operation.75_出撃準備
「第2世代 人造人間の初期ロットねえ。つまりセイカちゃんの方が後継型ってこと?」
「一応は⋯⋯ですが、第1世代個体と比べると戦闘性能は一般人と大差がありません。脳機能調整のための試験個体で、セイカさんのタイプは1個体しか製造されていません」
そんな問答が操縦席の後ろから聞こえてくる。
「へぇ、ウィルムットさん。それはなぜだい?」
声の主の片方はジパング・インダストリーのエガスモニス教授だ。大型機動兵器とセイカとの接続の最終チェック作業中だ。
「ええっと、初期ロットのため、調整して製造を繰り返していた為ですね」
もう片方はアルビオン・バイオニクスのドリー・ウィルムット助教だ。強化人間インプラントから送られてくるセイカのバイタルデータのチェック作業をしている。
「ああ、なるほど。同じ初期ロットでも都度調整を行ってたから同個体はいない訳だね」
「⋯⋯その話題、金輪際、私の前では止めてもらえるかしら?」
「ええっ⋯⋯」
「自分を知るって大事なことだと思うよ?」
インプラントと大型機動兵器の接続確認作業をしながら行われる会話に対して、セイカは眉間にシワを寄せる。
セイカは背中の大きく開いたウェットスーツか水着のようなパイロットスーツに身を包み、大型機動兵器の操縦席に腰を下ろしていた。
操縦席と言っても、パイロットと配線の固定器具でしかないのだが。
「他の人造人間の娘達やセラさんは平気そうなんですが⋯⋯」
「私は嫌なのよ」
そう言われようが、人間⋯⋯自分自身を物のように話す内容を不快に思わない方が難しい。
セイカの反応に対してエガス・モニス教授は顎に手を当てる。
「外的要因⋯⋯受けた教育の違いじゃないかな?たぶんだけど人造人間の子達は最初に産まれの説明からされてるんじゃない?」
「あ、それは確かにそうですね。あと、むしろ自身の産まれ方に誇りを持ってる娘が多いです」
「あー⋯⋯そういう心理になるのか。たしかに産まれた事に理由や目的がある人間の方が稀だからねぇ」
その理由と目的が碌でもなかった場合はどうなるのだろうかとセイカは思わずにいられない。
「ただ、世間的にはセイカちゃんの反応がマジョリティだろうね。僕達の強化人間技術もそうだし」
「ですけどセイカさんは人造人間ですし⋯⋯」
「それは事実であって外的要因ではないね。彼女にとっては産まれた研究所は更地にしたくなるような場所だった訳なんだよ。アルビオン管轄の子達が望まれて産まれてくるのと違ってね」
この変人教授の方が自身の考えに近いのは癪だが頷ける部分が多い。
「大型機動兵器の調整に集中してもらえないかしら?」
「適度な会話もパフォーマンスの維持には大切だよ?ドリーさんはこちらに付きっ切りのようだけど、ミヤビちゃんは見なくて良いのかい?」
セイカに気を遣ってか好奇心かは不明だが、モニス教授は話題をミヤビの方へと移した。
「ミヤビさんは第1世代 強化人間で精神面に不安があるはずなんですが⋯⋯想像以上に安定していますので」
「精神面か⋯⋯まあ僕等もセイカちゃんも認識してる部分だろうね。他者依存が強いというか⋯⋯」
「い、一応は機密ですので内密に願いたいです⋯⋯」
「⋯⋯第1世代って何人いるのかしら?」
「こ⋯⋯っ、戦闘用個体の数なんて言える訳ないじゃないですか!?」
流れで聞けるかと思ったが、流石に喋る前に質問内容の重大さに気付かれてしまった。モニス教授とセイカが揃って舌打ちをする。
「同じ条件の人間って現実的に存在しないから興味あるんだけどね。ミヤビちゃんやセイカちゃんと全く同じ条件の個体が育ちの違いでどう強化人間インプラントの適正が変わってくるのか」
「絶対!駄目です!!こんな⋯⋯うぇっ⋯⋯」
「ちょっと!?ここで吐かないでよ!?」
そう言えばコバルトもセイカが配線に繋がれた姿を見て吐いていた事を思い出す。出撃前の機体内で吐かれてはたまったものではない。
「⋯⋯耐えました」
「人間の内臓よりずっと清潔感あると思うけど⋯⋯。まぁ、僕達やセイカちゃんから見た人造人間ってそういう認識だよ?」
「⋯⋯そうなんですね」
モニス教授の言葉にドリーは頷いた。
多少はセイカの気持ちが伝わった事は喜ばしいが、それよりも嘔吐されないか気掛かりで仕方がなかった。
「問題なしっと⋯⋯大型機動兵器ヤソマガツの本当の復活戦だ。ワクワクするねぇ!⋯⋯僕等は陸路で後備だけど」
そんなセイカやドリーを他所に、エガス・モニス教授は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
----------
「ねえコバルトちゃん」
「⋯⋯なんですか」
「私は気になって仕方がないんだよ 」
整備士長から整備完了と確認要望部位の状態報告を受けているというのに、ルージュの視線は他所様に釘付けだった。
「おい止めとけ」
整備士長がコバルトの言いたかった事を代弁してくれた。
ルージュの視線の先にはアルビオン・バイオニクス管理外の人造人間ミヤビ・キースとアルフレッド・クサナギというジパング・インダストリーの少年傭兵が2人並んでコバルト達のように整備報告を受けていた。
「いいや無理だね。このままじゃ気になって集中力に影響が出ちゃう。私は聞きに行く」
「やめておくべきだと思います」
「俺は止めたぞ」
