75.太陽神
「ゲッカァァァアアアーー!」
早々に涅槃を実施したリッチは教団の眼前から姿を消し、前回見た輪廻転生録をすり抜け、真っ直ぐドアへと向かう。前回は木製で藍色であったが、オレンジ色の鉄製に変わっていたことにも気付かず蹴り開けるようにして入室する。
「ゲッカァァァアアアーー居るかー!!」
「ヒィィイッ!?」
「ん?」
床に所狭しと並ぶノートパソコンはおろか黒髪の少女もおらず、代わりに赤いショートヘアの女性が積み上げられたデスクトップパソコンの前に座っていた。キーボードも3つ置いてあり、まさに就業中であるといった様子であった。
「…えっと、どちら様でしょうか?」
「ドーモ、リッチ=ロードDEATH」
「ど、どうも。太陽神と申します」
「ゲッカの野郎はいますかな?」
「え、ゲッカちゃんのお知り合いですか?」
見覚えのない、むしろ太陽神と月花神以外は不可侵の空間に当たり前のように乱入してきた目の前の男に唖然とする。不法侵入者として対処すべきなのかとオロオロしていると月花神を呼び出すよう指示されるが、数時間前に交代して就寝中である旨を伝えるも有無を言わさぬ物言いに渋々起こしに行く。
「ゲッカちゃーん。お客様がいらしているんだけど…」
「む~、まだ眠いよ~…あと100年は寝させて」
「何言ってるの。リッチ=ロードさんという方なんだけど」
「リッチ=ロード……あ゛!!」
眠気が完全に吹き飛んだ彼女は飛び起き、寝癖も気にせず太陽神の職場へと向かうと前回送り出した男が仁王のような顔を浮かべて彼女を睨んでいた。
「何か言う事は?」
「「……すみませんでした」」
先程の空間には仁王立ちする男が1人、そして机から剥ぎ取られたデスクトップパソコンを膝の上に乗せられたゲッカが正座をして俯いていた。ゲッカは焦燥しており、ヨウは同じく正座をさせられているが、つい先程目の前の男の存在理由を聞かされ、同じく謝罪を述べることしかできなかった。
「俺がここにいる理由はわかってる?」
「心当たりが多すぎて…」
「他に何をしたんだ?」
机の上に積まれるパソコンに目をやり、何台載せられるか検討しているとそれを察したヨウが慌てて口を挟む。
「妹が、ゲッカがその節は大変申し訳ないことをしたことは謝罪させて頂きます!ですが、今回お越しになられた件をご説明して頂けると私も助かるのですが」
「俺が不死王になったことは別に問題ないよ。質問がいくつかあるから答えてもらいたいだけ」
「うーーーっ…質問、ですか?」
Q1.太古の書というものがあるらしく、リッチ=ロードに関して記載があったようだが過去にも存在したのか
A1.存在しておらず、心の中学生の暴走とアフターケアのつもりで世界にインストールした新設定
Q2.相手の魂を直接奪い取れるようになった
A2.[魂喰らい]という新必殺技をインストール、女神の祝福のつもりで授けた
Q3.いままでのアンデッド化と違い、意思を持っているうえにゲッカのお告げを聞いた教団がいる
A3.断食は予想外であったが、もともと司祭や信者も腕のいい魔術師であった者が多く、かつリッチへの狂気的な忠誠によって眷属化したうえ[ワイト]というアンデッドの上位種となった。また、デュラハンも同じく上位種ではあるが、別枠のモンスターとして登場させたつもりであった
Q4.司祭だけへの復活の呪文で教団全員が復活したのはなぜか
A4.司祭と信者は一心同体というか魔物としてセット。ワイトであるため、教団内であれば互いを復活(召喚)させることも可能なはず。後ほど彼らの性能についてご説明します
Q5.何故この世界はこうも狂っているのか
A5.面白そうなゲームが父(リッチやリオンたち転生者がいた世界の神)の世界にあり、私たちで具現化してみたかった
Q5.あ゛?
A5.ヒィッ!?
