63.成人の儀
無事生まれた三姉妹ですが、ちょっと成長します
「「「お父さーん!」」」
振り返ると腹のモフ毛が3つほど、タックルするかのようにリッチにのしかかる。常時浮遊の身であろうと、こうなると流石に地面に横たわざるを得ない。
なお、その気になれば物理カット100%も可能ではあるが一度タックルを交わすために使用した際、本気で泣かれたこともあってそれ以来諦めてこの一撃を毎度喰らうことにしている。
「今日はおーくをお母さんと仕留めたんだよ!」
「晩御飯は私たちが捕まえたんだよ~、褒めて~」
「褒、め、て」
忙しない3姉妹の後ろで微笑ましそうにこちらを窺っているアウラの足元には、すでに事切れているオークが3体掴まれていた。
子供たちも母親のように上半身が人間のものになっているがまだまだ子供のようなあどけなさを残しており、全体の体積もまだ成人の半分ほどしかない。それでもやはりアウラとリッチの子供であり、アウラの風魔法、そしてリッチの防護/回復魔法はしっかりと受け継いでおり、最近では防護と風魔法を全身に纏って特攻を仕掛けるなど凶悪な狩りの仕方をしているらしい。
やはり強くなくては生きていけないとクルスたち同様の教育を施したのがいけなかったのか、今では立派なモンスターとして山を拠点に森を蹂躙している。
「ん、すごいすごい。じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんに報告してきてそのまま稽古に励みなさい」
「「「は~い」」」
再び空中に浮遊できる態勢を取れる頃には、クルスたちもリッチ同様の洗礼を受けていた。魔物でありながら本当の兄妹のように仲が良く、生前であれば考えられないような光景である。
そのありえない光景を作った発端はリッチにあるわけだが。
「リウム!アニス!カトレア!邪魔ばかりしてないでしっかりリロに稽古つけてもらいなさい!」
「お兄ちゃん!おーく!おーく捕まえたんだよ!褒めて!!」
「お姉ちゃんおーく食べるの好き~?」
「稽古、しな、い、と」
3姉妹の命名は相変わらずアウラに頼ってしまったが、3人とも[幸福を分け与える者]という意味が込められている。リウムは天真爛漫、アニスはのんびり屋、カトレアは喋るのが少し苦手らしいが歌う時は普通に歌っていた。
その幸福のモフ毛の被害にあっている一行は返事が出来ずに、相変わらずその下で蠢いている。リウムたちもだが、思えばクルスたちも大分成長したように思う。相変わらず中性的な顔だが身長が少し伸びたクルス、女性らしい体型になってきたクロナ、どれほどの年数が経過したのかはいまだ判然としないが、何年経とうとも元気に育ってもらえればそれにこしたことはない。
「ぷはっ!オーク捕まえるなんて凄いじゃないか!今度一緒に狩りに行こうね」
「むしろお父様も連れてピクニックもいいですね!」
「ごほっごほっ。リウム…頼むから鳩尾に突っ込んでくるのはやめてくれ…」
三者三様の意見が出たところで再び稽古が始まる。
クルスたちは肉体と模擬戦、リウムたちはリロの頭を高速で追いかけている。最初は部下をあてがおうかと考えていたが、眷属としてこれくらい余裕です!と豪語するリロの意思を尊重した結果、恐ろしい光景が広がる日常が形成されることになった。
「ふふふ、みんな元気でいいわね」
「リロのおかげもあるけど、俺らの子供だからな。あれくらい普通だろ」
「それもそうね……もうすぐかしら」
「…そこはハーピーと元人間の共通の考え方だからね。仕方ないさ」
どことなく落ち込むアウラの肩を優しく抱き寄せ、半霊体の肩に頭を預ける。この日常ももうすぐ終わりを迎えることになる。
「クロナ、クルス。今日は成人の儀を執り行う」
とある朝、リッチ、アウラ、そしてリロの前に整列させられた2人はポカンと口を開けてその言葉の真意を探ろうとする。
2人の年齢は全く分からないが、少なくともクルスが昔馴染みの転生者と同等の身長に達しており、最近では1人でもリロの相手をこなせるまでに成長したことを考慮しての宣言だった。
その頭上を不思議そうに3姉妹が飛来し、邪魔にならないようにとアウラたちの方へと呼び寄せる。
「2人とも森の脅威を物ともしないほどに立派に育ったことは十分理解している。だがいずれは対峙できないほどの強大な相手と出会う日が来るかもしれない。今日は2人に俺の部下の相手をしてもらう…いいな?」
その言葉に息を呑むクロナたち。
強大な相手、となれば並大抵のアンデッドではないはず。いつもどこ吹く風といった父親であるリッチのいままで見たことがない真剣な眼差しに、しばらく忘却していた緊張感が2人の背筋を駆け巡る。
「…つまり本気で戦え、ということですね?」
「そうだ」
普段使い慣れている武器を、クルスは槍を、クロナは双剣を、それぞれ強く握りしめる。物申すと言わんばかりにリウムが咄嗟に動くも、それをアウラに目で制され、渋々地面に降りて項垂れる。
それ以上の言葉は交わされることなく、目の前に一体のアンデッドが召喚される。邪悪な角を生やし、片手に斧、片手にメイス、さらに腹部から2本の腕が突き出ていた。
かつてカンジュラを陥れようとした男、ウラド・シュームリ。
吸血鬼の真祖にして、魔王の第3部隊を率いた者と本人は語っていたが、今となっては魂も持たない木偶にすぎない。
虚ろな目で双子を見据え、いつでも攻撃できる態勢に備えている。
『始め』
瞬時に特攻を仕掛けられるも、双子はその一撃を受け止める。ギリギリと武器がきしみ、力が拮抗しているか思うも束の間、腹部から生えた腕から赤い炎が形成され、2人が咄嗟に飛び退いた瞬間、轟音とともに先程まで2人がいた場所は黒炭になっていた。
クロナが即座に風魔法で風刃を飛ばし、それを避けたウラドに向かってクルスが乱れ突きを放つも両手の武器によってなんなくいなされる。
本気の戦い。
いままでの狩りとは違う。リッチやアウラ、ましてリロの保護はなく、2人だけで強敵を排除しなければならない。気を一切緩めることを許されない状態に勝負は拮抗し、我慢の限界に達したリウムたちが止めに入ろうとするもリッチたちがそれぞれ3姉妹を拘束し、激しく抵抗しながら珍しく反抗的な目でリッチたちを睨む。
「放してよ!お兄ちゃんたちが死んじゃう!!」
「黙って見ているんだ」
「何言ってる!……の、さ」
見上げるとリッチは相変わらずのポーカーフェイスを貫いているが、アウラは涙を目に溜め、リロは口を噛み締めながら戦況を見守っていた。
何故成人の儀を行うのかは理解できない。しかし、手を出してはいけないものであるということだけは[大人]を見て理解した。子供である自分たちはただ2人の無事を祈るしかないと暴れるのを止め、戦いの行く末を静観することにした。




