20.空からの目撃者
早朝、空が薄く明るみを見せ始めた頃に仲間たちは続々と起き上がる。夜襲もなく、眠りを妨げられなかったことで洞窟での疲れが落とせたかのようにすっきりとした表情をしていた。しかし彼らはのんびりすることはなく素早く撤収を開始すると燻製肉を食し、ただちに装備を確認すると森の中へと足を運んでいく。
小鳥を偵察として周回させつつ、ねずみをティアラの胸ポケットに入れた状態で警戒しながら慎重に歩いたが何事もなく順調に森を抜け、草原をしばらく歩いたところで遠くに街が見える。
[城塞都市カンジュラ]
争いの絶えない大陸でも有数の防御力と繁栄が評されている街、そして彼らはここを拠点に冒険者ギルドで依頼をこなしていた。やがて門まで近付くとあらゆる魔物も寄せ付けないような雄大な壁を思わず見上げ、使い魔たちが圧巻としていると冒険者たちは見慣れているのか確認することもなく真っ直ぐに門の前に立つ兵士へと向かっていく。
兵士は近づいて来る冒険者を一瞥すると、アミルは阿吽の呼吸のように手元から金色のカードを取り出すと無言で頷かれる。冒険者に支給されるギルドカードと呼ばれるもの、身分証の代わりにも使うことが出来るとティアラが軽く説明をするがカードはパーティにつき1枚。リーダーにして所持者のアミルに聞かねば見ることは出来ないが、昨夜から現在にかけて一言も発しない彼に使い魔はもちろん、彼の仲間は全く声をかけることはなかった。
「開門!!」
やがて兵士が叫ぶとゆっくりと巨大な門は開き、中から活気に満ちた声があふれ出す。武器屋と防具屋は冒険者風の人間に商売し、一般市民は食糧の購入に店主相手に値切り交渉や雑談に精を出している。この世界の恐ろしさを完全に排除したような雰囲気、さらにRPGで見るような実物大の光景に思わず飛び出しそうになるもかろうじてティアラが2匹を掴み制す。
本来の主人の意思を反映するかのように若干の抵抗を見せるが、後で見せてやるからと仕切りに説得するティアラの言葉にやっと動くことをやめた。
転生し、ゲームのように稼働するこの世界に生まれ変わったことに狂喜乱舞したのが幼少の頃。ゆくゆくは冒険者となって世界を自由に駆け巡り、「武器は装備しなければ意味がないぞ」と武器屋に言われるのが夢であった。しかし現実は貴族としてほぼ監禁同然で勉強させられた挙句、魔術学院に放り込まれたうえに無能のレッテルを貼られた矢先に砦で第2の人生をゲームオーバー。
興奮しない方が難しい話であったが、ティアラの切実な言葉に仕方なく鎮まるよう命令が下される。仕方なく脳に焼き付けるように街の光景を眺めていると彼らは真っ直ぐ道を登っていき、やがて周囲の建物を凌ぐ大きさの建物に入っていくと汗臭さや泥の臭いが漂うようなむさ苦しさが詰まった室内に侵入した。
一般人が逃げ出してしまいそうな殺気立つような男たちが各テーブルを囲むなか、アミルは真っ直ぐに受付へ向かうとしばしの話し合いの末、受付嬢が申し訳なさそうな顔をしていた。
「サイレントウォーカーご一行様、お疲れ様でした。今回はその…何と言ったらよいのか」
新人を先導した冒険者、フォカはギルドの古株であった。ティアラが入会した半年後には冒険者をやめ、新人育成の教官として働き始めたことから多くの冒険者たちを世に送り出していた。アミルもその内の1人であり、遺品を受付に提示した時の手の震えは隠すことが出来ず、受付での会話も聞き耳を立てていた周りの冒険者も心なしか意気消沈している。
新人だけでなく、現役の冒険者とも仲が良かったフォカに無言で追悼を捧げている景色を同じく無言で使い魔たちもつぶさに見ていたが、彼の心境は事情を知るティアラにも決して知ることはなかった。
その日は追加の依頼を受けることがなく、疲れを癒すために宿に戻ることにした。宿屋の雰囲気は期待を裏切らない想像通りのものであったが、それでも街に着いた時と同様のトキめきを感じた。その思いが身体を突き抜けるとゴリアテは街を観光するために飛び立っていき、ゴライアスは大人しくティアラとともにいた。
宿屋の部屋を取るとパーティはそこで自然解散となり、各自部屋を宛がわれるとティアラは何も言わずに部屋へと入っていく。床に鞄を置くと無言でばらし始めたため、ゴライアスは彼女を伝って床に降りて部屋の中を見回す。机とベッド以外はなにもなく、ふとベッドで寝ると本当に体力が回復するものなのかと疑念を抱く。少なくとも生前の豪邸と魔術学院のベッドでは起きることはなかった。
その後の双方の間には沈黙が保たれていたが、荷物を整理しながらゴライアスに視線を向けることなく静寂を破った。
「気にする必要はないぞ」
<……別に気にしてない。俺がやられるか向こうが死ぬかだった>
「…そうか」
整理が終わった彼女はゴライアスを優しく拾い上げると窓のヘリに座り、彼を撫でながら外を静かに眺めていた。木漏れ日が差し込む窓辺のエルフの姿はとても絵になるものであったが、その光景は独り占めしているとふと言葉を紡ぎだす。
「別に親しい人間が死んだのはこれが初めてではない。むしろ毎度こうでは冒険者として名折れではないかと少し危惧している」
<…でもアミルって子、まだ少年だよな?>
「彼は13、立派な大人だ。とはいえ私同様、精神面はまだ未熟だがな」
<そんな小僧をリーダーとして担いでいんの?>
「彼の実力と判断力は本物だ。下を見てみろ」
最初に見た際に剣を携えた子供のようにしか見えなかったが、次々と部下を斬り伏せていく光景を洞窟で見たことで彼の実力は十分理解しているつもりであった。しかし自らが戦場に出た時よりも若く見えたことにこの世界の腐敗を感じ、その思いは振り払うようにティアラが言った通りに窓下を覗く。
そこは宿屋の裏庭があり、中央に立っているアミルは一心不乱に素振りを続けていた。
「我々のいう大人よりも余程立派だよ」
嬉しそうに語る彼女は街の風景を見ることはなく、いつまでも彼の背中を眺めていた。イケメンなうえに努力家、すでにリーダーの器に収まっていることから彼の将来は有望であろうと想像していると遠く離れた上空を飛び回っていた不穏な物をゴリアテの視界より受信する。
<主人>
「…どうした?」
<ここから西にある路地裏で少女が男3人に追われている>
その言葉に返答することはなかったが、ゴライアスを定位置にしまい込むと即座に双剣を抱えて先程座っていた窓から飛び出した。乱暴に開かれた窓の音に頭上を見上げると宿屋向かいの屋根に飛び移るティアラの姿にアミルは呆然と口を開いていた。
「アミル!ついて来い!!」
見上げた彼は一瞬驚いてはいたが何かを察知したのか、剣を握ったまま彼女の後に続く。




