62.本気の遊戯
アウラがいまだに命名に頭を捻っていた頃、リッチは毛玉のような3人のハーピーを抱きかかえながらクロナたちの稽古を眺めていた。クルスは槍でリロのランスをいなし、すかさずクロナが双剣で一撃を入れようとするが寸でのところで避けられてしまう。しかし2人の連携もだが、個々の力もまたメキメキと育っていると素人目ながらも理解することが出来た。
ただ稽古の景色として1つだけ歪なものがあり、その1つとは教官のことを指していた。
「クルス様!もう少し腕の力を抜かれると今の技は決まるかと思われます!クロナ様も腕のスナップを効かせて!」
「「はいっ!」」
クルスたちが熱心にリロに挑みかかる間…正確にはリロの胴体と応戦している間、彼女は頭だけを切り離して様々な角度から2人の動作を確認していた。右へ左へ、長い髪をなびかせながら華麗に宙を舞う姿は顔の美しさを差し引いてもホラー以外の何物でもなかった。時節、鋭い目つきで子供たちの所作を観察している時など鬼の生首のようにも見える。
リロが眷属でよかったと人知れずほっとする不死王の腕の中では、3人の毛玉が小さく跳ねながら3人の様子を興奮しながら見つめていた。次はこの子たちの番になるのかと、胸元から振動する柔らかな感触を見下ろすと丁度リロが休憩を高らかに宣言するところだった。
「はぁはぁはぁ…あ、ありが、ありがとうございまし、た…はぁはぁ」
「ぜぇぜぇ、ありがと、うございま…す」
「うむ、2人ともいい筋をしているぞ。水分補給はしっかりするようにな」
そこまでは教官としての立派な面構えを保っていたが、次の瞬間には顔をほころばせながら首だけを真っ直ぐ毛玉に向かって飛ばしてきた。不死王の御前であることも忘れ、顔を3人のハーピーに擦り付けながら悶絶する様にこの行為が彼女にとっての水分補給なのかと思わされるところがある。3人もまた面白そうに彼女の擦りつけに応え、それがまたリロの頭部を暴走させる。眷属の粗相を気にすることなくクルスたちに視線を移すと、2人はすでに休憩を終えて次の稽古に備えて入念にストレッチを始めているところだった。戦闘狂にならないことを祈りつつ、呆然とその様子を眺めているだけであったはずが、ふいに脳裏によぎったアイデアが質問という形でリロに向けられる。
「…リロの頭と胴体って独立してるの?それとも頭部ありきなの?」
「うぉー、このモフモフなら死んでも後悔は…はい?あ、申し訳ありませんでした!」
ようやく粗相に気付いたリロは顔を真っ赤に染めながら姿勢を正すように頭部を浮上させ、ランスの手入れをしていた胴体が辿り着くと彼女の頭部と合体した。見ていて楽しかったと笑い飛ばすとさらに顔を赤くするも、構わず先程の質問を尋ねると少し頭を捻って言葉を選ぶよう説明する。
確かに頭部によって当然の如く胴体を意のままに操ることは出来るが、同時に胴体は彼女そのものでもある。たとえ視界に入らない遠方で胴体が活動してようと、彼女の意思によって自ら別行動をとることができる…と本人も混乱しながら必死に自らの生態について語ろうとするが、ようするに胴体は彼女の意思をベースに自立行動が可能であり、アンデッド特性からか頭部がなくとも周囲を知覚することができるということで無理矢理納得した。
その事実を告げられ、イケルと判断した不死王はクロナたちを呼び寄せる。呼びかけに不思議そうに駆け寄ってきた2人であったが、先程まで稽古をしていた3名が揃うとリッチは新たな修行を提案した。
「リロの首を最後まで持ってた人の勝ち!…って修行なんだけどどうかな」
「リロ先生の頭を、ってことですか?」
「…我が主、主旨がいまいち把握できないのですが…」
真面目な3人に今一つ理解してもらえなかったが、たまには遊びを取り入れた修行もいいのではないかという思いからの提案であったことを説明すると互いにとりあえず頷く。そして再びリッチに視線を向けると次の言葉を待った。
「ルールは簡単、リロの首を持って逃げ切れたら勝ち。リロ自身は当然胴体の方が追って、首を持ってない人は首を持っている人から手に入れる。ちなみにリロは浮遊するのなし、というかボールのように動かないこと」
「…はぁ、つまり私の頭を持っている人が勝者。参加者には私も含まれているわけですか」
「よくわかりませんが、なんだか面白そうですね!」
「リロ先生の髪を間違って掴まないようにしないと」
「とりあえずルールは理解したね?で、遊びとはいえマジでやってほしい所もあるから……そうだな、勝者にはこの3人を1日中モフれる権利を授けよう!」
リロの訓練に子供たちが慣れてきたので新しい刺激を、その程度の軽い認識であったが景品の話をし出した途端に空気が急速に重くなるのを感じた。クルスたちの視線はいつの間にか眠ってしまっている3人のハーピーに注がれていたが、その目からは殺気にも似た強い覚悟が漂ってくる。それ以上不死王が言葉を続ける間もなく、参加者同士でさらにルールを固めていくとあっという間に準備が進められた。
[遊び]であることを考慮して木を削って普段しようしている武器を模し、トップスピードで浮遊するリロの頭部をクルスかクロナのいずれかが捕獲してからリロの胴体も参戦。範囲は不死王の縄張りが広がっている森まで、日没までにリロの頭部を抱えていた者が勝者。
とんでもないことを提案してしまったのかと後悔しつつ、すでにスタートラインに立った3名はリッチに熱い視線を送っていた。その意味を理解するや、ため息を吐くと渋々キーワードを発した。
「…よ~い、ドン」
言い終わったか判定が出来る刹那、リロの首とクロナたちは森に吸い込まれるように瞬く間に姿を消した。後には不死王と3人の毛玉、そしてハンデとして武器は持たないことにしたリロの胴体が今か今かと腕を組んで待っている。3人の動向は巡回しているアンデッドの視界やニンジャを投入することでかろうじて追えているが、リロが華麗に森を抜けていく様に苦戦を強いられていた。
しかし途中で追跡をやめ、先回りをして奇襲をかけたクロナを避けようとした隙を突かれ、ついにクルスがリロの頭部を抱えることに成功。それと同時にリロの胴体が森へと走り出し、リロの首を巡った遊びや稽古の域を超えた戦闘が日没まで繰り広げられていた。
日没。
3人がようやく森から出てきた頃にはボロボロに疲れ果て、引きずる様に重い足取りでリッチの元に辿り着くとその場で倒れてしまった。リロは頭部は自らの胴体が抱えていたが、彼女は倒れる前にかろうじて言葉を紡ぐことが出来た。
「も、申し訳ありません…最後の方は、その…振り回されるものですから、酔って、しまって……もう、ダメです」
それだけ言い残すとリロは地面に倒れ込み、甲冑が激しく打ち付けられる音に3人の毛玉が目を覚ます。何が起きたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていたが3人が地面に倒れているのを確認するとそれぞれがポワポワと跳ねるようにリッチの腕から飛び出すと倒れた骸と化した3人の上に飛び乗った。
「くるすー」
「くろ~な~」
「り、ろ」
決して起き上がることのない3人であったが、結果が引き分けならばこの形で上等だろうと1人納得する不死王であった。




