6回目の人生
今でもあなたの微笑む顔を覚えてる。
あなたの匂いも、仕草も、あなたの息遣いも。
あなたは私の最愛の人。
《たとえ死が2人を引き裂いたとしても、僕の魂は永遠に君と共にある。セレナ、僕たちは永遠に一緒だよ》
彼の言葉が頭の中でこだまする。
心が温かくなる。
もう2度とあなたに会えなくても、私たちは永遠に一緒……そうでしょう?
人間には、記憶が思い出に変わる瞬間がある。
だけど、私にその瞬間はなかった。
痛み、苦しみ、哀しみ、憎悪、それから未だに溢れ続ける恋慕の情ーーその全てが記憶として、思い出にもなれず心に棘を刺し、残り続ける。
いつか私にも、思い出になる瞬間が来るのだろうか。ーー来るといいな。
***
目を覚ました時、私はただ静かに再び目を閉じた。
ため息をつきながらそっと重い瞼を開いて自分の手をじっと見つめる。
今回はだいぶ小さくなった。
(また.....戻ってしまったのね)
これで、6度目の人生だ。
繰り返される死と再生の果てに、もはや驚きはない。
ただ、うんざりするほどの既視感だけが、私の胸を静かに濡らしていた。
1度目の人生で、私は愛を信じた。
2度目の人生で、私は愛を失った。
3度目の人生で、私は私自身を諦めた。
4度目と5度目の人生では、人生と呼ぶにはあまりにお粗末なほど、目覚めてすぐに命を絶った。
なのに、死んでも、終わらなかった。
生きているけど死んでいる、ずっとそんな気分。
私という存在は、神の悪趣味な冗談のように、しぶとく人生という名の舞台に引き戻され続けている。
もう、ただ生きるしかなかった。
せめて、無駄に苦しまないように。
生ぬるく、薄暗くい不幸のなかで、ただ寿命を待つ機械のように。そう決めてからの私は、変わった。
六歳の私は、妙に達観していた。
周囲の目なんてどうでもいい。
何にも期待せず、誰も信じず、誰も愛さず。
生ぬるい不幸の中で、ずっと生きていくつもりだった。
そう、そのつもりだったーー。
***
──ノックの音がして、扉が開く。
「セレナ、お誕生日おめでとう」
兄レオナード・エヴァレット《レオン》が、優しく微笑みながら部屋へ入ってきた。
手には小さな箱がある。
「今年はこれを選んでみたんだ。気に入るといいんだけど」
彼が差し出したのは、月の刺繍が施された美しいハンカチだった。
柔らかく上質な布地に、繊細な月の模様が縫い込まれている。
「セレナは月を眺めるのが好きだろう?だから月の模様で特注したんだ」
彼はどこか誇らしげに言う。
セレナは箱を開き、ハンカチを手に取った。
目を落とし、それをじっと見つめる。
「……ありがとう」
静かで、感情のない声。
レオンの表情が一瞬、曇る。
セレナの顔には、何の感情も浮かんでいない。
喜びも、驚きも、何もない。
それもそうだ。
だって10歳の誕生日を迎えるのは1度目の人生以来、2回目なのだからーー。
誇らしげにプレゼントされたこのハンカチだって、もらうのは2回目だし、それに不幸を受け入れている私には、なんの意味も持たないものだ。
こんなものをもらっても何にもならない。
ーー1回目の人生では違った。
セレナは兄からの真心のこもったプレゼントが心から嬉しかった。
こんなにも自分を愛してくれる兄がいることがとても誇らしく、幸せだった。優しい兄が大好きだった。
だが、今は違う。
何を贈られても、何を言われても、セレナの瞳はただ静かに沈んだままだ。
「……どうした…セレナ?もしかして、気に入らなかった?」
「いいえ、とても嬉しいわ」
ただ、それだけ。
セレナはそれ以上、何も言わなかった。
「セレナ……どうかしたのか?」
レオンはそっと妹の手を握ろうとした。
だが、彼女は一歩引いた。
「何でもないわ。部屋に戻るわね」
それだけ言い残し、セレナは振り返りもせずに部屋を出ていった。
「……セレナ」
レオンはその場に立ち尽くした。