかけてくるが、3つの優しい触り心地の羽毛と床に挟まれて話を聞くどころではない。


「こら、貴方たち!お父さんから離れなさい!」


 アウラの一喝に3姉妹は渋々離れていくが、その鋭利な鍵爪にはいまだしっかりとリッチのローブが握られている。それが離れるうえでの最低譲歩ラインであることを物語りつつ、思い出したように口を再び開く。


「遠くから人がいっぱい向かってきてるの!」


「遠く?」


「まだ見えないけど~風で感じるの~」


「きょ、だん、の人、も、いる」



 クロナが編み出した風魔法応用によるレーダーを習得していることにも驚いたが、まだ部下の警戒網にすら引っかかっていない状態で発見していることに一層驚かされる。知らぬ間の成長と成果に頭を撫でるも、娘たちの報告だけでは今一つ状況が理解できない。カトレアのいう[きょだん]とは深淵の教団のことなのだろうが、[もいる]ということは他にも人間がいるということになる。捕獲され連行されている、のならこちらも分かるはずであるし、そこらの人間に負けるような性能を持ってはいないはず。

 疑問に思いながらも、リロと行った通信を教団の司祭にも試みる。

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