operation.57
「……やっと終わり?」
セイカは背中の開いた専用のパイロットスーツを着込み、検査室の寝台の上でうつ伏せの状態になっていた。背中のインプラントには検査室の機器にケーブルで繋がれている。
何時間、何日とこの寝台と検査室のお世話となり、セイカはうんざりだと言わんばかりにため息をつく。
「お疲れ〜。まさかリミッターの設定に2週間もかかるとは思わなかったねえ」
目にクマを作りながらそんなことを曰うエガス・モニス教授は顔色とは裏腹に楽しそうに笑っている。
ジパング・インダストリーの強化人間研究開発施設。
中央大陸のジパング社都市外施設の地下にそれはあった。
姉妹がいた施設より研究関連の施設は遥かに充実している。地下にこれだけ広大な施設を作って地上が崩れないのが不思議に感じる。
研究には当然ながらMⅢや大型機動兵器が必要になるため、搬入するための通路も当然のようにある。分解して持ち込むのではなく、操縦してそのまま持ち込み、完成した試作品もそのまま持ち出せる広さだ。
そしてMⅢ用のハンガーもあり、円形の演習場まで地下にあった。ウェイン達と運んできた大型機動兵器はさすがにガレージは無いようで、演習場の端で仮設の足場が組まれていた。
そこで作業服姿の整備士らしき人員と白衣の研究者達が何やら作業をしている。おそらく分解でない。
地下なので窓はないものの、照明の光度は強めでセイカやミヤビにとっては眩しいくらいだ。
2週間という時間は、空いた時間で地下施設を一通り見て回るには充分な時間だった。
「インプラントも最新型にしたけど、違和感はないかい?」
「……問題無いと思うわ。何がそんなに違うの?」
ミヤビに着いているものと同じインプラントが複数並んでいるだけだった形状から、ムカデのような機械が背中に貼り付いたような一体型形状のインプラントに変わっていた。6つほど接続端子の数も8つに増えている気がする。
「リミッターが入っている他にはシンプルに通信速度が速く、通信容量も大きいよ。リミッター作動時の補助システムも入っている」
「……リミッターで制限をかけるのに速度と容量も増やしてるの矛盾してないかしら?」
リミッターは脳の許容範囲を超えた情報量が流れ込まないように通信を制限するものらしい。そのため、リミッターの取り付けに際し、セイカの脳の上限を確認する検査から入ることになった。
だが、通信量を倍々にして確認するのではなく、ひたすら加算を繰り返してチェックしていくため、上限が高い人間ほどこの検査に膨大な時間がかかるというデメリットがあった。
エマやアルフレッドが妙に研究所を嫌っている気持ちが少しだけ理解できた。
理由はそれだけではないが。
「セイカちゃんやエマちゃんが特殊なんだよ。安全のためリミッターは必要だけど、従来型じゃ強化人間の性能に対して機器の性能が足りてないんだ」
「……なんとなく理解したわ。あとは、リミッターの補助システムがどのくらい違和感になるかかしら」
リミッターが通信量を制限した際、補助システムは情報量を圧縮して送信してくれるそうだ。
例えば、機体の左腕部が損傷した時に警告だけでなく詳細も含めて脳に送られてくるが、システムが損傷部位と損傷レベルだけの情報に変換してくれるらしい。
イメージしづらかったが、MⅢの機体各部位の状態を示す表示みたいなものと言われて何となく納得できた。
「……リミッターが作動するような利用は避けてね?普通、適正がある人だと専用のMⅢや市販のMⅢを操縦した程度でリミッターも補助システムも作動しないんだから」
MⅢオロチやMⅢオオタチ、MⅢキツネビのように単機を操縦するだけであれば、強化人間の才能に合わせた機体をあてがう以上リミッターは作動しない。
セイカとミヤビが他の強化人間と異なるところは、自機に加えて無人兵器を操るという性質上、操縦する機体を上限なく増やせることだ。
「いやぁしかし。いいねぇ」
検査も終わったので、配線を外してくれるエガス・モニス教授が熱っぽい息を漏らす。
