DAYS 27:東京から来た少女
九月一日。始業式後に学園の食堂で朱美と食事を済ませた美月は彼女と別れ、博多駅の商業施設にノートを買いに訪れていた。
愛用のA罫の大学ノートを購入し、帰宅しようと駅前の広場に出た所でキャリーケースを片手に立ち尽くし、きょろきょろと首を動かすワンピース姿の少女が目に付いた。小学生くらいだろうか。ここは常に観光客がいる場所なので特段おかしくはないのだが、そばに家族や知り合いがいる様子は無く、ひとりで何かを探している様に見える。
気になって足を止めた美月はしばらく彼女を観察していた。少女は検討が付いたのか、キャリーケースをごろごろと引っ張りながら歩き始める。と思ったら立ち止まり、また辺りを見渡し今度は元の方向へと戻っていった。かと思えばもう一度ぴたりと歩を止め首を傾げると、また違う方向へとごろごろキャスターを転がしていく。
「もしかして迷子かな」
放っておけなかった美月はふらふらと方向を変える少女の元へと歩み寄っていった。
「さっきからあっちこっち行ってるけど、どうしたの?」
「!」
少女は気付いて振り返る。栗色の長い髪とワンピースのフリルがふわりと揺れた。
「……」
じっと美月の顔を見上げる。怯えている様には見えない。
「迷子?」
「違う」
「じゃあ、お父さんとかお母さんを待ってるのかな」
「いや、違う」
美月は体を屈めて顔を少女へ近付けた。
「ひとりで来たの? 何か困ってるんだったらお姉ちゃんが手伝ってあげよっか? お巡りさんもあっちにいるよ」
「……お前、オレをさらうのか?」
「へっ!?」
美月は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ち、ちち違うよ! 困ってそうだったから……迷惑ならいいけど」
「違うのか」
そう言って少女は少しだけ視線を落とした。
「おっぱいでっかいな」
「え、あ、うん、はい」
「……実は……」
事情を話し始めようとした時、彼女は何かに気付いて急に走り出した。美月も慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」
「逃げてる!」
「逃げてる!? 何で!?」
「追われてるから!」
「え、えええっ!?」
振り返ると駅の中からスーツ姿の男が何人かこちらに向かっているのを確認出来た。彼らの事だろうか。
「な、何で追われてるの!」
「逃げてるから!」
「!!!!?????」
よくわからないが尚更放っておく訳にはいかなくなった美月はとりあえず彼女の手を引いて先導を始めた。とにかく一旦落ち着ける場所まで移動してから詳しく話を聞いた方が良さそうだ。
幸いにもスーツの追っ手は大勢の外国人ツアー客の集団に阻まれた。その間にふたりは駅の裏側にやってきた。すぐそこに大型の家電量販店があったので身を隠すために入店する。
「おお! 物がいっぱい売ってある!」
「うん、そうだね……」
何となくエスカレーターに乗って上の階へと向かっていた。今の間に美月は息を整える。
「ここならあるかもしれないな」
「あるって……何かを探してるの?」
二階に着いた所で少女はフロアーに出てごろごろとキャリーケースを引っ張っていく。店内のあちこちへと顔を向けて商品を見ている。
「ああ。でもどこにあるのかわからないから困ってたんだ。だけどここなら見付かるかもしれない」
「何が欲しいの?」
「うーんとな、キンッてやってチッてやってボッてなる奴だ」
「……キンッてやってチッてやってボッてなる奴……?」
「そうだ。キンッてやってチッてやってボッてなる奴」
彼女は指をくりくりと動かして何かを表現しているが、よく伝わってこない。一体何なのだそれは。
「……そっか……見付かるといいね」
美月は苦笑いしながら答えた。
「ところで、追われてるのは何で? まさか、さっき私に『さらうのか』って言ったけど、あの人達はあなたをさらおうとしてるの? ……そういえばあなたの名前も知らないや」
