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15.悪夢との取引

 目の前のエルフ、ティアラは神妙な顔つきで男の事を凝視していた。真意を測りかねると言った様子ではあったが自らが置かれている立場、そして倒れている仲間たちを流れるように視線を移す。

 やがて決意を固めたように歯を食いしばると再び男に視線を戻す。



「…そちらの言い分は把握した。まずは私の非礼を詫びよう、許してくれ」


「いや、非礼って別に間違ったこと言ってなかったけどな」


「…それでもすまなかった。お前が魔物だとはいえ、あのような言い方をするのはやはり間違っていた」


 許してくれ、いや気にしてないよ、というキャッチボールが延々と続きそうではあったが男が諦めて謝罪を受け入れることで言葉の応酬にあっさり終止符が打たれた。しかし彼の受け入れとは裏腹に、ティアラは突然涙を浮かべながら仲間の助命を懇願するが彼女の唇に男の人刺し指があてられたことで言葉は中断される。

 行動の意味を理解し、ティアラは口をつぐむが男の口角が歪に吊り上がることで急激に不安を覚える。



「私はどうなってもいい。ただ仲間だけは助けてくれ……お前の研究の実験台になってもかまわない…だからっ」


「……どうなってもいい、ってことは何でもする…ってことだね?」


「…仲間が無事ならな」


 諦めたように彼女を項垂れるが、それも男に顎を引き上げられることで正面から男の顔を見つめることになった。そして彼が発した提案に、開いた口が塞がらなくなってしまう。



「じゃあさ、俺を君たちのパーティに加えてくれないかな?」











 始めは何を言っているのか理解できなかった。聞き間違えかと思ったが、何度思い返しても違う言葉には聞こえなかった。出会ってからの物腰や発言から冗談かと推測していたが、ずっと私の方を見て返答を待っている。私は何かを試されているのだろうか?


「もしも~し、聞こえてますか~?」


 私の顔の前で手を振り始めるがここで断れば私はともかく、仲間に何をされるか分かったものではない。いまだに心のつかえが取れないが、彼の提案を受け入れるほかの選択肢が見当たらない。宙吊りにされたままの私は渋々頷き、それに納得したのか嬉しそうに腰に手を当てながら上機嫌に鼻唄を歌いだした。

 …やはり聞き間違えではなかったようだが、相手の思惑を推し量る必要もある。


「…真意を訪ねても良いか?」


「真意?」


「何の目的があるのか、ということなのだが」


 相手の狙いが分からない以上、確認する必要があったが機嫌を損ねること恐れた私の心情など杞憂であったかのように男は語る。


「見聞を広めることだよ!ワトソンくん!」


「…ワト、ソン?…見聞を広めるとは?」


「実は生前は勉強ばかりで引き籠っていてね、いざ外出できたかと思えば戦場に放り込まれて…まぁあっさり死んじまったんよ。何故か知らんけどアンデッド化した後は流石に人目を避けることにして洞窟に籠ってたけど、俺はまだ見ぬ世界をもっと見たいのだよ!」


 勢いよく、そして嬉しそうに両手を広げて男は語っていたが生前は世界を知ることもなく死を迎えたという。敵とはいえ思わず同情してしまい、おまけにいままで森から出なかったのは無用な争いを避けてのことだったことを知った私は自分の置かれている立場を忘れ、つい話しかけてしまった。


「しかし加えろと言われてもその…その姿で街に出るのは危険ではないのか?」


「お?それは俺の提案に肯定していると受け取っていいのかな?」


「あ、いや、まだ決まったわけでは…」


 しどろもどろになりながら目を泳がせている私に対し、ごそごそとローブから彼は何かを取り出した。思わず身を乗り出して覗き込むと、男は握った手をゆっくりと開く。そこには生気は窺えず、ぐったりと横たわってピクリとも動かない物がいた。



「ねずみと鳥…の死骸か?」 


「森の中で見つけてね。ちょっとした実験をしてみたんだよ」


 そう言うと男の手の平から青い靄が立ち上がり始め、どことなく冷たく、それでいて恐ろしさを感じた私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。靄は小動物の死骸を包み込み、男が一体何をしているのか理解する暇もなく青い靄はすぐに消えた。残ったのは手の平に横たわる同じ死骸だけであったが、相変わらず全く動くことがない彼らを男はそのまま手を固定したまま動こうとしない。

 一体何がしたかったのか、疑問で頭をもたげそうになると同時に鳥とねずみが一瞬痙攣し、やがて跳ね起きるように立ち上がると男の手の上で動き回っていた。


「彼らもアンデッド化させた。人型と違ってサイズが小さいからミイラ化しないんだよね」


 ニヤニヤしている男の手から小動物は離れ、それぞれ私の肩へと這い上ってきた。一瞬身を引いてしまったが、故郷での出来事を思い出すと自然と笑みがこぼれてしまった。我々エルフは自然と共に歩む者、そのため鳥など平和を愛する動物たちにも無条件に懐かれていた。






 …何故か私の周りには全く集まらなかった。


 むしろ全力で逃げ出すか、同郷の背後に隠れられる始末。今思えば人生で初めてのトラウマだったかもしれない。今でも私の事を見る、周りのエルフたちの憐れむ目を忘れることが出来ない。




<お気に召しましたかな?>


 物思いに耽っていると突然ねずみから男の声が聞こえ、思わず目を見開くが反対側の肩に止まる小鳥が驚く暇も与えてくれない。


<むふふ、研究した甲斐があったというものだよ>


「…え?えっ?」


 取り乱す私を無視し、小動物は男の肩へと移動するのを名残惜しそうに見つめてしまう。


「俺が生み出したアンデッドとは視界を共有していてね、いままでもこうして森の中の情報を入手してたんだよ。ちなみに君らが来ることは森の中に入った時から知ってたよ?」


「…その小鳥が偵察をしていたのか?」


「いや、隠密タイプのアンデッドで」


 その一言に心臓を貫かれる錯覚に陥る。小鳥に見られていたというならまだしも、あれだけ警戒していながら魔物に見張られていたのか。これでも斥候として自信があったつもりなのだが…何度目になるか分からないが再び項垂れて溜息を吐くも、男は私を気にすることもなく話を続ける。


「周囲の音も拾えるみたいでね、逆にこっちの音を飛ばせないかと思って試しにやってみたんだけど成功してよかったよ」


 まるで玩具をもらった子供のようにニコニコ笑って私に小動物を目の前に差し出してくるが、それ以上話さなくとも彼が何を言わんとしているのかすぐに察しがついた。


「…この子たちが私についてくる…と?」


 男は返答のかわりに一層笑顔になるが、目がないためさらに恐ろしく見えてくる。それでも視線を逸らさず、しっかりと彼の目を見据える。


「それで、お前はどうするんだ?」


「俺?ここで研究を続けるよ」


 今後の動向について尋ねると男は急に真顔になって答えるが、私としてはその返答に許容し難いものがある。研究をするという事は死者の身体を弄んでいることにかわりはなく、何よりも別の問題が頭から離れない。


「しかし我々も依頼でここに来ているんだ。何もなかったでは仲間も納得しないだろうし、ギルドに何と報告すればいいんだ?」


「俺が仲間になるってところは反対せんの?」


「うっ」


 この男を信用するわけではないが、仲間の命がかかっているのだ。決して小動物に懐かれたことで懐柔されたわけではない!

 …アンデッドだったが。


「一応そこらへんはもう考えてあるから問題はないよ。盤上の駒はすでにセットされた、あとは-----君次第だよ?」

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