何やら身の危険を感じて鳥肌がたってしまうが、これはセイカ自身に向けられた熱量ではないことを、この2週間ですでに理解している。
「旧型もアンティーク感があって良いんだけど、最新型の人の肉体に合わせた形状は素敵だよね。機械義肢も好きなんだけど、強化人間インプラントの人体以上の性能を発揮させるため機械って人の業って感じだよね。僕にも強化人間の才能があれば良かったんだけど、こればっかりはねぇ?」
「……私に同意を求められても困るわ」
片手でインプラントに接続された配線を取り外しながら、もう片手でインプラントをスリスリ撫で回されているのがわかる。インプラントに触覚はないのだが、撫でられる際のわずかな振動が肌に伝わっている。
機械フェチと言うべきか、サイボーグフェチと言うべきか、そう言う趣味嗜好が教授の他ここの研究者にはあるらしい。
害はないのだが、不快感が無いと言うと嘘になる。
ただ、彼等に触ってもらわねばチェックもメンテナンスもしてもらえない。
研究者達にとっては実利を兼ねる素晴らしい仕事で、強化人間側からすると研究所に来るたびジレンマに苛まれることになるのだ。
「そう言えば、リミッター着けてからミヤビちゃん来てないね」
「私の代わりに取引先との仕事をしてもらってるわ」
ミヤビは教授に触れられるのを嫌がったため、助教授の女性に検査とリミッターの取り付けをしてもらったのだが、性別が異なるだけでエガス・モニスの同類である。
リミッター取り付け後は姉の検査の立ち会いにも来なくなった。
気持ちは理解できる。
「はい。取り外し終わったよ。……コグモちゃんのケーブル、僕が取り付けても良いかい?」
「……お好きにどうぞ」
「やったね」
コグモのケーブルをインプラントに取り付けてもらい、セイカは体を起こした。
「あとは、機体側のプラットフォームも最新のものに交換してあるから接続テストだね」
背中のインプラントを眺めながらニヤニヤしている教授の姿になんとも言えない思いになるが、彼は姉妹にとって喉から手が出る情報の持ち主で機嫌も損ねづらい。
「……それも大事だけれど、私がお願いしていた検査は結果はもらえるのかしら?」
「あーあれねぇ……。いい感じに忘れてたのになぁ」
「忘れられちゃ困るのよ」
指摘されて嫌そうな顔をするモニス教授に釘を差す。渋々といった様子で、事務机上のコンピューターを操作する。
「今、ミヤビちゃんいないけど?」
「……私が確認できれば十分よ」
「はいはい。じゃあ……君がお願いしてた鹵獲機体の中身と、君達姉妹のDNA鑑定の結果だけど」
専門的なことは分からないがモニターに検査結果の内容が表示しているのだろう。9が大量に並んでいる。
「セイカちゃんのDNAとほぼ一致するねぇ。アレの中身の脳、サイズ的には赤ん坊サイズなんだけどクローンなのかなぁ……」
結果を聞いて、セイカは渋い顔をするが、報告するモニス教授も何一つ楽しくなさそうだ。
「これだけの逸材と出会ってるのに、粗製品の量産かぁ。君の年齢やあの無人兵器の扱いを考えると、アレの中身はテロメアの調整なんてされてないんだろうねぇ」
嘆かわしいと言わんばかりに教授は頭を振る。
あまりバイオ技術に好感を持ってなさそうにも見えるが、どちらかというと呆れといった表情に見える。
「ちなみに、アレの中身に関してはアルビオン・バイオニクスもご執心でね。君達のDNA検査も彼等にやってもらったから、精度は折り紙付きだよ」
「……ライバル企業じゃないの?」
「フェデラルとアルメニアみたく、敵対してる訳ではないからねぇ」
他所に依頼していたのは予想外だったが、おおよそ予想通りの結果が帰ってきた。
「……ちなみに、どう依頼したの?」
「何を?」
「私達のDNA鑑定」
「以前から無人兵器の中身について同一性確認をしてたから、他の破損サンプルの検体に紛れ込ませて送っちゃった。喜んで鑑定してくれたよ?」
要は人の褌で相撲を取っているわけだが、教授は餅は餅屋でしょと悪びれる様子はない。
求める結果を得られたわけなのでセイカも文句の言いようはないが、彼は興味のないことは他人に押し付けるタイプらしい。
