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父の日その後

前話、父の日でのその後。

総一郎と大喧嘩した挙句、怒り心頭のまま亨は帰ってきました。それから話は始まります。


後半、少しイチャイチャ。

その日、亨はすこぶる機嫌が悪かった。

何故なら、愛しい彼女が魅力的というので鳴らしている義父の元に行くと宣言していたからだ。しかし、さすがにそこには機嫌が悪くなる要素が含まれていない。そのはずだった。


彼女である唯の一言を聞くまでは。



「パパに一日中べったりくっ付いてるの。」



その言葉を聞くやいなや激震と共に、頭に血が昇るのがわかった。


落ち着け。落ち着け、俺。所詮義父じゃねーか。幸いにも、唯は美形に鈍感に育ったし、あれだけ魅力的な家族に囲まれていてもびくともしない。好きなタイプは中山きんに君とまですぐさま言いきったこいつのことだ、滅多な事があるわけがない。しかし…しかし心情としては複雑極まりない。

何故なら、義父である桐生総一郎は男でもくらりとするほどのいい男。老若男女、人種を問わずその圧倒的な魅力にひれ伏せとばかりの帝王っぷりを発揮する桐生総一郎、自分のような三十路前の男が敵う相手でもないのは重々承知だ。

それでも、彼にとっての大事な義理の娘である唯は自分を選んだ。それに自分も、苦労してようやく手に入れた唯を簡単に手放すつもりは毛頭無い。密かに闘志を燃やしながら、父の日である次の日にこいつを送って行き、そのまま様子を見ていようと決意した。



その断固たる決意も、愛しい彼女が桐生総一郎にべったりとくっ付き、あまつさえその状況を血反吐を吐く気持ちで注視していたのに、唯を膝に乗せて小魚を食べさせて貰っているのを見て電気ケトル並に怒りのボルテージが沸騰した。

オヤジと大喧嘩になり、怒りのままにそのままマンションまで帰った。暫くその怒りが収まらなかったが、さすがに少し頭を冷やそうと思って冷たいシャワーを浴びた。六月とは言え、既に暑い。昼前に帰って来たので、さすがに腹も減っている。何か作ろうかなと思ったものの、面倒だなと安直な考えにあっさりと飛び付き、そのままシャワーブースを後にした。

ポタポタと滴る水をタオルで拭いていると、ふと目に付いたのは唯が使っている櫛やらなにやら。それを見ながら、はーっと深いため息を付いた。


さすがにさっきの態度は大人げなかったと自覚しているし、反省もしている。

だがしかし。いくら義父と言えども、男は男。嫉妬しない方がおかしい。それを知ってか知らずか(十中八九後者だ)唯も全く見当違いの事を口走り、更に自分の怒りを増幅させた。無自覚なのは知っているし、天然だというのもわかっている。だが、少し位は自分がしている事で彼氏を嫉妬させているのをわかって欲しいと思うのは欲張りなのだろうか。そうは思わないが…。

年の差もここまで行くと、いっそ腹立たしい。とは言え、実際の年齢差は変えられないし、あいつが離れて行く事は許さない。こんなにも唯に執着している自分に驚く一方、それでもいいかと思う自分がいる。


そんなのも案外、悪くない。



冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ペットボトルのそれを一気に半分まで飲み干した。さて、何をしようか。そろそろ期末テストの事も考えなければいけないが、さすがに今日は仕事をする気にはなれない。リビングへ行き、とりあえずテレビを点けようとしたところでインターフォンが鳴った。

ここのマンションのセキュリティは完璧で、滅多な人は中に入ってこれない仕様になっている。特に最上階であるペントハウスのここの一室は最も厳しいものが設置されてある。そのセキュリティシステムも付いているエレベーターに乗ってきてここまで来たと言う事は誰か知っている人物だろう。そう考えてカメラも見ずに、そのままドアを開けた。



「先生、お昼食べよ!持ってきたの!!」


「お前…ここで何してんだ…」


「だって先生帰っちゃうんだもん。折角お昼はパパの手料理だったのに…だから持ってきたの。まだご飯食べてない?」


「ああ…だけどお前、」


「良かったー!あのね、パパが作ったの。イタリアンなんだけどね、パパが作るイタリアン美味しいんだよ。パパは滅多に作らないから、先生ラッキーだね!あ、パスタは流石にこっちで茹でなさいって言われたからパスタソースを持ってきた!ペペロンチーノなんだけど、先生ニンニク大丈夫だったよね。無臭ニンニクだから大丈夫だと思うけど。」



