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♯25 便利屋になろう! Ⅰ

──敬愛する師、ヘンリエッテ様。


 ……ええ、一切の狂いも在りません。深く感謝申し上げます。


 遊星歯車は綻びなく回り続け、遂に自壊するでしょう。


 しかしながら如何なる道筋も、逸せず巡り遂げるのは叶わないものですね。


 ……招き入れた異端のアルビノに関してです。奴は、ただのエンパスではない。


 あくまで(やつがれ)の推測に過ぎませんが、()れは()()の御示しなされた

 新星の稚児に等しいと考えます。


 変わりなく洞察を続けます。星に従い、栄光あれ(グロリア)──


          * * *


 ──朝の肌寒さに身悶えして、ジャックは目を覚ます。


 寝起きで頭に血が上り切っていなかったジャックは、曖昧な意識の中で、左手を動かし毛布を探り当てようとする。だが、右にやろうと左にやろうとそれの感触はない。

 

 怠そうな唸り声を上げてから、体を起こして目を擦る。陽の出の時はまだらしく、外は夜より幾何かだけ薄ら明るい。ジャックは本能のままドアの上に目を移す。壁に架けられた振り子時計は、今が朝の5時を少し過ぎた所であることを示していた。


 ベッドの下に手を伸ばす。いつの間にやら、毛布をどこかに蹴飛ばしてしまっていたらしい。窓には霜が付いていた。寒い季節なのに……と、読めない自身の寝相に疑いを抱えつつ、気持ちのいい目覚めを迎えられるようにと、窓のある側へ顔を向けて毛布に包まった。


「……あれ?」


 気のせいか、部屋が広いように感じる。枕に頬を沈ませたその時、ジャックはようやく違和感の正体に気が付くのだった。マイケルがいない。彼が上に寝転がっている筈の薄いブランケットは、皺くちゃになって置かれている──喉が渇いて水でも飲みに行ってるのだろう。それか、トイレにでも行きたくなったんじゃないかな。

 呑気に考え寝付こうとした彼だが、昨晩マイケルが言っていた予定についてを思い出す。


「……これから忙しいって言ってたような気がするけど、まさかね……」

 疑いの気持ちを抱えながらも、眠い思考を休ませようと目を閉じる。だが、気の短いマイケルの事だ。このまま二度寝でもしようものなら、今度も拳骨をくらわされるに違いない。

 重い頭を体でなんとか持ち上げる。ジャックは嫌々ながら、彼の期待に応えなければと自分を言い聞かせて、冷たいフローリングに足を着けた。


 部屋を出て、ボロボロの靴を履くジャック。寒暖差からか、剥き出しになった廊下は夜露で濡れていた。滑ってしまわないようにと慎重に進む内に、次第に彼の目も覚めてゆく。

 階段と廊下を区切るドアノブに、ジャックが手を添えようとしたその時だった。突然、下の階からドンッと鈍い音が響く。一度手を離した後、音のしないように細心の注意を払いながら、ジャックは徐にドアノブを引いた。

 

 先が見えやすいからと手すりに身を預け、細い階段を前屈みになって下った先……霧がかった暗い部屋の中央、あれほど騒がしかった応接間のソファーに、彼は背を丸めて腰掛けている。


「おはよう……今日はいつにもまして早いね」

 ジャックは口に手を当て、大きくあくびをしながらマイケルに話しかける。机の上には今にも溢れそうな程の水を注がれたコップが置かれている。それに一切手をつけることもせず、マイケルは両肘を机に載せて、両手を組んで俯いたまま何の反応も見せない。


「マイケル? おーい……」


 怪訝な面持ちで様子を伺うジャック。眠っているのか、或いは無視しているのか。幾ら声をかけてもマイケルは返事をしなかった。外側から回り込むようにして、ジャックは彼との距離を縮める。


「もしかして……また俺が起きるの遅かったから怒ってるとかじゃ……

どうしたの? もしもーし……い、生きてる?」

 ジャックは小声で不安を呟きながら、地雷を踏みぬかないように、慎重に顔を覗きこもうとした。横並びになろうとしたその瞬間、血走った目をギンギンに開く彼と目が合う。


「うわっ! おい、起きてたんだったら言ってよ!

