外伝:ホワイトになった世界に、俺の『覚醒(カフェイン)』は必要なのだろうか?
しりとり軍との決戦から、数ヶ月。
我が「社畜」の街は、隣村の「ホワイト組合」との合併を経て、新国家『ホワイト・ヘブン』へと生まれ変われていた。
かつてのゾンビのような労働環境は完全に過去のものだ。
「完全週休二日制」「残業完全ゼロ」「充実の有給休暇」「美味しい社食(無料)」――。
街を行き交う人々は、誰もが健やかな笑みを浮かべ、穏やかな日々を謳歌している。
そんな平和な世界の中で……俺――カフェインは、一人、執務室の窓の外を眺めながら、深い葛藤に陥っていた。
(……俺の力は、もう、この街には必要ないんじゃないだろうか)
俺の固有スキルは『脳内覚醒』。徹夜のデスクワークや、限界を超えたデスマーチの時にこそ輝く、いわば「過酷な環境の特効薬」だ。
だが、今のこの街には、無理な残業も、徹夜のタスクも存在しない。
人々は夜になれば自然に眠り、朝になればスッキリと目覚める。
義妹ビタミンの『完全栄養回復』は、日々の健康維持として今も大人気だが、俺の「無理やり脳を覚醒させる力」は、むしろホワイトなこの街の調和を乱すだけなのではないか……。
「しりとり国を追放された俺を、ここまで受け入れてくれた街だけど……。役目を終えた俺は、そろそろ旅立つべきなのかもしれないな」
ぽつりと溢した独り言。
その時、執務室の扉が、凄まじい勢いでバァン!!と押し開けられた。
「お兄ちゃん!! 今、旅立つって言ったの!? どこに行くの!? 私を置いていくなんて絶対に許さないんだから!!」
涙目で突入してきたのは、義妹のビタミンだった。後ろには、ソウム総務部長とシャチョウ、さらにはホワイト組合の代表までもが、血相を変えて控えている。
「あ、いや、みんな……。だって、この街はもう完全にホワイト化されただろ? 残業も徹夜もないこの天国に、俺の『カフェイン』のスキルなんて、ただの劇薬でしかないと思ってさ……」
俺がバツの悪そうに目を逸らすと、シャチョウが美しい眉をひそめて、俺の肩を強く掴んだ。
「何をお馬鹿なことを言っているの、カフェインくん。あなたがいない『ホワイト』なんて、ただの気の抜けた炭酸水(出がらし)よ」
「え……?」
ソウム部長も、熱い眼差しで一歩前に出る。
「カフェインくん、あなたは勘違いをしています。労働時間が短くなれば、人間はそれだけで幸せになれると思いますか? 違います! 休みが増えたからこそ、人間は『自分のやりたいこと』に全力で熱中したくなるんです!」
ホワイト組合の代表が、深く頷きながら書類を差し出した。
「その通りです、カフェイン殿。データを見てください。我が組合の調査によると、労働環境がホワイトになった結果、住民たちは休日や定時後に、趣味、創作、スポーツ、勉強といった『自分のための挑戦』を始めています。そして――」
代表は、熱を帯びた声で続けた。
「義務の仕事が終わった後に、自分の好きなこと(ホワイト)に全力で熱中するためには……義務の時以上に、爆発的な『やる気』と、冴え渡る『集中力』が必要不可欠なのです!」
「自分のための、挑戦……」
俺が呆然とする中、ビタミンが俺のぎゅっと手を握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
「そうだよ、お兄ちゃん! 体の健康を守るのが私の【ビタミン】なら、心が前を向くためのエネルギー(活力)をくれるのが、お兄ちゃんの【カフェイン】だよ!
本当のホワイト(理想郷)っていうのはね、ただ楽をする場所じゃないの。『溢れる健康』と『最高のやる気』で、誰もが自分の人生を100%楽しめる世界のことなんだよ!」
ドクン……!
みんなの言葉が、俺の胸の奥に深く突き刺さる。
脳内に、前世の記憶の一片が鮮やかに蘇った。
地球の人間たちだって、ブラック企業に耐えるためだけに缶コーヒーやエナジードリンクを飲んでいたわけじゃない。
休みの日のドライブ、大好きなゲーム、一世一代の勉強、大切な人との語らいの夜――そんな「人生を輝かせる瞬間」にこそ、みんなカフェインを愛飲していたのだ。
「そうか……俺の力は、暗闇を耐え忍ぶためだけのものじゃない。輝く未来にブーストをかけるためにこそ、あったんだな」
俺の心から、霧のような葛藤が一瞬で消し飛んだ。
「みんな、ありがとう。俺の居場所は、やっぱりここだ。……よし、新しいタスクを始めよう!」
俺は不敵に笑うと、街の中心へ向かって、これまでで最も澄んだ、最高出力の魔力を解き放った。
「スキル――【超・新星覚醒】!!」
漆黒ではなく、朝日のような黄金のオーラが街全体を包み込む。
その瞬間、休日を楽しんでいた住民たちの目が、濁りのない輝きでカッと見開かれた。
「おおおお! 読書がめちゃくちゃ捗るぞ! ずっと描きたかった絵を今日中に完成させられそうだ!」
「資格の勉強の集中力が限界突破した! 自分の未来のために、今夜はちょっとだけ夜更かしだ!」
「身体はビタミン様のおかげで絶好調、頭はカフェイン様のおかげで超スッキリ! 人生最高ォォォォッ!!」
街中から、義務ではない、心からの歓喜の声が爆発するように沸き上がった。
それを見届け、俺は隣のビタミンとガシッと固い握手を交わす。
これこそが、俺たちの目指した本当の最強サプリメント王国だ。
「お兄ちゃん、やっぱり世界一かっこいい!」
「これからもよろしくな、ビタミン」
隣でソウム部長とシャチョウが「ちょっと、私たちとのアフター(定時後)の予定も忘れないでよ!?」と詰め寄ってくるのはご愛嬌。
『ン』の付く追放者たちが作った新しい世界は、今日も最高のやる気と健康で、どこまでも眩しく輝き続けるのだった。
(外伝・完)




