37.嘘も方便
王城での出来事が丸く収められると、王の死はすぐさま城塞都市カンジュラ内に知れ渡っていった。ある者は悲観し、ある者は泣き崩れ、全ての市民が悲しみに暮れてきることからどれほど王が民に愛されていたのか誰から見ても理解することが出来た。
王の葬儀は国を挙げて行われ、そして同日に戴冠式も行われた。フェリペとセシルの2人が王座の前に立ち、司教の説教を延々と聞かされている。セシルは毅然としているが、つい最近まで鍛冶師として生きようとしたフェリペはガチガチに緊張していたが、セシルがそっと手を握ると少し安心したような表情を浮かべた。当然活躍したサイレントウォーカーの面々もセシルの熱烈な希望によって貴族が着るような衣装に身を包んで参列し、双子が浮かれている様子を笑いながら眺めているボルトスと似合っているよというアミルの一言で顔を真っ赤にして俯いているティアラが司教の話をそっちのけにそれぞれの時間を費やしていた。
ようやく長い話が終わると司教は恭しく新たな王たちに頭を垂れ、脇へと控える。セシルがフェリペの方を微笑みながら見やり、それを受けたフェリペは覚悟を決めて一歩前へ出る。
「僕はゲシュタルトの王子の身分ではありますが、しがない鍛冶師として生きてきました。王とは何たるか、つい最近までは考えたこともありませんでしたがセシル王女…セシル王妃やここまで同行頂いた冒険者の皆様の力強い言葉と行動を受け、言葉ではなく身体で覚えることが出来ました。まだまだ若輩者ではありますが、ゲシュタルトと共に歩んだカンジュラ王国の繁栄を、前王に負けないよう精一杯努めさせて頂きます!!」
その声は拡声魔法によって国中に届き、王座の間だけでなく城下町も歓声で溢れ返っていた。その反応に照れつつしっかりと手を振り返し、深く息を吐くと続けて言葉を紡ぐ。
「この国は素晴らしいです。何故なら最高の守護神によって常に守られているのですから」
その一言を聞くと歓声ムードであったティアラたちはすぐさま青ざめ、そこでやめるんだ!と言わんばかりのリアクションを各々が取っていた。
しかしその思いは届くことなく、自信に満ちた表情のフェリペによって彼らの無言の忠告は霧散されてしまう。
「僕たちがここまで来れたのはこの国のお導きです。この国を建国当初から見守り、全てをその慈愛を持って包んだ[幸運の青い鳥様]、そして[夢を撒きしねずみ様]のおかげです!!」
……………………………
………………………………………
ザワザワザワザワザワザワザワザワッ
<……言い切っちゃったよ>
先程までの歓声は消え、ひとしきりざわめいた後にまるでゴーストタウンのようになってしまっている。地球が静止した日はこんなにも世界は静かなんだろうな。しかし街だけでなく、王座の間も当然えらいことになっている。司教はあんぐり口を開けているし、ハワードは目頭を抑えて天を仰いでいる。サイレントウォーカーは…言わなくてもいいか。
言った張本人は誇らしく胸を張ってるし、セシルは当然と言った顔で玉座に座している。事情を知らない人から見れば完璧にアウトだよな、これ。しかも隣国から受け入れた王子が実は頭がオメデタな子だったんじゃないかって勘違いされてしまう…
「それではこれより救世主様からお話を伺いたいと思います」
こっち振ってきたぁぁああーーーーーーーー!
ちょ、待って!前世から人前で話すのは苦手で、てかこの状況をまとめろってのか?くそ、ここまで来て全て俺が引っ被ることになるとは。
「どうぞこちらへ」
俺の葛藤を知らずか、フェリペはティアラの肩に止まるゴリアテに手を差し伸べている。一瞬逃げようかと考えていると、それよりも早くティアラに掴まれる。その顔には何とかしてくれ、という怒気と悲しみの両方が複雑に表現された芸術的な模様が浮かんでいた。
残酷な時間は刻一刻と近づいて行き、やがて観念するとティアラはぎこちない動作でフェリペの元へと辿り着く。彼女は半ば押し付けるようにゴリアテとゴライアスをフェリペに手渡し、ブリキの兵隊のような足取りで列に戻って行った。
「こちらの魔晶石を持っていただければ拡声魔法はどなたでも使えます。さぁどうぞ」
そう言ってセシルも一緒に魔晶石という名の拡声器を支給してくる。
……もうどうにでもなれ。
ゴライアスは前足に、ゴリアテは足に、それぞれ魔晶石を持たせるとゴリアテはしばらく室内を旋回した後、ベランダから外へ飛び立っていく。とりあえず『可能な限り神々しく飛び回る』ように命じておいた。ゴライアスはフェリペの手の上に立ち、種を持ったハムスターのような恰好でいる。
よし、腹括るぜ!!
<カンジュラの民よ>
その一言で王座の間だけでなく、街の方もざわめく。そりゃ小動物が話せばビビるわな。街中歩いてて野良猫に「今日天気いいっすね」って話しかけられて平然としてられる人間はいないだろう……しかしここまで来たらもはや引き返すことは出来ない。遠い暗闇の中で頭を抱え、必死の思いでそれらしい言葉を紡いでいく。
<聞け。我はこの国が生まれる前からこの地を見守り続けてきた。そしてこの世の絶望の中で光を見出そうと、ある王子と村娘をこの地へ導いた。全ての人々、生きとし生ける者の安住の地となるよう、この国は作られたのだ。汝らが王フェリペ、そして王妃セシルもまた同様の志を持つ者たち。彼の者たちに従い、永遠の都として国を支えてみせよ!我への忠義を、この国を守り続けた王族の者たちへの思いを、汝らの覚悟を見せよ!>




