36.奪還
「なんで門番がいないの?」
城門に着くや、ミネアが素っ頓狂な声を上げる。通常、門の前には4人の衛兵が待機しているはずだが、今は誰もいないどころか門が完全に開け放たれていた。
「罠?」
「誰のための罠だよ…慎重に進もう」
念の為、一同はフードを深く被って商人風を装っていたが、異常な状態を前に全員は一層警戒を強める。しかし、その思いを無下にするようにゴライアスの一言が響く。
<誰もいないよ>
「えっ?」
<通りは相変わらず賑わっているけど衛兵が王城にしかいない>
「……どういうことですの?」
ゴリアテが先行し、上空から都市の様子を眺めていたが普段と変わり映えのない情景が相変わらず営まれていた。しかしどこを見ても衛兵の姿を確認することが出来ず、同時に侵入するには何の問題がないことが保障されていると捉えると全員に門を潜るよう指示を出す。ゴライアスの報告の通り、周囲を警戒しつつ馬車を下りるが彼らが知るいつも通りの街並みがそこには広がっていた。
「…贄」
ミフネがポツリと呟く。
「え、どういうことよ?」
「…犠牲があった方が真実味が増すってことか?」
「…大きい被害……救えば英雄…」
「………チッ、魔物の事といい、どこまでも腐ってやがんな宰相の野郎は」
ギルドに詰め寄って援軍を要請する暇はないと、全員足早に王城へと向かうが相変わらず妨害も何もなく着いてしまった。宰相側の襲撃のことを考えれば見張り位は立てているのでは、と考えていたが魔物の到着によって市街で悲鳴が起きれば彼らが動くには十分な合図であったと判断したのだろう、そのような気配も感じられなかった。その計画に憤りを覚え、狙われていることも忘れたセシルが先行して王城へと入っていくと冒険者たちも慌てて彼女の後を追う。
「姫!!」
「ハワード!!」
城門に入った直後、ボルトスに負けないほどの体躯を誇る甲冑を纏った男が一行の元へやってくる。最初は剣を抜いていたが、セシルの姿を確認するとすぐに腰に収めた。
「姫、ご無事で何よりです」
「幸運の青い鳥の導きです」
「幸運の…?」
疑問だらけといった顔で一行を見るが、彼らはこれまでの経緯をざっと説明する。それに加え、捕捉するように話に割り込んできたゴリアテとゴライアスの会話能力に戸惑いを隠すことはしなかった。しかしセシルは王国再建のために事実フェリペを連れ帰り、宰相の書状まで見せられては反論する余地もなかった。しばらく考え込むように顎に手を当てていたが、やがて意を決したようにセシルと冒険者たちに視線を戻した。
「わ、分かりました。皆様には言葉では言い表せない程の感謝の気持ちで一杯です。誠に有難うございます」
そう言って頭を下げるが、すぐに上体を起こす。
「皆様の話を信じるならば色々と合点がいきます」
「合点?それはそうと門番はどうしたのです?門も開いていましたわ」
「そのことについても、です。宰相が王の遺言だと言って街に配属された兵を全て引き上げたのです。理屈も何もあったものではありませんが、姫が不在でしたので実質兵を動かせたのはあの男だけです」
「…そんなことが」
「気に病む必要はありません。フェリペ王子を迎えて頂かなければ、魔物の大軍を退けて頂けなければこの国に未来はなかったでしょう」
セシルを心配させまいと笑顔を作るが、強面のためとても怖い。しかし彼女は物怖じもせず「ありがとう」と笑顔で答えを返すが、すぐに真剣な表情に戻った。
「それに我々とてただ手をこまねいていたわけではありません。城内で怪しい動きをしていた連中は捕獲したのですが、宰相子飼いの諜報部の者たちでした。今回の件、宰相を失脚させるには十分でしょう」
「主君なき間の働きご苦労様です。それでは参りましょう」
一行はハワードとその騎士たちを引き連れ、宰相の元へと向かう。それ以上聞かずとも宰相がいそうな所は皆がおおよそ見当がついていた。
宰相は王座にどっかりと座っていた。愛おしそうにひじ掛けを撫で、これから起きるであろうバラ色の未来を想像しながら思わず笑い声が飛び出しそうになった。しかし、王女一行が扉を開いて中に入っていくと飛び上がるようにして席を離れる。
冒険者風の者や騎士団長ハワードとその小隊、さらには見慣れない若造と獣2匹を引き連れたセシルの姿に戸惑いを覚えたが反射的に言葉が流れ出た。
「せ、セシル王女様!どちらへ行かれて」
「何故王座に座っていた」
セシルの目は最早敵を見据える物になっていた。彼女の敵意をその身に受け、宰相はどこか居心地悪そうにしている。
「申し訳ございません。普段王座の隣に立っているものですから、つい魔が差しまして…」
「何故城門を開けて兵を引き上げた。これも魔が差してのことか」
「お、王の遺言で」
「そんな話は聞いておりません」
「私を信頼してこっそりとお話しされまして…私も王の真意は理解できませんが」
「ほぅ。では何故魔族を我が国の宰相に任命されたのですか?」
「な、何を馬鹿なことを」
ここまで話していてもなおも察しの悪い宰相に辟易したのか、セシルは懐をまさぐると1枚の書状を取り出した。そこには宰相の印が押されており、押した張本人は一瞬見覚えがあるソレを凝視するがソレが何であるか気付くと驚愕の表情で見つめていた宰相はアッサリ崩れた。
「ち、ち、違うのです!!あの魔族に脅されたのです!それで私は我が身を犠牲に国を守ろうと」
「犠牲とは民を魔物に与え、貴様が王になることなのか?」
その一言が決定打となり、しばらく逃げるためも言葉を探していたが宰相はそれ以上何も言わずにガックリと項垂れる。その後、残りの諜報部の残党を招集させたうえでまとめて牢へ放り込まれ、城門を閉じた後に衛兵は元の配置へと戻された。
こうして市民のあずかり知らぬところで、カンジュラは壊滅の危機から逃れるとともに新たな王を迎え入れることとなった。




