19.野営で人心地
使い魔の存在はエルフの秘伝ゆえ、他言無用であることを各自に誓ってもらったところで日は完全に落ちていた。先程まで命の危険に晒されていた洞窟のすぐ近くということに気が引けていたが、亡くなった冒険者たちの弔いや開けた空間の方が周囲を警戒できるとその場で野営の準備を始めた。
枝を集め、食事や寝床の支度をしながら彼らは新たに加わった小さな仲間たちにさも当然のように会話をしていた。いままで繰り広げてきた冒険の数々、命を落としかねなかったがそれでも今日まで生きてこれたこと、それぞれの活躍、皆の失敗談など。
興味津々といった様子で聞き入る姿に一層饒舌になっていくが、アンデッド集団の殲滅の話が出た際は死体のように硬直したところでティアラが慌ててフォローをしたりもした。[使い魔]はそれぞれ話を聞くために忙しなく動く冒険者たちの肩に止まっていたが、チラチラと時節熱い視線を送ってくるティアラに仕方なくといった様子でねずみ、通称ゴライアスがヨチヨチと彼女の胸ポケットに収まる。
可能であれば胸の谷間に収まる王道を進みたくはあったが、視線を軽く合わせるとそこには絶壁しかない。上機嫌にゴライアスの頭を撫でる彼女を尻目に小さく肩が下がると、食事の準備が整った。
「はい、ゴラ…えっと……」
「ゴライアス…と、ゴリアテ……だよ?ミネア。はい、2匹の分」
「あ、この子たちは」
<頂こう、感謝する>
わざわざ拾ってきたであろう小さなクルミの殻に即席のスープを入れ、小さな湯気を立ち上らせながら地面に置かれる。食事は不要と言われたいたことで手で制そうとするが、彼女の元を離れた使い魔は迷わず食べ始めた。混乱する彼女にのちほど、<食べる必要がないだけ>ということを伝えると怪訝な顔をしていたが、すぐに嬉しそうな顔でポケットから取り出した種を差し出してきた。
使い魔だから食べない、ということも出来たが食事を提供してくれたことへのなけなしの良心から命ぜられた行動であったが、双子の魔術師は嬉しそうに食べている様子を眺めていたので万事良しとした。
ふと、食事を終えたところでアミルの姿だけが見えないことに気付くとティアラが使い魔をミフネに預け、スープで満たされた器を持って洞窟の方へと足を向けた。後を追わないようにと暗示されている気がしたため、そのままミフネたちと会話を楽しみつつ存分に彼女たちに存分にモフられることになる。
「うし、じゃあ寝るぞ」
「今日の見張りは私がやろう。みんなはゆっくり休んでてくれ、交代はいらない」
「そういうわけにはいかないよ。俺はもう大丈夫だから一緒に見張りに立とう」
「……アミルには休息が必要だ。それに私には心強い寝ずの使い魔がついている、心配無用だ」
就寝の時間が迫るとティアラと共にアミルが姿を現し、アミルの目が若干腫れているようにも見えたが誰もそのことで咎めることはなかった。一同が揃ったところで見張りの話が出たがティアラが全員の有無を言わせずに立候補し、洞窟での気苦労もあったのか強く反対する者はおらず、しばしの沈黙のうちにティアラ以外の冒険者たちはそれぞれの寝袋へと入っていった。
その姿を確認し、彼女は手にねずみを撫でつつ肩に小鳥を止めながら闇に染まった地平線を黙々と眺めていた。
全員が完全に寝静まった頃、延々と続いた沈黙を打ち破る様にティアラはようやく口を開く。
「何故言葉を発した?」
<…まずかった?>
「いや、そんなことはない。私の頭の回転が悪かっただけだ」
<今後のことを考えたつもりだったんだけどな>
「今後?」
<仮にも仲間だからね、会話できた方が何かと便利だろ?>
今後の冒険、使い魔と仲間たちとの冒険、夜風になびく髪を抑えながら[男]からの言葉を噛み締める。