すたすたと亨の脇をすり抜けてキッチンへと向かう唯を追いかけて、その後を追う。

何故唯がここにいるのだろう。確かに今日は父の日なのだから、どうせなら実家に泊まってろと一言言っておいたはずなのに。

そんな亨の気持ちを知ってから知らずか、唯と言えば持ってきた料理を次々とテーブルの上に並べて行く。まだ湯気が立ちのぼっているのを見ると、ほとんど出来たてとも言っていいものばかりだ。鍋にお湯をたっぷり酌んで火にかける。その様子をずっと突っ立って見ていた亨は、気になっていた事を訪ねた。



「お前、オヤジの相手は?」


「んー?だって先生急に帰っちゃうんだもん。何かあったのかと思って心配したんだからね。携帯にかけても通じないし…。」


「いや、それは悪かった。って、違うくて。父の日だからべったり一日中張り付いてるんじゃなかったのか?」


「………」



お湯が沸騰したようで、パスタを二人分ザッと入れる。質問に答える気があるのかないのか、むっつりと黙り込み、一向にこっちを見ない唯に痺れを切らした亨はキッチンに置いてあった飲みかけのミネラルウォーターを取ってリビングへと向かった。

何かあったのだろうか。と言っても、しっかりと昼食を作って持たせて来たのを見れば、あのオヤジに何かがあったのかというのは考え難い。とは言え、むっつりと何も話さない唯が何も言わない限りはどうしようもないし、誰かに聞く事も出来ない。仕方なく電源を落としてあった携帯を復活させてメールの問い合わせをして見ると、唯からのメールが三通届いており、どれも心配しているような内容だった。


何も言わずに怒りに任せて、いきなり帰って来たのはさすがにマズかったか。さて、どうしたものかと考えていると、一件の新着メールが入った。差出人は『帝王』…オヤジか。



『お前がいきなり帰ったから唯がテンション下がったじゃねーか。責任とれ、このバンビ。仕方ねーから今日はお前に唯譲ってやるよ。感謝しな』



読んで一瞬固まり、次の瞬間ぶはっと吹いた。やってくれる、あのオヤジ。

こっちの気持ちも、あいつの気持ちも酌むなんて芸当さすがは年の功だ。俺だったら、記念日を譲るなんて事は出来ない。いやはや、やっぱりあの人にはまだまだ到底敵わない。



「唯。」



呼ぶとキッチンの中から窺うようにして、リビングを見ている目とかち合う。黒目がちの大きい瞳と、その瞳に相応しい童顔な顔。今はその顔が茹でたパスタのせいで暑いのか、若干赤い。しかも心無しか表情も曇っている。


ああ、ヤバイ。そんな表情すら、愛おしいと思う。


手招きしてこちらに呼ぶと、パタパタとルームシューズを鳴らせてこちらに歩いてくる。ソファーに座っている俺の目の前に立つ唯の手を自分の方へグイッと引っ張ると、「わっ」と言う声と共に飛び込んでくる柔らかい感触。ぎゅっと抱き締めてやると、しがみ付くようにして抱き付いてくるのが堪らなく可愛い。



「いきなり帰って悪かったな。」


「…うん。」


「心配した?」


「うん。」


「ごめんな。」


「………うん。」



一瞬間が空いたのを考えると多分まだ機嫌は直ってないのかもしれないが、それでも腕の力を緩めようとしないところを見るとそんなに怒り心頭だというのでもないだろう。ま、その機嫌の悪さもそう持続しないのも経験上わかっているが。

少し腕を緩めてやると、唯が顔を上げてこっちを見ている。うるうるとした涙目で俺を見ている。


…誘うなよ…。


無自覚だから怖い、こいつは。

一応パスタが茹で上がったところだろうから、それを食ったらその誘いに乗る事にして。軽くちゅうっとキスして、それからキッチンへと移動した。



合えるだけのパスタソースでペペロンチーノを手早く作って、テーブルの上に並べると立派なランチが出来上がった。味も美味い。あのオヤジはデザイナーだけではなく、シェフでも食っていけるのではないだろうか。それくらい美味い。

食事中唯から聞いた話だと、滅多な事で作らないが記念日とかになれば作る。のだそうだ。それを聞いて、今日は少し悪い事をしたのかもしれないと思ったが、夏休みの予定を聞いてその神妙な気持ちは微塵も無くなった。



「エーゲ海でクルージングするんだって。パパね、あっちに島持ってて、夏休みはそこで二週間過ごすみたい。お兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒なんだって。あ、そこ無人島だから船じゃないと行けないの。」



あんの、クソオヤジ…やけに大人しく引き下がったと思ったら、こう来たか…っ!!




そして夏休みまでの期間、必死に総一郎への説得と秀人への懐柔工作、悠生を巻きこんでの美奈への取り崩しを亨は頑張るハメになる。


カリブ海にしようかと悩んだんですけど…。エーゲ海ってヨーロッパだからいろいろありそうで。

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