operation.58
「あのジィさんのあんな渋い顔初めて見たわぁ」
アルビオン・バイオニクス社からエガス・モニス教授に連絡があってから、この研究所にいた関係者の責任者クラスが集まって緊急会議となったようだ。
教導部隊の隊長のウェイン・リヒトと、執行部隊九番隊隊長のエマ・タマモノマエ、強化人間の研究責任者であるエガス・モニス教授の3人の中で気楽にそんなことを曰っているのはエマだけである。
ウェインは眉間にシワを寄せつつ知らぬ存ぜぬを貫いたらしい。
「結論は?」
「本社に丸投げやな」
「そうする他ないだろう。確認より確保を優先させたのは本社だ」
上の部所、上の人間は責任を取るために存在するのだった。ウェインが疲れたようにため息をついた。
「何の話?」
三者三様な顔色で話している内容が気になったのか、アルフレッドが口を挟んできた。
アルフレッドの膝の上には真っ青な顔で額に氷嚢を乗せたツバキの頭があった。
「頭の痛い話だ。聞きたいか?」
「じゃあやめとく」
ウェインの忠告を元にアルフレッドは聞かないことを選んだようだ。
なぜここに少年がいるのかと言うより、本来はこんな所でする話ではない。
ここはジパング社都市外施設の研究所に隣接した地下演習場だ。そこでミヤビが機体の慣らし運転をしていると聞いていたので、セイカは演習場の管制室にやってきていた。
演習場の中に障害物や標的を並べたコースでMⅢジョロウがホバーエンジンを最大出力にして滑走している。他にも派手なオレンジや蛍光グリーンの塗装をしたMⅢレプスやMⅢスキュータムが競うようにコースを滑走していたが、ミヤビの操るジョロウに追い付ける様子はない。
MⅢの慣らし運転と高速機動の訓練に、オフロードサーキットのようなコースをセッティングして走らせているようだ。
派手な塗装の機体は練習機だ。
教導部隊が強化人間の施術を受けた訓練部隊員がインプラントを使用した操縦の慣らし運転を行なっていた。
ミヤビもインプラントを最新型に切り替えたので、操作感の確認のため参加している。
「しかし、ミヤビちゃんはええ操縦やね。数ヶ月前に傭兵なったとは思えへんな」
「だが、サブアームを高速機動の姿勢制御に多用する癖がある。ホバーエンジンの燃料節約にはなるだろうが、アレではサブアームの関節の摩耗が酷いはずだ」
「それはそやけどなぁ。セイカちゃんはどう思う?」
「私?」
突然妹の操縦を品評しだしたと思うと意見を求められ困惑するが、ここは演習場である。
エマはアルビオン社関連の話題に興味がなく、ウェインは話題を逸らしたい思惑もあるのだろうが、教導部隊の隊長であるウェインはそもそも部隊の訓練という仕事中であるので、これが正しい会話なのかもしれない。
「たぶんだけど、あの動きは機体との人機直結システムの接続テストを兼ねた動きだと思うわ。通常のセミオートでの操縦なら、ミヤビはもっと丁寧な動きをするわ」
「ああ、旧型のインプラントを使用していたからダイレクトリンクで操縦できるのか」
「ダイレクトリンク?」
「何なんそれ?」
「俺も知らない」
MⅢの操縦の話となり再びアルフレッドが話題に食い付いてきた。セイカも聞き慣れない言い渡しに首を傾げる。
「人機直結システムでの機体接続の通称だ。執行部隊で四番隊長が未だに使っているが、あの人以外で戦闘に使用している者は俺も初めて見る。機体システムをオーバーライドするため、機械義肢のように機体を動かせ、操縦の自由度が高いが特に姿勢制御の操作性は最悪だ」
「具体的には?」
「感覚のない手足を、視界が制限された状態で動かすようなものと言ったら伝わるか?」
エマとアルフレッドが腕を組んで考えている。
「無理やろ」
「無理だろ」
「俺もそう思うが……普段からダイレクトリンクを多用している君からしたらどうだ?」
再びセイカに話が振られた。本来の強化人間の操縦方法を知らないため比較のしようがなく、感覚の話でいいのだろうか。
「頭の中で、機体の各部位を管理している制御AIやシステムに指示出ししている感じかしら……?手足の感覚で動かそうとするとオートバランサーを無視しちゃって転ぶから……」
「……解らへんわ」
アルフレッドも頭を振った。
セイカは完全に少数派であるようだ。だが、ウェインのもの言いに違和感を感じ、セイカは首を傾げる。
「逆に、俺達が扱う強化人間の操縦システムであるシステムリンクはMⅢの上半身や特定の武装制御に特化したものだ。人間の四肢や指の数は無視できるが、MⅢの操縦用プラットフォームでできる事しかできない」
「……あなたの物言いを聞くと、人機直結システムを使ったことがあるように聞こえるのだけど?」
おそらく感じていた違和感はそれだ。ウェインは他の戦闘での使用者は1人しか見たことがないと言っているものの、彼自身は使ったことがあるような言動なのだ。
「……あの大型機動兵器を輸送するために教導部隊から選出した隊員とともに訓練した。動かすだけでも何とかしなければ複数台の車両で牽引する事になったからな」
「……感想は?」
「二度とゴメンだ」