単調な質疑応答のすえ、ヨウもこの世界を作った共犯としてパソコンを2台載せられる。勿論ゲッカの膝の上にはすでに2台搭載されており、地味にある重量感に脂汗を掻き始めている女神2人を前に、呆れながら質問を続ける。
「じゃあこの世界は俺がいた世界のゲームを参考に作ったってこと?」
「は、はい。父の世界の人間は沢山のゲームを生み出しており、なかでもRPGというのがとても楽しくて、この世界があればきっと見守り甲斐もあるだろうと妹と2人で」
「親父はこのこと知ってんの?」
「…いえ」
RPGの基本はモンスターを倒し、世界を平和に導くのが王道。父の世界は戦争と醜い争いに包まれていたが、ゲームの世界であればきっと面白…ハッピーエンドが約束された世界が展開されると望んでの試みであった。
しかし所詮は人間である。
ゲームのように主人公が世界を救って終わるはずがなく、ゲームで言えばただの村人が山賊に堕ち、死ねばセーブポイントに戻れるわけではなく人生がゲームオーバーを迎える。さらに魔法や剣による武力、権力や階級がより顕著なものとなってしまい、全く想像していなかった最悪な方向へとシフトした世界を修正するには手遅れとなっていた。
事態収拾のため、父の姿に似せられ、能力が付与できるだけの空きスペックがある人間の魂をばれないよう少人数誘致し、女神の使いとして事態回復を期待した。その結果、劇的な変化は起きなかったが世界の流れを緩やかにすることは実現し、それ以来、都度転生者を送り込むようになった。
そして初期に設定した[魔王を倒せばこの世界が平和になる、勇者は讃えられて一国の主となる]。実際に魔王は倒されたが勇者も相打ちとなり、魔王を失った魔族が、勇者を失った人間が、それぞれが覇権を競うことで歴史上もっとも混沌とした時代が幕を開けた。
「まさか魔王と勇者がいた時代がもっともマシだったなんて思わないじゃないですか!」
「言いたいことはわかるけど、ゲーム感覚で世界を作ったのはどうかと思う。ヨウちゃんはどう思う?」
「…返す言葉もございません。ですがこれから少しは緩やかになるはずなんです」
「WHY?」
「魔王が復活しますし、勇者もとい転生者も過去最高の6人もアップデートしましたし!勿論あなたは特例ですが」
「……あの子たちも災難だな」
元の世界で死に、この世界で勇者という肩書を与えられてリッチの縄張りまで踏み込んできた少年少女たち。そんな彼らが女神たちによる戯れで真面目に生きていることに虚しさを覚え、思わず眉間を指でほぐし始める。
「あの、どうかされましたか?」
「いや、何でもないよ。ちなみに過去最高、っていままでも転生者をもっと放り込めなかったの?」
「システムの負荷により1人か2人が限度でした。しかし最近魔王復活に贄として国が2つ滅んだので多少容量に余裕ができたのです」
さも当然のように話すヨウの事務的な対応に若干引いたが、彼女らからすれば世界を修正することに必死なだけで他意はないのだろう。さらに経験上、魔王と勇者がいる状況がもっとも平和であると結論付けてしまっている部分もある。
「とりあえず現状は理解した。俺はこれからも勝手にやるけど、これ以上、いや二度と世界に介入しないこと。次に余計なことしたらこちらにも考えがある」
「……考え、とは?」
「お前らの親父に言いつける」
その返答に2人は白い肌をさらに蒼白になる。
隠し事を父親に晒される挙句、申告するのが被害者のなかでも最も被害の多かった存在、そしてそれを実現することが出来るだけの権限を迂闊にも付与したことで2人に何がもたらされるか。後悔以上に恐怖に苛まされた女神たちはパソコンをどかし、地面を抉る勢いで土下座を決行する。
「「父にだけは言わないでください!!命がいくつあっても足りません!!!」」
これだけ脅していれば大丈夫だろうと、ひとまず安心した被害者はさっさと涅槃を解除し始める。
「いいな?とにかく余計なことはするなよ?次会ったら親父に言うだけじゃなくて俺も何するか分からないからな?」
「「かしこまりましたっ!!」」
この世界を統括する双子の女神からの敬礼に頬を引き攣らせながらも、覚えのある意識の混濁に徐々に視界から空間が閉ざされていく。
「これで最後になることを祈るよ……ばいび~」




