零の氷点
視点は零で。
「ゆい、およめさんになりたいのー!」
何があったんだ、唯ちゃん。
やめてくれ、俺はまだ被弾したくはないんだ。
たまたま遊びに来ていた桐生家。
珍しく今日は全員揃っているようで、リビングに一同顔を揃えているのだが、今は祥子さんが席を外しているらしくいつもの定位置である一家の主たる帝王の隣は空いているが、帝王は存在感たっぷりにどんとソファーに鎮座している。しかし、その顔は険しい。
その理由は言わずもがな、先程の発言をした大事な愛し子の唯である。
「唯、なんでいきなりそんな事言うんだ?」
「あのねあのね、ゆい、おかーさんのどれすみたの。すっごいきれいだったからね、ゆいもきたいの。だけど、およめさんじゃないときれないっておかーさんがいうから、ゆいおよめさんになりたいのー!!」
「お嫁って…。唯、まだ五歳じゃないか…。」
ぎゅーっとクマのぬいぐるみを抱き締めている義妹を膝に乗せて、グリグリと頭を撫でているのは一応俺の親友の秀人である。父親が再婚してからしばらくは義妹に対して嫉妬したものの、行方不明事件をきっかけに二人にあったわだかまりを解消したのはいいのだが、その義兄は完全なる義妹至上主義へと舵を切った。何事にも柔軟な対応をしている友人だが、方向転換が極端過ぎるのが玉に傷だと思う。
まぁ、ギスギスしているよりだったら全然いいと思っているので、そのまま傍観しているのだが。
「お嫁…そんな…あたしの唯が…。」
「美奈、唯は本当に嫁にいくわけじゃないのに、なんで涙ぐんでるんだ。」
「だって…あたしの可愛い可愛いプリンセスが…。」
うるうると涙目で訴えるのは、桐生家の美姫である美奈。この子も大概、唯上主義者である。
会った時からこの二人にはわだかまりと言うものはなかったらしい。というか、美奈のお姫様主義のど真ん中にいたのが義妹である唯だったわけなのだが。
「まぁまぁ。でも、唯ちゃん、旦那さんの当てはあるの?」
「あて?」
「うん。誰が旦那さんだったらいい?」
「うーーーーーーーーんとね…。ぱぱー!!」
その言葉に満面の笑みを浮かべた帝王。息子から愛し子を奪還して、頬にちゅーとキスをして嬉しさを表現した。
「そうかー、唯は俺と結婚したいのか。そうかそうか。」
「唯、駄目だよ!!」
「そうよ!パパと年の差いくつだと思ってるの!?」
勢いこんで子供達が大反対する中、救いの主が現われる。
「あらあら、唯はパパがいいのー?」
「おかーさん、ぱぱだめなの?」
「駄目ってわけじゃないわよ。だけどね、パパはお母さんの旦那さんだから、唯と結婚するとパパは重婚で捕まっちゃうのよ。それは嫌でしょう?」
「じゅぅこん?」
「祥子、そんな事教えなくてもいい。唯、俺は祥子のモノだからな。残念だが、俺じゃない奴だ。誰がいい?」
重婚という言葉が飛び出してリビングは一瞬静かになったが、そこは帝王が必死にかわす。しかしながら、愛妻へのフォローは忘れない。
「むぅーー……じゃあ、おにーちゃん!」
「本当にー!?唯おいでー!!」
「嬉しそうだな、秀人…。」
「当たり前だよ!」
またしても頬にちゅーっとされた唯は相変わらず、身を捩ってくすぐったさから逃げようとしている。
「あらー、それもいいけど。唯、義兄妹となるとね、手続きがいろいろと面倒なのよ?それに、軽く禁断チックよ?」
「てつづきぃ?」
「そうよー。色々と面倒なのよ。」
「祥子さん、それいいですから…。」
がっくりと項垂れた秀人である。
そんな二人の男を排除された唯は、リビングをきょときょとを見回して、あっ!!と明るい声をあげた。
「ぜろくんがいいーー!!おかーさん、ぜろくんにもじゅぅこんとか、てつづきとかあるのー?」
「あらー、高橋君だったらいいわねぇ。高橋君、唯どう?まだ小さいけど、一回りの年の差なんてザラにいるわよー。」
「え、俺ですか!?」
「ぜろくん、ゆいのだんなさんー☆ぜろくーん!!」
「ははっ、光栄だな。唯ちゃ………っ!!」
悲鳴を上げなかったのを誉めてもらいたい。確実に桐生家の面子全員の目が痛い。刺さっている。むしろ貫通している。大量出血で失血死しそうだ、俺。
そんな中、祥子はお腹がすいたと言う唯を連れてキッチンへと消えた。
この雰囲気の中残された俺は、桐生家の美貌を三人も目の当たりにしていた。
綺麗な顔は怒ると……
すんげぇ怖い。
「高橋…てめぇいい度胸してんな…。」
「零…お前、唯に選ばれたからって良い気になるなよ…。」
「零君、唯が欲しいんだったらあたしが相手になるわよ。ボコボコにしてやる…。」
キンキンに冷えたリビングの体感温度は絶対零度。
あまりの冷たさに気を失いたいと思ったものの、もう二度と唯に『花嫁』とか『旦那』などのキーワードは禁止だなと心に書き留めた。