果たしてあの選択肢は間違っていなかったのだろうか、焚火で身体を温めながら静かに洞窟での出来事を反芻していた。男は冒険がしたい、とただそれだけの理由で自らを洞窟に封印したが本当にそれだけだったのかと今でも考えてしまう。
撫でていたねずみの手が力むのを感じ、その様子を眺めていた小鳥が再び訪れた沈黙を打破する。
<心強い、ね>
「少なくとも私たちは一瞬でお前に捕えられた、事実だろう?」
<まぁね>
「ぬぐっ、そこは少しは否定してくれても……そういえばお前の部下は首を斬り落とされても動いていたがどうやったのだ?魔物図鑑には首が弱点だと記されていたのだが」
<ふふん、機密事項……別に寝てもいいんだよ?この辺一帯は俺の研究材料になったはずだし、何か来たらつついて起こしたるよ。眠れないなら麻痺毒を使って…>
「ね、寝覚めが悪そうになるからやめてくれ」
その後は他愛もない話をしつつ、焚火の勢いが衰えないように薪をくべる彼女はやがて自らの種族について口にしていた。
「エルフというのは長寿でね。人間と幼馴染同然に育っても我々が成人を過ぎるあたりで皆死んでしまう」
<そいつはキツいな>
「うむ。同じ時間の中では生きられない。それでも人間と接するのは楽しいものだ。色んな考えや生き方をする逞しい種族だ」
<色んな、ね>
「ああ。でもやはり彼らが先に死んでしまうのが悲しくてな。情が移らないよう、必要以上には関わらないようにしてきたつもりだ」
<…寿命はどれぐらいなん?>
「全うできれば1000年ほどだな」
<長っ>
「長いな。長すぎる…だからこうして気持ちを押し殺さずに話すなんて久しぶりなんだ。相手が魔物というのが皮肉だがな」
ふふっ、と口に手を当てて苦笑するが哀愁を隠しきれていない表情から、死なずとも辛い目にあうという思いがひしひしと伝わってくる。彼女は今年で105歳となるらしく、人間でいえばまだ中学生程度に該当するそうだ。子供の時に知り合った人間が、中学に上がった頃には棺桶かヨボヨボの老人。エルフの里が外界と交流を絶ったと歴史で習ったことがあったが、人間のあくなき闘争に嫌気が差したからということだけが理由ではなさそうであった。
<…大変だったな>
「悲しみもあったが喜びもあったさ」
<そんな顔して言われても説得力はないぞ>
その言葉に咄嗟に俯いてしまったが、顔を伏せたまま子供のように小さな嗚咽を漏らしていたため隠すことの意味が霧散しつつあった。肩の動きが落ち着き、やがて顔を上げると目の周りが少し赤く腫れていたが表情はさっきよりも明るい。
<クールビューティと双子は評してたぞ>
「年長者ぶってるだけだ。私はまだまだ未熟者だよ」
<…今夜は俺が見張りをしてるから安心して寝な。そんな顔で朝みんなに心配かけたくはないだろ?>
「……そうしよう」
諸悪の根源がすぐそばにいるとはいえ、仲間同様に洞窟で襲撃にあった彼女は誰よりも疲弊していたはずである。彼女に眠るよう進言すると素直に立ち上がり、剣を地面に付き立てるとその上に使い魔たちをそっと置く。しばらく無言で彼らを見下ろしていたが、やがて誰にも聞こえないようにぼそっと呟くとすぐに振り返って寝袋へと向かってしまった。
…集音感度がいいってのもなまじ気まずいもんだな。
彼女が呟いた言葉、
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
………期待に応えるよう頑張りますか。一応彼女の使い魔だしな。
完全な暗黒に包まれた洞窟のなか、アンデッドにしか聞かれぬ溜息を吐くも彼の決意を聞く者は誰もいない。永遠とも思える夜を待ち、日が昇るまで彼の冒険者としての初仕事はあっという間に終わりを迎えた。




