ずっとあなたがすきでした―③―
タバコの匂いは好きじゃない。
髪の毛に匂いが付くし、服にも漏れなく付いてくる。正直厄介な物だという認識しか持っていない。
それでも。
あなたが纏うタバコの香りは、嫌いじゃない。
それどころか
* * * * * * * * * * * *
さわさわと風が木々を揺らす音と、心地のよい噴水の音が辺りには満ちている。今日はお兄ちゃんの晴れの日に相応しく、狙い定めたように快晴だった。前日までの雨が嘘の様に、澄み渡った青が大空を染め上げている。
さくさくとホテルの庭園を歩く私は、先程からふわふわと漂ってくる白い煙の元を探していた。
外なのでタバコを吸う人は珍しくも無いし、ましてやお兄ちゃんの友人やら桜さんのお友達やらが招かれている。大人な彼等が自由に喫煙するのは構わないし、私ももとよりタバコ嫌いなのでこうして匂いの元を辿ろうとは思わない。
それなのにこうして足が進んだのは、何かに導かれたのかもしれない。
そう後から思うようになった。
「あ…あれ…?…遠藤先生?」
私の声に気付いた人影が、それまで下げていた視線を私の方へと移す。若干色素の薄い茶色い双眸が私を捕らえると、彼は咥えていたタバコを口から離して携帯灰皿へともみ消した。
「よう。もうすぐパーティが始まるぞ。桐生さんの身内なのに、こんな所にいていいのか?」
「先生、来てたんですね。」
「招待状来たからな。大学で世話になった先輩の結婚式だ、そりゃ来るだろ」
「そういえばそうですね。……おぉ…先生いつにも増してイケメンオーラが…」
「だろ?」
ふふっと笑って見上げる。
いつものラフだけど決まっている髪型ではなく、撫で付けられて大人っぽい、少し癖のある髪が今は少しだけ崩れている。それがまた何とも…。勿論、結婚式用のスーツだし。しっかし…いいスーツ着ているなぁ。それをさらっと着こなしているのが、嫌味な位にかっこいい。
先生…遠藤亨は私の高校の先生でありながら、お兄ちゃんの大学時代の後輩で、しかも今もなお交流があるという人で、私ととても縁のある人でもある。
私が高校に入学した時、まさかいつも家に遊びに来ていた亨お兄ちゃんがここの学校の教師を勤めているだなんて知らなかったので、本当に驚いた。それは彼も同じだったらしく、お互い数秒見合った後、「すごい偶然」だと苦笑したのは懐かしい想い出だったりする。
私は小さい頃、すでに大きかった翼お兄ちゃんと亨お兄ちゃんの後ろをカルガモの子供のようにいつも付いて回り、彼等二人に相当甘えて構ってもらっていたのだが、今は生徒と教師と言うこともあり、ちゃんと『先生』と呼ぶようにしている。勿論敬語でも話すようにしているし、極力校内では二人で話さないようにはしているが、それでも顔馴染み以上の関係であることには変わりはない。
元々アメリカに住んでいた時、私の実父である『神崎千歳』と交流のあった亨お兄ちゃん達は、父が亡くなるなりすぐさまアメリカにまで尋ねてきてくれた。当時まだ中学生だったであろうに、双子の兄である翼お兄ちゃんとも一緒になってシカゴの家で行われた葬儀に参列してくれたのだ。
私はと言えば、まだまだ二歳かそこらの幼子だった為に詳しい事はよく覚えていないが、お母さんが再婚するまで相当二人に気遣ってもらっていたと聞いている。
勿論、数年前に亡くなったお母さんの葬儀も参列してくれた。その時は有難いことに彼等のご両親までもが一緒に来てくれるということもあった。
うちの両親と、遠藤家の皆様との間に何があったのかさっぱりわからないけど、私はあの遠藤グループ総帥である愁清おじい様と珠緒おばあ様、現CEOの蒼偉パパと雅ちゃんにも相当可愛がってもらっている。
パパとお母さんが再婚し、そしてお兄ちゃんが亨お兄ちゃんの先輩だと言う偶然に次ぐ偶然もまた重なり、はたまた学校まで同じだと言う縁の強さ。その不思議なまでの縁を珠緒おばあ様に言わせると、私と亨お兄ちゃんの縁と言うのは『運命』なのだそうだ。
