桐生家のバレンタイン
本編から移動してきました。内容は同じです。
「唯、今日は何の日?」
お兄ちゃんから朝一番にそう言われた。
はいはい、わかってますよ。今日はバレンタインだね、お兄ちゃん。
でも、おはようも言わずに、チョコ要求するなんてどうなの?
「おはよう、お兄ちゃん。わかってるよ、バレンタインでしょ?チョコ作ってるの知ってるくせに、確認しなくても大丈夫だよ。でもまだあげないからね、朝一で甘い物食べないで下さいー。」
「えー…。」
「えーじゃないの。あ、パパおはよう。」
「おはよう、唯、秀人。朝っぱらから賑やかだな。」
と言いつつも、朝の挨拶がてらぎゅーっとハグされるのも何時もの風景。
まだお姉ちゃんが起きてこない…。低血圧だからね。
「パパ、バレンタインのチョコどうすればいい?今日仕事休みでしょ?」
「あー、そうか、今日はバレンタインか…。俺は午前中は駄目だな。祥子の墓参りに行ってくる。」
「お母さんの?」
「そう。バレンタインは男が愛する女に捧げる日だからな。ま、日本じゃチョコをあげる風習になったが、海外出れば逆だ。なぁ、秀人。」
「そうなんだよねぇ。僕が日本に来て初めてのバレンタインで、何でこんなにチョコを貰うのか不思議だったし。美奈は逆に驚いてたよ。何で女の子がチョコあげなきゃいけないのって。」
そう言えばそうだった。日本だけなんだよね、チョコあげるの。だったら、パパ達にもあげなきゃいいのかなと思って、何年か前に忘れたフリをしてあげないでいたら、次の日切々と言い聞かせられた。
チョコレートちょうだいと…。
以来、欠かさず手作りしているのだが…
「パパもお兄ちゃんも甘い物嫌いじゃない。」
「「唯が作ったのは別。」」
…はい。
答えが分かってて聞いた私がバカでしたよ。
「じゃあ夜に渡すね。あ、お兄ちゃん、今日高橋さんに会ったりする?日曜日だから無理?」
「零?いや、アイツの家行けば会えるけど…はっ!唯、零になんかチョコあげなくていいんだよ!?」
「そんなわけにはいかないでしょ。いつもお兄ちゃんが迷惑かけてますってお詫びも込めたチョコなんだから。」
「迷惑って!」
「どうしようかなぁ…。高橋さんと奥さんの分もあるのに…。」
ちらっとお兄ちゃんを見て、お兄ちゃんお願い?と首を傾げてみた。
おっ、どうやら効果はあったらしい。渋々ながら、あとから高橋さんの家に行ってくれるらしい。
「…おはよー…」
「おはよう、お姉ちゃん。今日は仕事?」
「うー…そうなのぉ…。今日帰って来れなぁい…。唯、戸締まりちゃんとして寝るのよ…?」
「まだ朝だよ。シャワー浴びてきたら?あとでチョコあげるからね。」
「ちょこぉ…?あ、今日はバレンタインだもんねぇ。ありがとう、唯ぃ…。」
ぎゅーっと抱き締められたのだが、そのまま動かなくなったお姉ちゃん。
パパが軽く笑い、「寝てるぞ、こいつ」と言って、お兄ちゃんが起こしてくれたおかげで、フラフラとシャワーを浴びたお姉ちゃんを見送った。
今日帰って来ないお姉ちゃんにあげるために、チョコを用意した。因みに、お姉ちゃんには生チョコ。
シャワーから上がったお姉ちゃんにあげると、大袈裟すぎるほど喜んでくれた。これも毎年の事だから、慣れっこだ。
午前中に三人ながら出て行ってから、お父さんの遺影の前にもバレンタインチョコを供えた。
パパとお母さんが言うには、お父さんは甘い物が好きだったらしいので、ガトーショコラを作った。小さいけど、ホールで。
お母さんの遺影の前には、そのガトーショコラを一つ切って供えた。
今頃、二人で食べてるかなー。
あ、パパがお墓参りに行ってるから、お邪魔虫が居なくなってからゆっくり食べてね。
仏間を後にして、ナイトのバレンタインチョコを用意する。
と言っても、犬にチョコはあげられないので、板チョコ型のおもちゃで気のゆくまで遊んであげるのだ。まぁ、もちろんおやつもあげるけど。
結局、パパとお兄ちゃんが帰ってきたのは午後も大分過ぎてからで、夕方って言った方が早い時間だった。
二人にチョコを渡すと、何でかわからないけど、逆に二人からプレゼントを山ほど貰ってしまった。
…パパとお兄ちゃんが食べる予定のチョコって、唐辛子入りのやつなんだけど…
ま、いっか。
「なにこれ、辛っ!」
「俺のも辛いぞ。」
「甘い物嫌いだけど、これも結構来るよね…。」
「そんな事言ったら、来年貰えなくなるぞ。」
「…そうだね…。しかし、辛いな。…うわ…父さん、これハバネロだよ。」
「…だろうな…。見るからに真っ赤だしな…」
「「我慢だな」だよね」
次の日、「唯ちゃんの作ったチョコ美味かった」と聞いたパパとお兄ちゃんが、高橋さんに、鬼のような仕事の割振りをしたのは知る由も無いことで…
「何ですか、この量。」
「「黙ってやれ。」」
「二人揃って、パワハラですか。」
「唯のチョコ食ったんだろ?」
「美味かったんだよね?」
「「だったら黙って仕事しろ」」
「…はい…。」
…唯ちゃん、この二人に一体何作ったの…。
高橋さんのその嘆きを私が知ることは無かった。