79.距離感
「それで、何故森へ行かれるので?現在この周辺の依頼は全て閉鎖されているはずですが…」
軽い自己紹介を終えた一同はギルドへ調査の申告をしたのち、早速森の中へと入っていく。しかし彼らが最後に記憶していたような魔物の奇襲に見舞われることもなく、順調に魔の山があった場所へと向かっていた。
殿を務めると言って最後尾を歩くことにしたクロナたちはリオン一行と多少距離を置き、声が聞こえないことを確認すると耳元に囁くように今回の目的に関して今一つ理解していないリロがクロナたちに尋ねる。
「それでなぜ今からご実家の跡地に戻られるので?あ、もしかして記念に石を持って帰られるとかでしょうか!?確かに我が主たちへのお土産としてはなかなか洒落ている…」
「何言っているんですか!私たちの故郷が一瞬でなくなったんですよ!?お父様たちは大丈夫だとは思いますが、一目見なければ気が気じゃありません!!」
「それに絵本のお土産もみんなの分買えましたし、是非リウムたちに読み聞かせたいんです!」
心配と家族に会えるという複雑な感情が入り混じりながらも、それぞれが言いたいことを吐き終えたのちにリロは不思議そうな顔をして首を傾げる。その反動で一瞬首が落ちそうになり、慌ててクルスたちが支えるが、リオンたちがこちらに気付いていないことに安堵の溜息を吐く。
たまに忘れてしまうが、彼女は[デュラハン]としてリッチのアンデッドな眷属である。冒険当初もつい首だけで宿屋の廊下を彷徨ってしまう事象が発生し、対策として本格的に兄妹で夜通し話し合ったこともある。
そんなクロナたちの対応に申し訳なさそうに首を抑えつつ、2人に顔を向けると先程疑問に思っていたことをそれとなく口にする。
「クロナ様たちは我が主から何も聞いておられませんでしたか?奥様や妹様たち共々、お引越しなされたと私は伺いましたが…」
「「……えっ!?」」
思わず足を止めてリロを信じられないとばかりに凝視する。当の本人はその反応に戸惑い、彼女らが再び歩き出したのは前方を歩くリオンたちが異変を察して駆けつけてきた時のことであった。
「クルスさんたち、随分距離が離れていますね…」
「そうだな」
たまに振り返ると視界には入るが、徐々に距離が開いている気がする。了承してもらえたとはいえ、心の距離感が現れている気がしてライラとガイアが深く肩を落とす。
「ま、まぁついてきてもらえただけでも御の字だよ」
「それはリロさんがついてくるから?」
「そ、そういうわけではないよ…」
一度も会えず、噂ばかりが先行していたサイレントウォーカーの一行とやっと出会えたと思えば赤髪に美貌をまとう女騎士が現れたのだ。緊張しない男がいるだろうか?しかし、王城に残してきた従者のソフィアの顔を思い出し、首を振って雑念を追い払う。
「と、とにかくだ。今回の件、恐らく例の魔物に何か起きたのは間違いない。自然消滅はないと思うけど、万が一強敵にやられた結果だというなら何が出るか分からない。戦力は多い程いい」
「…しかし転生者ではない、勇者ではないこの世界の住人を俺たちの戦いに巻き込んでも問題はないんですか?」
「仕方ないわよ。私たちだけではあのアンデッドにさえ歯が立たなかったんだから。どっちみち強敵がいるなら、カンジュラを拠点にしている彼女たちも巻き添えをくらうのも時間の問題よ」
あくまでも戦況を有利に運ぶためである、そう自分たちに言い聞かせながら転生者一同は重い気持ちを胸に抱えながら森の奥へと進んでいく。
しかしクルスたちの奇声にしっかりと反応し、何事かと走り寄れば「何でもない!」と行軍を続けるよう促される。あれ程声をあげて何もないわけがないはずだが、これも心の距離感の表れなのだろうか。半分正解、半分外れである彼らの考えであったが真意は推し量れない。
再び元の隊列に戻ると自然と距離が離れていくクルスたち一行に思わずリオンは溜息を吐く。
「……人との関係を築くって難しい…」




