いたいのいたいのとんでけー
「子供がいるなんて聞いて無い!!」
パァンといい音が鳴った、ある日の午後の昼下がり。
叩いた女は顔を真っ赤にさせて憤り、叩かれた男は特に痛がるわけでもなく、かと言って文句を言うわけでもなく。ただ白けた目で目の前の女の顔を見ていた。
桐生秀人、二十歳。
今を盛りとばかりに色気がだだ漏れのイタリア育ちのラテン男。と言っても、本人は日本とフランスの血を引いているのだが、それでも女の扱いは流石のラテン男の一言に尽きる。
父親である桐生総一郎は、海外のタブロイド誌で『抱かれたい男性』に日本人でありながら堂々ランクインした筋金入りのフェロモン野郎。その父親のフェロモンの血を濃く引いてしまった秀人は、生まれ育ったイタリアから日本に来た時からそのフェミニストぶりを発揮、瞬く間に遊び人と言う揶揄まじりのあだ名を進呈された。
高校時代はモデルをしていたという別れた母親の影響の残る中性的な美貌と柔らかい物腰、思いのほか砕けた人柄に寄ってくる同級生、上級生、下級生は勿論、女子教師までをその歯牙に掛け、危ないところではその彼女達の母親ですらも喰ったと言われる男。そんな彼だったが、その性格ゆえにか全く女に執着せず、自ら彼女だと言う者は一人もおらず人類皆兄弟思考の持ち主であった。
早い話が、最低男なのである。
そんな彼だが、滅多にないと言ってもいい。懐に入れた女が三人いる。
実妹の美奈と、義母の祥子。それに目に入れても痛くないほど可愛がっている義妹の唯である。
唯は当時まだ六歳。小学校に上がりたてのピカピカの一年生。赤いランドセルを背負うはずが逆に背負われているといった感じのまだまだあどけない子供で、そんな可愛い義妹を学校に迎えに来ていた時だった。
ちなみに、一人で帰らせると言った選択肢は桐生家には存在しない。義母の祥子はそこまで神経質にならなくても…と苦言を呈しているのだが、総一郎と秀人、美奈が揃って「誘拐されたら、事故にあったらどうする!」と大反対して、結局は交代制で唯を送り迎えしているのだ。
集団登校という選択肢も無い。変な虫(男)がつかないように見張っている、それも裏で三人で結託された事情である。
さて、話は戻るが。
大好きな義兄と一緒に下校中、いきなり出てきた女の人にほっぺをばちーんと叩かれたのを目撃した唯は完全に固まっていた。というよりも、怖くて身が竦んでいたのである。
何故義兄が叩かれたのだろう。それに、なんだか目の前の義兄の雰囲気が怖い。ぷるぷると震える手で秀人の袖を引っ張ると、気付いた秀人が先程までしていた氷点下の表情を一蹴させて、いつものように微笑んだ。
「ああ、ごめんね唯。びっくりさせちゃったね。さ、早く帰ろうか。帰ったらおやつあるからね。祥子さんが今日はプリンだって言ってたよ。」
「プリン…ほんとう?」
「うん、本当。さ、行こうか。」
完全に女を無視した秀人は、遊ぶだけの女には向ける事の無い笑顔で可愛い唯に笑い掛けると、その軽い身体ごと抱き上げてさっさとその場を後にしようとしたのだが、そうは問屋が卸さない。
「ちょ…ちょっと待ってよ!!ねぇ、秀人!!」
びくっと身をちぢ込ませた唯が秀人にしがみ付いた。その華奢な背中をぽんぽんと叩いてやると、秀人は自分を叩いた女に向き直った。折角無視してその存在価値をわからせようとしているのにも関わらず、なおも必死に食い下がろうとしている女に向かって秀人が一言。
「君、誰。」
「…え…?」
「その他大勢のうちの一人なのに、自分だけが特別だとでも思ったの?僕はそんなに特別扱いした記憶ないんだけど。それに、こういう事する女って僕、生理的に受け付けない。だから、もう君に連絡しないから。さぁ唯、行こうか。」
唖然とする女を残し、秀人はその場を後にした。後ろから彼女が泣き崩れる声がしたが、当然無視。
彼女面されるのは好きでは無いし、それを望んでもいない。と言っても、自分が選ぶ女はそういうタイプしかいない。基本的に、遊びなれた女でなければ秀人は誘わない。そこで本気になられようが、秀人は全く意に介さない。秀人の親友の零曰く「そういう付き合い方をしてると、本当に苦労するのはお前が本気になった女だぞ」といつも言われるが、自分にそういう類の付き合いをする女が現われるとは思わない。
後に聞いた話だが、あの女は随分と秀人の事を悪く言って回ったらしい。と言っても、結局は持ちつ持たれつ。よくある話と判断され、皆の記憶からは消えるのも早かった。
てくてくと帰る。
軽い唯を抱いたまま秀人はぼんやりと可愛い妹の顔を見て、萌えていた。
すると、そっと叩かれた頬に小さな手を置かれた。
「お兄ちゃん、いたくなーい?」
「ん?なに?どうしたの?」
「ほっぺ、赤くなってるよぅ…いたそう…」
「ああ、大丈夫だよ。ごめんねー、びっくりさせちゃったね。唯は全然気にしないで良いよ。まあ、帰ったら冷やすから、ね?」
むぅっとむくれている唯の背中を再びぽんぽんと叩いてやると、唯が頬を撫でた。
「いたいの、いたいの、とんでけー。お山のむこうにとんでけー!」
「……」
「とんでけー!」
きゃっきゃと自分の頬を撫でて遊んでいる唯を見て、たまにはこんな事もあってもいいかも…と再び萌えた秀人。二十歳の温かい日の出来事であった。
秀人、最低だな!というわけで、シスコン秀人の萌え萌え記憶。
これでご飯三杯はいけます(秀人談)