やはりセイカは少数派らしい。
「だが、研究所はダイレクトリンクを便利に思っているらしい。強化人間用の武装を作る際、ダイレクトリンクで試用してから機能を絞ってシステムリンクに落とし込むと効率的だそうだ。研究所が君達を欲しがる大きな理由はそこだろう」
「大雑把に動かせる人に動かしてもらって、機械に任せる部分と俺等で操縦する部分を決めるってことか」
「大雑把……」
少し思うところはあるものの、アルフレッドの解釈は雑だがわかりやすかった。
話している間に予定の周回が終わったのか、MⅢジョロウと、練習機が脇に下がっていく。それに気付いたアルフレッドがツバキに声をかけた。
「ツバキ、次の班が終わったらまたお前の番だ。起きて準備しろ」
「……も、もう少しこのままじゃダメですか……」
ツバキはアルフレッドの膝の上を名残惜しそうにするが、ペシリと頭を叩かれしぶしぶ体を起こした。
「……また接続ですかぁ」
「スキュータムが扱えるんだからしっかり慣れろ」
ツバキの襟足には真新しいインプラントが取り付けられていた。施術から日が浅いためなのかインプラント周辺の肌が赤い。
ツバキはアルフレッドに引き摺られるように扉の向こうへ消えていった。
少年に引き摺られているのにニヤニヤしてしまっていたツバキの性癖が心配になる。
次に訓練を行う訓練兵が練習機に乗り込んだのか、同じ色のMⅢスキュータムとMⅢレプスがコースに戻る。共にコースに入ってきたのは都市迷彩塗装のMⅢレプスでクレアの機体だ。
「そう言えば、何で訓練兵と実隊員クラスのパイロットを一緒に走らせるの?」
「訓練兵は安全運転しかできへんし、そいつらだけやと他人の安全運転しか見れへんやん?MⅢがどこまで動ける兵器なんかを見せるためやな。真似して事故ってもコーナーのタイヤの塊に突っ込むだけやし、むしろ真似すんのが大事なんやで」
「まぁ、今日の連中はインプラントを着けたばかりの隊員達だ。まずは見て、憧れるだけでいい」
また3機が設定されたコースをホバーエンジンの最大出力……戦闘速度で滑走を始めた。
初速もそうだが、クレアのMⅢレプスは最大速度までの加速が訓練兵と比べ物にならない。
急カーブではMⅢの足裏から火花が上がるような急ブレーキと進行方向とは逆のバーニアの噴射を合わせることで短いスパンで減速を済ませ、最後に跳躍する事で急加速した。
訓練兵の扱うMⅢレプスとも一気に距離が広がり、カーブのタイミングでどんどん差を広げていく。
「あれ、システムリンク無しでやっとるんやで」
「足回りの操縦は通常、強化人間でも操縦桿で行うが……上半身をバランサーに使わずあの動きは凄まじいな」
クレアの扱うMⅢレプスの上半身は武器を前方に構えた状態で微動だにしていない。機械的な動きと言えばそうだが、足回りだけでバランスを取っているということだ。
対して、訓練兵の機体はカーブの際にサブアームや腕部を重心の調整や、機体の姿勢の立て直しまたはブレーキ代わりに使用している。
「上半身を高速機動で活用できるのは強化人間のメリットでもありデメリットだ。訓練兵達だとアーノルド少尉と模擬戦をすれば撹乱されて一方的に撃たれるだろう」
「……ミヤビとクレアとだとどうなのかしら?」
興味が湧いて思わず聞いてみると、律儀なことにウェインは顎に手を当てつつも長考してくれた。
「君の妹のMⅢのブラックボックスの戦闘ログも確認済みだが地形によるかもしれないな。市街戦だとミヤビの圧勝だろう。平地だといい勝負になるかもしれない」
「美人やからって、姉妹贔屓してへん?」
エマが何やらじっとりとした視線をウェインに向けた。
その様子に、エマが交際しているのはアキラという女性ではなかっただろうかと思ったが、話が脱線しそうなのでセイカは閉口した。
「そもそもアーノルド少尉の装備は部隊行動での役割に特化しているのもあるが、単機での対応力に差がある」
ウェインは言い訳でもなく、評価の理由を口にした。
「それに、ミヤビは市街戦だとホバーエンジンの出力とサブアームの馬力で壁をよじ登って戦うんだぞ」
「え、何それヤバない?」
「……何がヤバいの?」
噂をすればと言うべきか、アルフレッドとツバキが出ていった扉からミヤビが入ってきた。シャワーを浴びた後なのか、頭からタオルを被っている。
「君の市街戦での戦い方の話だ。システムリンクの使い心地はどうだった?」
「負担が少ないのは便利だけど、違和感があってまだ慣れない」
「システムは切替式にしてダイレクトリンクは残すべきか。他にも機体に要望があればまとめておいてくれ。モニス教授に回しておく。君の訓練データと合わせて専用機の開発に使う」
また、あの教授や研究者達とやり取りしないといけないと想像したのか、ミヤビが露骨に嫌そうな顔をした。
「大変ね」
リミッターの調整を終えたセイカは他人事のように感想を述べると、3人から視線を向けられた。
「いや、セイカちゃんもやで」
「明日にはツチグモとバードイーターのアタッチメント交換が終わる。大型機動兵器の調整もだ」
他人事では済まないようだ。




