十四、運命の分岐
暁の牙に加わって半年。
俺とカミナは、腐った貴族の屋敷を襲撃し、徴税の荷馬車を奪い返し、借金で首が回らない村を救ってきた。
やってることは義賊そのもの。派手な事から、地味な帳簿盗みなんて事まで幅広い。
ただ、不思議なのは――いつもジルヴァンが、やたら的確な情報を掴んでくること。
貴族の隠し帳簿や次の徴税ルートまで、まるで手のひらの上にあるみたいに。
優秀すぎるのか、それとも……裏に強力な協力者でもいるのか。
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その夜。
バストリアの暁の牙の拠点――昼は酒場、夜は裏組織の会合場所になる二階に呼び出された。
そこにいたのはジルヴァン、父さん(ガイ)。そして俺とカミナ。
下ではいつも通り酒場の店主夫婦がわいわいやっているのに、この部屋だけ妙に張りつめていた。
「……エリシア、来てもらえるか」
ジルヴァンが口を開いた。
その声に応じ、部屋の隅に座っていたフードの人物が立ち上がった。
フードを外すと――冷たい光を宿した瞳。眼鏡の奥に知性がきらめく。
年の頃は二十二、三。凛とした雰囲気に、場の空気が一瞬で変わった。
「……エリシア・エクス・ヴェルデンです。以後、お見知りおきを」
声まで澄んでいて、妙に冷たく感じる。
一言でいうなら……高嶺の花。俺みたいなのとは住む世界が違う。
父さんがぽつりと呟いた。
「あのヴェルデン家か……」
父さんの顔に、わずかな驚きが浮かんでいた。
カミナがすかさず言う。
「そんな貴族のお嬢様が、なんで暁の牙にいるんだ?」
(お前ほんと直球だな……でも、助かる。俺も聞きたかった)
エリシアは一瞬だけジルヴァンを見た。
「……大丈夫。信用できる者たちじゃ」ジルヴァンが頷く。
彼女は俺たちを見回し、静かに言った。
「……他言無用で願います」
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「ジルヴァン様は、王国の宰相――ロイド様と深い親交があります。
私はそのロイド様に仕える政務官。そしてここに来たのは……“雷の勇者”について確かめるためです」
雷の勇者。
その言葉が出た瞬間、空気が変わった。
エリシアの視線が、真っ直ぐ俺を射抜く。
「最近、北方の村……玉鋼で栄えた村に、雷を操る少年が現れた。王都にはそう伝わっています。
調べたところ、確かに“勇者の力”を振るう者がいる。――あなたのことです、ジーク様」
(……様!?……懐かしい響き……いつぶりだろ……)
エリシアは迷いなく続ける。
「ロイド様は腐敗を正そうとしています。しかし王国の現王――アルトリウス陛下は表向きは豪快で民に慕われていますが、裏では前王を暗殺に追い込むほどの曲者。
さらに彼の側には、王国騎士団のトップ、栄皇騎士団団長のダリウス。王国最強の騎士団を持つ男であり、今や力を持ちすぎて脅威となりつつあります。
ロイド様にもかつて法国から派遣された教会系の協力者がおりましたが……今は法国に戻り消息不明。法国に魔族の影があります」
魔族――その言葉に、背筋が凍った。
「帝国は勿論、法国にも目を見張らなくてはなりません。恐らくは……大神殿。今でこそ聖なる象徴とされているあの場所は、かつて魔王城でした。
近年、そこに再び“瘴気”が満ち始めています。魔王復活の前兆と見られるのです」
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ブワッと全身に熱が走った。
額から汗が噴き出し、視界がぐらぐら揺れる。
(……魔王……!? まさか……レイ……!)
五百年前、俺が共に封印した“妹”。
ずっと胸に引っかかっていた存在が、脳裏に蘇る。
(もし……もし本当に魔王が復活するなら……レイは……!)
俺の震えに気づいたのか、エリシアは一瞬だけ目を細めた。
けれど、すぐに冷たい声音に戻る。
「勇者が現れれば、民衆は奮い立ちます。ロイド様も力を得る。
どうか、ジーク様。――その力を王国のために貸していただけませんか?
共に腐敗した貴族を討ち、魔族を倒し、より良い王国を築きましょう」
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返す言葉を、俺は失っていた。
勇者? 自分の使命をしばらく忘れていた。
腐敗貴族を倒すことはわかる。
けど、魔王?
魔王は倒せない……
何故なら復活するであろう魔王の身体はレイの身体だからだ。
王国? 政治?
急に背負わされた重さに、頭が追いつかない。
その時、隣でカミナがぼそっと不機嫌に呟いた。
「おい、ジークだけってのは不公平だろ。僕だってジークと一緒に……貴族だけじゃない。魔族や魔王ってのもぶっ倒してやる」
カミナの言葉に身体の震えが止まる。
(……ほんとお前は遠慮ってもんを知らないな)
でも、不思議と救われた気がした。
エリシアはカミナに一瞥をくれた。
その瞳は固まっている。カミナに突然強く言われて困っているようだ。
そして、その奥にかすかな驚きが宿ったのを、俺は見逃さなかった。
(……この令嬢、今まで“勇者”である俺しか見てなかったのか? カミナの存在を知ってはいても……“目の前に立つ者”として意識したのは、今が初めて?)
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この夜。
俺たちの前に現れた政務官。
彼女――エリシア・エクス・ヴェルデンが、俺とカミナを“運命の分岐”へと導くきっかけになるとは――想像すらしていなかった。




