劇的びふぉーあふたー
そのタイトル通り、遠藤家の激動の日。
『父さん、早く帰って来て!!』
『家が大変なんだ!!』
思わず眉間に皺が寄った遠藤蒼偉、四十歳。
出張中の彼の身は今、中国の上海にある。今日で一週間目、そろそろ愛妻である雅が恋しくなっているし、子供達にも会いたい。とは言っても、双子の男の子なのであまりベタベタと出来ないのが少し寂しい、初老の男である。
しかし、珍しく子供達から電話があったと思って出てみれば何やら不穏な言葉が並んでいた。
確か…家が大変だとかなんとか…。
火事になったという報告はされていないし、地震で崩壊したという事も聞いていない。
となると、一体どうした事なのか。
生憎父、愁清も同じく上海に出張しているのでどうしたものかと訝しんだ。仕方ないので父に連絡を取って見ると、なんと子供達は祖父にも電話をかけていたらしい。あまりない二人の動転した様子を心配に思った二人は目線を合わせた。
「二人とも家がどうとかって言ってましたね。お父さん、お母さんから何か連絡がありましたか?」
「いいや、珠緒はいつもと変わらない様子だったが…雅からは何か?」
「雅さんも特に……あ、そう言えば…。」
「どうした?」
「いつもより声がウキウキして弾んでいたような…。」
「…蒼偉、何か嫌な予感が…。」
「…偶然ですね、私もですよ。」
ぶるりと得体のしれない『何か』に身震いした二人は、予定を切り上げて早く帰路に着こうと無言で頷きあった。
「渡瀬が風邪で休んでいる時に。確信犯ですね。」
「あれがいれば何とかなったのかもしれんが、それでも…。」
遠藤家執事、渡瀬は現在風邪をこじらせて休んでいる。その為、留守を任されたのは渡瀬より経験の浅い執事見習い。まだまだ若芽であるため、至らぬ所が多々あるのだが、それでも熱心に仕えている態度は賞賛する。しかし、それでもあの珠緒と雅の暴走は抑えられないだろう。
恐々とする親子二人であった。
翼と亨が電話で助けを求めてから、早いもので二週間。もっと早く帰国したかったのだが、仕事の都合が付かず結局今の今まで伸びてしまった。
帰国してすぐにでも自宅に行きたかったのだが、如何せん役職があるため一端会社に行ってから、ようやく帰路に着けた。
「こんなに遅くなってしまいましたね。」
「今日の電話はどうだった。」
「凄く明るかったです。」
「珠緒もだ。……どうなっているのか怖いな…。」
「私の本能は逃げろと言っているのですが、そうもいきませんから…。」
車内に暗い雰囲気が立ち込めたのだが、それには気付かないふりをして車窓を見るとも無しに眺めた。
ようやく自宅が見えてきたのだが、外観は特に変わりは無い。
ほっとしたのも束の間、車止めの所に子供達だけではなく、渡瀬の姿までもが見えた事で不安が募った。
車が停まるやいなや、ドアを開けた子供達によって惨劇の幕は開いた。
「助けて、父さん、おじい様!!」
「母さんとおばあ様が家中、ピンクにしちゃったんだ!!」
「「…ピンク……。」」
「俺やだよ、あんな家!!」
「僕もだよ!!父さん何とかしてよ!!」
尋常ではない子供達の絶叫ぶりに思わず渡瀬を仰ぎ見たが、彼自身も何とも言えない悲哀に染まった表情をしていた。
「渡瀬、どうなってる。」
「大旦那様、旦那様、お帰りなさいませ。あの……非常に言い難いのですが……。」
「まぁ、蒼偉さん、お帰りなさい!!寂しかったわーーー!!」
「ああ、ただ今。ところで、この子達が言ってる…家の…。」
「「父さん!!」」
「…雅さん、家の中をどうしたのかな…?」
聞いた瞬間、しまったと完璧に思った。
愛妻、雅が満面の笑みで答えたのである。
「あのねぇ、ピンクにしたの!前々から寂しいと思っていたんだけど、帰って来た時に蒼偉さんとお義父さんを驚かそうと思ってね!!お義母さんにも協力してもらったんですよ!!」
「…雅さん、ピンクって…。」
「入ってみればわかるわ!さあ、お義父さんも!!お義母さんが待ってますよ!!」
「雅…、珠緒も協力したのか…。」
「そうですよー!!あ、翼も亨も中に入りなさい!!」
「「いやだっ!!」」
断固として拒否した二人を、仕方ないなと思いながら中に入った。
一歩玄関を入った瞬間、聞こえるはずの無い声が聞こえた。
『なんということでしょう』
まだ放映もされていない時代、多分声だけトリップしてきたのだろうと後に蒼偉と愁清は語っている。
「「………」」
「素敵でしょうー?イメージはロココなの!!お姫様が住んでそうでしょう!?」
「あら、二人ともお帰りなさい。うふふふ、凄いでしょう、これ。ようやく今日仕上がったの。間に合って良かったわね、雅さん。」
「そうですね。ギリギリで間に合いましたものね!」
出張前、確かにあったはずの家の様相はたった三週間で激変した。
落ち着きのあった洋館のようだった家は、まさに雅の言う通りお姫様の住んでいそうな雰囲気になっていた。
カーテンはフリル、照明は豪奢なシャンデリア、調度品は可愛らしいものばかり。
極めつけ、壁紙がピンク。
全面ピンク。
「…父さん…。」
「…おじい様…。」
「…大旦那様…旦那様…。」
唖然とした二人が我に返ったのはたっぷり五分後。
その後、蒼偉は出張の疲れが抜け切らない身体に鞭打って、愛妻、雅のリフォームと言う名の暴走を全力で阻止した。
結果、雅の劇的ビフォーアフターはたった一日で元に戻され、そして拗ねてしまった雅の機嫌を取るために洋室の一つを献上した。
その一室は瞬く間にピンク一色へと様変わりし、姫系家具が揃い、雅の趣味であるコスプレ用衣装が揃った。後に、亨曰く『魔のピンクの間』と呼ばれることになるのである。
「あれは今でも思い出したくないな…。」
「確かにね。父さん、最後には泣いてたでしょ。」
「おじい様もな。」
「あの二人を敵に回したくないよねぇ…。」
「全くだな。」
当時の事を思い出して、翼と亨の二人は懐かしくも、あまり思い出したくは無い想い出を振り返った。
なんということでしょう。
きっと、あの音楽も流れていたんだと思います。
匠は遠藤雅ですよ、もちろん…(笑)
この後、遠藤家の男どもは数日間ピンクにうなされたという裏話も…。