12.悪夢と現の狭間で
「あれじゃないのか」
いつまでも続くように思えた鬱蒼とした森を抜け、少し開けた場所に出たかと思えばそこには洞窟があった。地面よりせり上がる様にぽっかりと空いた穴は全てを決して吸い込み、決して生きては帰れないような雰囲気に一瞬飲み込まれそうになるが首を振ってその思いを振り払う。
まだ決まったわけではない、しかしもしも冒険者たちが行方不明になったとすれば[ココである]と彼らの直感が囁いていた。新人を6名連れているとはいえ、一通り訓練を受けてから遠征に出られるため全員が木偶の坊なはずがない。加えて教官もかなりの切れ者にして新人を任されるだけの腕前の持ち主、不慮の事故で行方不明になるとは考えられない。
[予期せぬ第三者による襲撃]
第三者が山賊か魔物なのかは判断できないが、少なくとも周囲から生き物の気配が完全に断たれるものがいる。全員で周囲を一層警戒しつつ、茂みの中へ姿を潜める。しばらく様子を見ていたが出る者も入る者もおらず、太陽が頭上高く昇っているなかで移動がないということは活動時間は恐らく夜。アミルは仲間に目をやると静かに4人は頷く。
「…とりあえず俺とティアラで様子を見てくる。他の3人はいつでも援護できるように準備しててくれ」
「最悪私たちを見捨てて逃げろ」
2人の表情は真剣そのもの。しかし誰1人頷く者がおらず、場に似合わない笑顔で茶化すように2人は話す。
「いつもそう言うけど、それで手柄を何度横取りされたことやら」
「ホントな。ま、俺らは戦うしか脳がないんでな、偵察は任せたぜ」
いつものやり取りが終わると2人はこぶしを突き出し、残る3人も同じように拳を中央で合わせると笑顔が消えうせ、冒険者の顔を張り付けて洞窟の中へとゆっくり入っていく。
それほど時間は経っていない、それでも時間が長く感じる。しびれを切らし始め、いつものように無計画に飛び込んで行こうかと相談する2人をミフネが慌てて説得していると、
「お前ら、逃げろ!!!絶対に入ってくるな!!」
洞窟内部からティアラの声が反響する。仲間内でもっとも冷静な彼女が敵地で上げた大声、只事ではないと判断した3人は反射的に洞窟へと駆けて行き、飛び込むようにして侵入していく……そして足が宙を蹴ると同時に浮遊感と落下を経験する。
「痛たたた…」
「…痛い」
「大丈夫かお前ら?……ティアラ!何があった!!返事しろ!」
背中や尻を強く打ち、鈍い痛みに打ち身を擦りながら涙目になる2人の手をボルトスが引き上げる。無事に着地したボルトスは全員に怪我がないことを確認し、危険に満ちているであろう洞窟内にも構わず声を上げる。しかし彼の声に返答が戻ってくることはなく、木霊していた先程の叫びが嘘であったかのように次第に沈黙が洞窟内を支配する。
3人は全く見えない先の闇を見据え、ゆっくりとボルトスが2人の魔術師を見下ろす。
「…どうする?」
「……行くに決まってんでしょ…ミフネはあたしらの我儘に付き合わなくていいんだよ」
その一言はいままでで一番重いものであった。まだ選択肢は残っている、それでも彼らはそれらの分岐を全て否定した。しかし思わず前線に飛び出してしまったことにミフネの顔は蒼白になっていたが、ミネアからすれば彼女のその顔は両親が死んだ時以来のものだと、心配になったうえでかけた一言だった。
高位の魔術師といえど彼女はあくまで後衛、敵地の中へと入っていった彼女には近接格闘の心得は一切ないがそれでも気丈に振る舞う。
「…ん…大丈夫…ありがとう」
「安心して、最悪あたしらには最強の肉盾がいるんだから。やばかったら迷わず逃げるわよ」
「……それは本人がいない所で言うべき会話なんだが…ま、腹括るか」
「うん、それじゃあ…行くわよ」
3人の意見が一致し、笑顔を絶やさないようにしながらそれぞれの武器を強く握りしめながらゆっくりと歩を進める。決して振り返ることはなく、漆黒に目を凝らすように慎重に行くが背後は優秀な魔術師2人によって守られているはず。声をかけずとも、2人がついてきていることは分かっていた。
ーー分かっているつもりだった。
気配を感じたわけではなかった。しかしそれでも長年の経験が背後に[なにか]がいることを彼に伝え、振り向きざまに剣を振り抜くように横一閃で斬り付ける。確かな手応えとともに襲撃者の首が身体から離れるのを暗闇の中でも確認し、急いでミフネとミネア探す。
しかし背後にいたはずの2人はおらず焦りから名を呼ぼうとした時、前方からまた[なにか]が向かってくるのを感じる。そのなにかは迷わず武器を振り上げ、躊躇なくボルトスの頭へと振り下ろされるが盾でその攻撃を難なく受け止める。
「こ、棍棒!?」
木を削ったかのような荒い作り、ゴブリンなどが好んで使用する獲物を使っているという事はやはり敵は魔物だったのか。動きは緩慢であったが盾越しに伝わってくる異常な圧力に押し出されそうになり、反射的に棍棒を盾で滑らせ避ける。敵はその勢いに流され態勢が崩れ、その隙に身体を真っ2つに斬りおとす。
忌々しそうに敵が地面に倒れ伏す2体の敵の姿を眺め、正体を調べる余裕もなく再び洞窟に飲まれた4人の仲間を探そうとする。
しかしいざ走ろうと時、足を掴まれたことで転びそうになるのを何とか留まる。足に死体を引っかけてしまったのだろうか、ふと視線を下ろす。
暗闇で相手の姿ははっきりと見えない、しかし確かに身体を叩き割ったはずの敵は上半身を引きずりながらボルトスの足をしっかりと握りしめていた。足がミシミシと鳴る音に顔を歪め、死んだはずの敵が何故動くのか困惑しながらも右手に持つ剣で頭部を貫こうとする。
それも背後から腕を掴まれたことで制止され、思わず振り向くがそこには誰もいない。
頭部があるはずの位置には何もなく、そこには首を失った最初に斬り倒した敵がしっかりと彼に背後から組み付いていた。刹那の出来事に焦りから油断ができ、その隙は一撃を浴びせるには十分すぎるほどの時間であった。
知らぬ間に第3の敵が彼に迫ると首への強烈な一撃にあっさりと意識を手放し、他の仲間の無事を祈る暇もなく地面に崩れ落ちた。




