1 前世の記憶あるくね?
「お初にお目にかかります。わたくし、アンリ様の婚約者のデルフィーヌ・レンヌですわ」
黒髪縦ロールの美少女を前に、俺は自分が前世の記憶を消されることなく生まれた稀有な人間なのだと気づいた。
「……こ、こちらこそ、初めまして。兄上の弟の、レオンと申します」
衝撃を悟られることないように震える声を抑えつけて、なんとか挨拶を返す。
「レオンはとても賢い子だ。デルフィーヌも仲良くしてやってくれ」
金髪碧眼のキラッキラな王子様が言う。
「ええ、アンリ様の弟ですもの」
正直、その後のお茶会の記憶はあまりない。
◇
「うおぉぉぁぁぁああああ」
自室のベッドに飛び込み、声を上げる。
この時間は兄上は王宮に授業、妹は友人の屋敷に遊びに行っている。だから、大声をあげても使用人たちに不審がられるだけだ。そして不審がられるのなんて今更なので、いつものこととして処理してくれるだろう。
兄上と婚約者とのお茶会に誘われたので行ってみると、強烈な既視感があった。そこで気づいてしまった。
これって、とある乙女ゲームの世界じゃね???
てか、俺って前世の記憶あるくね???
と。
おかしいと思っていたんだよなあ。
幼い時から妙に頭がはっきりしている子どもだったし、昔から不思議と思い出が多くあった。
空飛ぶ金属の塊、夜も煌々と輝く街明かりなど、記憶の中のものを乳母に聞いてみても知らないと言われる。
そりゃあそうだ、この世界の記憶じゃないんだから。
おかげで俺は、頭の回転は早いけど不気味で不思議な子扱い。
今まで気づかなかったけれど、これがいわゆる異世界転生というやつじゃないのか。しかも、前世で姉がやっていた乙女ゲームの世界ときた。
タイトルは忘れたが、庶民出身のヒロインが聖女として認められ、攻略対象たちを攻略していく王道展開だった気がする。姉がやってるのを時々横目で見ていたくらいで、ざっくりしか知らないが。
ただ、そういうのにはあんまり関わらないで生きていけたら良いんだけど、…………そういえば俺も攻略対象だな?
今の俺はこの国の第二王子レオン。攻略対象筆頭である。
どうしよ。
ま、なるようになるか。
2秒で思考を放棄する。
今の俺は今の俺であって、乙女ゲームのキャラクターではない。俺の意思で生きている。過去の記憶に囚われて生き方を変えるのは面倒くさいし、なんか違くね?と思う。
すなわち、俺の生きたいようにすればいい。
ヒロインに惚れようが、別の子に惚れようがなんでもいい。それが俺の意思を持った選択ならば。
俺は今まで通り、国王になる予定の兄上の補佐ができればいいと思っている。
そもそも第二王子なんて言われているが、俺は愛妾の子で、王位継承権はほとんどない。今の王族が全員死滅したりすれば回ってくるかな、程度。
それに俺は兄上のことを普通に慕っている。
優しくて美しい母は、少数民族の服従の証として父国王に召し上げられた。母が亡くなった後、特に後ろ盾もない俺の離宮には、使用人がたった二人にまで減ってしまった。母が地元から連れてきたメイドが一人と、庭師のじいが一人である。
メイドが時折息子を連れてきて手伝わせていたので、俺が聞き分けのいい子どもというのもあり、特段困ることはなかった。
それどころか庭師のじいに色んなことを教わった。綺麗な花の保たせ方や薬草の種類、毒にもなりうる草花の種類などだ。
そんな中、廃墟寸前の離宮に乗り込み、俺をかまってくれたのは、2歳年上の腹違いの兄上だった。
「そなたが私の弟か? なぜこのような寂れたところにいる。メイドは? 侍従は? 怠慢であるぞ」
それはもういかにも王子様という風貌の金髪碧眼の美少年だった。
「おとーと?」
「そうだ。そなたはレオンであろう? 私は兄のアンリだ」
いくら前世の記憶があるとはいっても俺は1人では何もできない餓鬼だ。兄上の存在は単純に嬉しかった。
2歳しか変わらないのに、兄振って俺を可愛がり、ついには「このようなところにおいては置けぬ」と、兄上と同腹の妹、そしてその母である王妃様が暮らす離宮に連れて帰った。
メイドのマーヤに絵本を読み聞かせしてもらっていたり、簡単な算数は習ったりしていたが、いわゆる王子教育は受けていなかった。兄上が教育も手配してくれて、俺はまともな王子教育を受けられるようになった。
ませていた俺は、学べるものは全て学んでやる精神で貪欲に学んだ。それはもう貪欲に。
すると王妃派の侍従なんかが嫌味を言ってくるようになる。いくら勉強したって俺に王位簒奪なんてできるわけがないってのに。
ちくちく言われるのは面倒なので、素を出してアホの子っぽく振る舞うようにした。せっかく王子様やっていたのに。
素を出し始めた途端、第二王子は少々ぼんくらなようで、などと言われるようになった。失礼な。
そんなこんなで今日兄上と婚約者のお茶会に呼ばれて、点と点が繋がり前世を思い出した。
俺の最強格好良い兄上は隠しキャラの第一王子アンリ。その婚約者は悪役令嬢デルフィーヌ。
ゲームのスチルよりも幼いが、確かに2人だった。普通に美少年美少女で眼福。
うーん、波瀾万丈な人生になりそう。