「こんなこと知ってどうするの?」
「……気持ちの問題よ。赤の他人の犠牲者でないなら、心置き無く攻撃できるわ」
「仕事って割り切るのが一番楽だと思うよ」
教授は質問しておきながらも、あまり興味が無さそうだ。セイカが本当に知りたかったのは、アレが母の技術の盗品であるかどうかだが、隠す必要も無かっただろうか。
「しっかし、奴等も馬鹿だねえ。君等みたいな逸材を袖にして粗製品量産する意味が分からないよ」
あの研究所の人間は嫌いだが、母もそこに含まれるような物言いは少し癪に障った。
「……私達の研究してた人は、私達の完成に執着してたわ」
「その人とは友達になれたかもねぇ」
教授はしみじみと語り合いたいなどと曰うが、その研究者はすでにこの世にいない。
「それじゃ、こっちもDNA鑑定の報酬として君達に質問したいことがある……というより、情報部から質問するように言われてるんだけどね」
「機体を調べて、技術盗用の裏はとれたんじゃないの?」
「それはもちろん。ただ、情報部は技術を持ち出した奴も探してるんだよね」
エガス・モニス教授はそう言って、コンピューターを操作すると男性の画像をモニターに表示した。
「南方大陸系の研究者なんだけど、たぶん知ってるよね?」
覚えのある中年の男だった。母が試作品を盗まれたと嫌悪感を向けていた研究者だ。
「見たことはあるわね。名前は知らないけれど」
「……あれ?君達のインプラントを着けたのって、彼じゃないの?」
セイカの答えに、モニス教授は首を傾げる。そんな反応をされても知らないものは知らない。
「私達の研究をしていたのは、私達の母親よ」
「……じゃあ、父方の姓はフリーマンだったり……」
「……母からそんな話は聞いたことないわね。たしか、別の研究……あの鹵獲した無人兵器の責任者だったはずだわ」
首を傾げるセイカに、教授はバツが悪そうな表情をする。
「あちゃぁ……情報部の人達あてが外れちゃったね。ウォルター・フリーマンっていって、ウチの元研究者なんだけど……彼、粗製品量産に走ってるのかぁ」
そんな名前だったのか。
自分のクローンを使ったものを粗製品と言われるのは微妙な気分だが、悪趣味であることには違いない。
「じゃあ、君達の研究をしてた研究者は?」
「……ミランダ・キースね」
少し答えるのに躊躇ったが、隠していては知りたい情報が得られないかもしれない。
「博士と呼ばれてたわね。ただ、役職としては教授が正しいのかしら?」
セイカも研究者の役職に詳しい訳ではない。
「私のツチグモと、ミヤビのジョロウの開発にも熱を入れていたわ」
研究に関する詳細の入った母のコンピューターは未だにセキュリティを突破できていないので、知っているのは概要くらいだ。
「あとは……酒好きだったかしら……。教授?」
何やら、エガス・モニス教授が静かな気がする。
見れば、渋い顔をして固まっていた。
セイカに首を傾げられ、教授の時間が動き出す。額を抑えて長いため息をついた。
「君達の姓ってホワイティアじゃなかったっけ?」
「偽名よ」
「偽名かぁ……」
教授は天を仰ぐ。
何か知っているのか、と聞く前にモニス教授は答えを述べてくれた。
「アルビオン・バイオニクス社のホムンクルス研究責任者であるセシリア・キース教授の従姉妹で……同じくホムンクルスの研究者だよ」
同姓同名の別人……などということは流石に無いだろう。
工業系の企業連合であるジパング・インダストリーは生体サンプルのゲノム解析やDNA鑑定は不得意だ。
そのため、アルビオン・バイオニクスに外注していたのだが、途中から解析鑑定サンプルの上限を都合してくれたり、こちらのジパング・インダストリーの領域のアウトベースに研究者を派遣してくれたりと、教授にはいくらか思い当たる節があった。
「彼等が僕等の問題に首を突っ込んで来た上に、協力してきた思惑はそれかぁ……」
エガス・モニスの言葉に合わせるかのように、教授のモバイル端末から音声通話の通知音が鳴った。