心臓飛び出るかと思ったじゃんか……」

 ジャックは後ろへ逃げるように飛び跳ねる。それを見たマイケルは、ようやく手を解き話し始めるのだった。


「……ああ、オマエか。もう起きてたんだな、やけに今日は早いじゃねぇかよ」

 心なしか不機嫌そうな彼の声色に、ジャックは怯えながらも弁解しようと試みる。


「お、おうよ! 今日はやることが沢山あるって言われてたからね、俺ちゃあんと覚えてんだから!

そんな長すぎて、聞いてる途中で寝ちゃったなんて決して……あっ」

 咄嗟に口を抑えるジャック。時すでに遅く、自ら大きな墓穴を掘る。慌てて首を横に振りしだくジャックに、マイケルはゆっくりと顔を向けては、呆れた様子で伝える。


「相変わらず騒がしいヤツだな……夜明けもまだだってのによ。8時までは寝ていいって言ってなかったか? それかよ、今更朝のランニングにでも目覚めましたって?」

 マイケルは片脚を椅子に乗せて、膝の上に右の腕を預ける。いつも通り気怠そうに振舞っていたが、両目の下には大きな青黒いクマが出来ている。ジャックは目を逸らそうと、机の方へと視線を向けた。

 暗くて見えなかったが、机の左手側が少し凹んでいるように見える。それにコップの下に隠れてはいたが、染みのような何かが机に滲んでいた。──さっきから、左腕を頑なに退かそうとしない。それにあの音……こいつ、何か隠して──


「なぁ、マイケル……それって──」

 ジャックが染みの場所を指を差しながら、問いかけようとした瞬間だった。タイミング良く、部屋が橙色の明かりに包まれる。天井に填められた白熱電球に、眩い光が灯った。


          * * *


「あら、あんたたち早いわね!」

 階段の側で目を丸くしていたヘードヴィヒが、眠そうに口を手で仰ぎながら陽気な声をかける。

「まったく、電気くらいつけなさい。いくらうちが年中金欠だからって、体を悪くしちゃったら元も子もないんだから」

 

「おはようございます!」

 うんざりとしたように文句を言う体で、その実二人の健康に気を遣いながら、ヘードヴィヒは朝食を用意しようとキッチンへ向かう。彼女に向かって、ジャックは心象良く挨拶する。


「おはようジャックちゃん、昨日はよく眠れた? 暖房は回したんだけど、この気温だからね。寒かったんじゃないの? それと朝ご飯なんだけど、今日は──」

 ヘードヴィヒが意気揚々と打ち明けようとしたのを横切るように、机に零れた水滴を中央に置かれていた布巾で拭き取りながら、何も期待していない風体でマイケルが揶揄る。


「どうせ、ニシンとパンの何たらとかじゃねぇのかよ……」

 

「……よく分かったわね、大正解。ニシン(フィッシュ)サンドイッチ(ブロッチェン)だよ」

「そんなに食べたかったのかい? ま、今すぐ用意してあげるから待ってなさいね」

 ヘードヴィヒはふんふん鼻歌を歌いながら、袖を捲っては戸棚からピクルス瓶を取り出し、ポンという音と共に軽々と蓋を開ける。


「……毎日ニシン食のほうが、よっぽど不健康だと思うんだけどな」

 マイケルは上機嫌のヘードヴィヒには聞こえないように、小さな声で不満を漏らす。ジャックはようやく、良く出来ているにも関わらず、彼があれだけニシン料理を嫌がっていた理由に合点がいったのか、憐みの目でマイケルを案じる。


「……おい、んな顔で見つめんじゃねぇ。コレでようやく分かったろ? はァ……

折角オマエも起きてんだからな。時間も限られてるしよ、早いトコ取りかかっちまおうぜ」

「まずは……説明からか、何にも知らねぇだろうし。

食いながら話す。それまでは、まぁ顔を洗うなり口を濯ぐなり好きにやってろ」

 マイケルは手で払いのけ、再び机に肘をつく。ジャックはピンと片腕を挙げて、キッチン裏の流し台へと向かった。

 

 ヘードヴィヒの横でうがいをするジャック。ふと、鏡に反射して映った机を見遣る。卓上は既に綺麗に拭かれていて、あの染みのような何かは消えてしまっていた。──今更、そのことに触れてもどうしようもない。それにあの暗がりだ。きっと、影か何かと見間違えたのかも。

 ──ジャックは水を含んだ口をあんぐりと開け、ガラガラと喉を鳴らす。マイケルは零れないように注意しながら、並々と注がれたコップへ口をつける。そしてすました顔で、机の左手側へと置き直すのだった。



猊下げいかは敬称です。

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