まぁそう言う人間関係にも『運命』ってのもありかもしれない。とただ漠然と私は思っている。
一つ困っているのは、超ロマン派少女趣味の雅ちゃんで…。
「あ、そうだ。母さんからお前のドレス姿撮って来いって言われてるんだ。こっち向け。」
「え。」
「翼も来てるから後で翼にも見せてやれよ。ついでに写真も撮らせてやれ。母さんが喜ぶ。」
「きょ、拒否権は…」
「あるわけないだろ。」
雅ちゃん…。
双子の母である雅ちゃんは、こと私を可愛がってくれた筆頭に当たる。それはそれはもう、すごいもので…。それは何故か、遠藤家に私の成長記録と言う名のアルバムが存在しているのでわかる…。
女の子が好きなのはわかっているけど、それでも私に対しての構い方が尋常じゃない気がするのは気のせいではないはずだ。
さて、私はと言うと、亨お兄ちゃんにきっぱりと言われた言葉に少しだけショックを受けたところで、彼は携帯のカメラを構えていきなりパシャリとシャッターが切られた。
「え、ちょ、ちょっと!!まさか今の撮ったんですか!?」
「ああ。って、うわ、間抜け面…」
「ぎゃー!!やだーーー!!!ちょっと、それ消してよぉ!!」
「やだね。さて、これを送信…っと…」
「いーーーやーーーー!!!!ちょ、やめて、ってば!!」
「届いたら止めてやろうか。って言っても、お前ちっちゃえから無理か。」
「むっかぁー!!なにさ、でっかいからって!!もーー、届かないーー!!!亨お兄ちゃんって、本当性格悪い!!バカ!バカバカ!!」
「バカって言う方がバカなんだぞ。知ってるか?」
「知らないもん!もー、ホントにそれ嫌!」
153cmしかない私が180オーバーの巨人に勝とうなんて無理に決まってる。それをわかっていながら携帯を上に上げるお兄ちゃんは、三十路も間際のくせに本当大人気無いし!!
だから気が抜けてた。いつの間にか敬語が抜け、『先生』からいつものように『亨お兄ちゃん』と呼んでいる事に。
「もう!!そんな性格悪くちゃ、いつまで経っても結婚出来ないよ!オジサン!!」
「オジサン…俺まだ二十九だっつの。」
「『もう』だよ!!アラサー男め、いい加減フラフラ遊ぶのやめたら?この前も雅ちゃんが怒ってたよ?また長続きもしないくせに新しい彼女が出来てって!!」
「………」
「あー、お兄ちゃんも結婚したって言うのに、遠藤家の息子共は…全く!!早くお嫁さん見つけたら?」
「…大丈夫か?」
「何が?」
「桐生さんの結婚、お前大丈夫か?」
ひゅうっと息を飲んだのがわかった。
亨お兄ちゃんにとっては、それが返事みたいなものだったのだと思う。さっきまで小バカにしたような顔をしてたのが急に真面目な顔になって、私を心配そうに見てるから。
「…い…い、つから…気付いてたの?」
「最初から。お前が桐生さんの事をただの義兄以上の目で見出した時から気付いてた。」
「た…翼お兄、ちゃんは……」
「大丈夫だ、俺しか気付いてない。だから安心しろ。」
いつだってそう。
亨お兄ちゃんはいつも私の些細な変化に気付く。お母さんが亡くなった時に、人にはわからない様に情緒不安定になっていた私の側にいてくれたのもこの人だった。
だから、私はこの人に勝てない。
弱い私を、何処までも許容してくれて、尚且つ甘やかしてくれるから。
「泣きたいんだったら今の内に泣いておけ。だけど、ここで泣いたらもう泣くな。区切りを付ける為にも、ここで泣け。」
「………もう……もう泣けないもん……」
「だったら泣けるまで側にいてやるから。」
ほら。と言いながら腕を引かれ、ぽすっとぶつかった高そうなブラックスーツ。
こんないいスーツに涙の跡なんて残せない。そうは思いながらも、亨お兄ちゃんが緩く抱き締めてくれる温かさに、いつの間にか私の枯れ果てたと思っていた涙も滂沱となって流れ出した。
私が泣いている最中、スーツからふわふわと香っているタバコの香りが、私を落ち着かせてくれるようなそんな気がした。