コバルトの静止も無視してルージュはジパング・インダストリーの2人の方へと絡みに行ってしまった。
ルージュが声をかけると、少年は露骨に狼狽え、少女は不快そうに目を細めた。ジパング・インダストリーの整備士は目に見えて呆れている。
その少し離れた位置で、話を聞いていたのか黒髪の少女が木箱をひっくり返していた。
少女は右手を大きく振り上げるとルージュの太ももに目掛けて平手を振り下ろした。スパァンという景気の良い音がコバルトとアルビオンの整備士長の方にまで届く。
ミヤビも同じMⅢパイロットだけあり、スーツの生地が薄い部分を熟知しているようだ。
足を引きずりながら、脂汗を浮かせながらも、満足そうな笑みでルージュが帰ってきた。
「まだ付き合ってないって!」
「知ってます」
「⋯⋯足、大丈夫か?」
見ればアルフレッドもミヤビも整備報告に集中できなくなっている様子で、とんだテロ行為である。ミヤビが未だにルージュを睨んでいる。
コバルトはため息を付き、片腕を振り上げた。
「お?」
「え?」
ミヤビと同じ要領で、ミヤビが平手打ちした太ももの左右逆の太ももへ平手を振り下ろした。なかなかいい音が鳴ったのではないだろうか。ルージュは腰から崩れ落ちそうになるのを整備士長にしがみついて既で堪えた。
「なんでぶったの!?」
「ミヤビさんの溜飲を下げるためです」
見れば、こちらでも怒られている事で多少は気が晴れたのか、ミヤビは整備士の方に視線を戻していた。アルフレッドの方はまだ集中力が戻っていないらしく視線が泳いでいる様子だ。
「これに懲りたら他所様に身内へのノリで絡むのは止めてください」
「でもでも、ミヤビちゃんも意識してもらって満更でも無さそうだよ」
「結果論です。そしてルージュが痛い目にあうのを見て気が済んだからです」
「私が頑張ったおかげ⋯⋯」
「所為の間違いです」
ルージュに説教をしながら、コバルトは黒髪の少女に目を向けた。確かツバキとかいった訓練兵だったはずだ。どこか落ち着きのない様子で作業に戻っていく。
彼女の機体、MⅢスキュータムも運び出されるという事は包囲部隊の数合わせとして出撃するのだろう。
「⋯⋯変に拗れなければ良いですが」
大規模な戦闘前は誰しも気分が高揚している。
嫌なジンクスもあったりする。
「何が?」
コバルトはノンデリな同僚の太腿を再度叩いた。
----------
「⋯⋯あの娘達は何をしているのかしら」
そんな様子をセイカはMⅢバードイーターのメインカメラから眺めていた。
大型機動兵器ヤソマガツとの接続を終えたため、セイカの所有する無人兵器の指揮車両コロニー3台とその無人兵器群、MⅢバードイーターとのリンクも完了。さらにジパング・インダストリーの方でも指揮車両コロニー3台と無人兵器群を購入したため、大型機動兵器と合わせると大隊規模の戦力をセイカ1人で動かせる状態になっていた。
ほとんどの無人兵器の操縦はセイカの思考パターンをトレースしたAIに任せることになるが、デフォルト設定のまま動かすよりはるかにマシだろう。
「まぁ、先に出撃するのは私達陸路の部隊からだったわね」
大型機動兵器と無人兵器、補給車両といった支援部隊は身重のため陸路で行軍。目的地まで1日かかる。
そのため、大型機動兵器とその無人兵器部隊に護衛させつつ支援部隊が先に出立し、半日後に包囲部隊が、さらに半日後にミヤビの含まれる空挺強襲部隊が出撃する。
包囲と目標地点の制圧が終わったタイミングでセイカの大型機動兵器ヤソマガツが到着し殲滅戦を開始する。
「目標の確実な死亡の確認、または情報の確保のため空爆は選択肢から外れるとしてもても⋯⋯」
工程的には確かにこれが最短だが、安全面を考えるなら逆の動きにするべきだと、セイカは今でもそう思っている。
流石に覆らなかったが。
大型機動兵器を操縦しつつ、無人兵器の自律AI達に警戒と護衛の指示出し、MⅢバードイーターと繋いで準備に勤しむミヤビ達を眺めるという器用な事を行いつつ、セイカは今後の身の振り方も考える。
作戦内容を見る限り、執行部隊という高い個人戦力に依存したやり方だ。
フェデラル・エンジニアリングの量産性やアルメニア・エレクトロニクスの無人兵器群ような物量に重点を置いている企業連合ではないため、ある程度は仕方がないのかもしれないが、妹を危険に晒したくないというのが姉心である。
自身の無人兵器群の価値を示すのが、所属を変えるよりも、妹の安全には最短かもしれない。
とは言え、個人戦力としてはミヤビの方がセイカより上なのだが。
「ひとまず追々ね⋯⋯あら?」
作業をしていたアルフレッドが黒髪の少女、ツバキに声をかけられている。
流石に周囲の騒音で声までは拾えない。
呼び止められた少年は特に疑うこともなくホイホイと少女について行ってしまう。
人気のない方に。
四角に。
「⋯⋯」
流石に指示もなくMⅢバードイーターを動かす訳にもいかない。
できる事は望遠カメラで拡大することくらいか。
しばらくすると、ツバキが1人きりで戻ってきたと思ったら駆け足で去っていった。
少し遅れてバツが悪そうに頭を掻きながらアルフレッドが出てきた。
何があったかは、おおよそ察しが付いた。
「⋯⋯悪趣味が過ぎるわね」
セイカは規定の時刻までMⅢバードイーターとの接続を切ることとした。
そして、何も見なかったことにした。