「いや、違う。あいつらはオレをさらおうとしてるんじゃない。逆だ。オレをさらわれない様にしてるんだ」
「えっ!? ……じゃあ、逃げなくてよかったんじゃ……」
「いいや、今は逃げなくちゃいけないんだ。プレゼントっていうのはこっそりと用意すると喜んでもらえるんだ。あいつらがいると全然こっそりしないからな」
「……えーと、っていう事はつまり、あなたはプレゼントをこっそり買うために逃げ出してきたって事だね。そのプレゼントを買えたらあの人達の所に戻ると」
「そういう事だ。でもさらおうとする奴らからもよく追われるぞ」
「……なるほど」
だからボディーガードが存在する訳である。
「あれっ……ていう事は私、あの人達から誘拐犯だと思われてるんじゃ……」
美月は顔を引きつらせた。
「……は、早く見付かるといいね、プレゼント」
「そうだな……っていうか、お前は何で付いてくるんだ。悪い奴じゃなさそうだけど」
「そんな危ない娘を放っておく訳にもいかないからだよ……ああそうだ名前、私は美月。あなた名前は?」
「恵美莉亜だ」
彼女は依然として黙々と探し物をしていた。ふたりは今テレビ売り場にいた。こんな所にその「キンッてやって(以下略)」が売ってある様には思えないが。
その時ふとエミリアがぽつりと漏らした。
「あ、パパだ」
「え、お父さん!?」
ぎょっとして美月は辺りを見渡す。その声に反応したのか近くにいた客がふたりの方に視線を向けていた。
「ど、どこどこ? どの人がお父さん?」
「これ」
問われてエミリアはテレビのひとつを指差す。65インチの大型画面にはプレジデント・チェアーに腰掛けた小太りの男が映っていた。何やら忙しそうにカタカタとパソコンをいじっている。右上の方には「極忙の男・天皇院グループ総帥に密着」と字幕が出ていた。ドキュメンタリー番組の様だ。
「……この人がパパ?」
「そうだ」
天皇院グループ……大財閥ではないか。その総帥が父親……エミリアに護衛が付く理由を美月はすぐに理解した。
「お嬢様……!」
「うん」
エミリアは淡々と頷いた。
「……ここには無さそうな気がするな」
「ま、まあ家電売り場だし……上の階にはアウトドア商品とか売ってあるみたいだけど、行ってみる?」
言いながら美月はまたしても周りの客の視線を感じていた。いや、この視線は先ほどからずっとではないか? もしかしたら、このフロアー、引いては店内に入った瞬間からずっと、ふたり……ではなく、エミリアに浴びせられている物なのでは。
一度その気になってしまうと全てが怪しく見えてしまう。
「み、見つけましたーッ!」
「ドキッ!」
突如フロアーにこだました声に驚いて美月は肩を震わせた。彼女と同い年くらいのポニーテールの少女がエミリアの方をじろりと見詰めている。
「し、知り合い……?」
「いや、知らないな」
「でも、明らかにエミリアちゃんを見てるよあの人」
「さらおうとしているのかもな」
「あ、あんなに堂々と!?」
「誘拐犯には色々なタイプがいるからなあ」
「呑気に言ってる場合じゃないよね!」
この少女、さらわれ慣れし過ぎている。
「い、一応逃げようかエミリアちゃん!」
美月はエミリアの手をぎゅっと握ると下りのエスカレーターへと走り出した。
「お待ちなさいッ!」
ポニテ少女はふたりを追おうとするが、その前に次々と店内にいた客達が立ち塞がる。
「待て! あのお嬢様をさらうのはワシだ!」
「抜け駆けなんてさせるもんですか!」
「なッ! 何なんですかあなた方はーッ!」
「お嬢ちゃん、ここは私達に任せて行きな!」
「お嬢様をよろしく頼むぜ!」
「必ずさらいに行くからよ!」
「何かかっこいい事行ってるけどあなた達全員犯罪者予備軍ですから!」
やはり先ほどの美月の予想は当たっていた様である。誘拐未遂者達が妨害してくれている間にふたりは店の外へと脱出した。
「やっぱり駅に戻ろうエミリアちゃん……」
ガード下を通りながらふたりは再び住吉通りの方へと適当に歩いていた。これから北に行けば元いた博多駅前の広場に戻る。彼女の護衛の中にはそこに留まっている者もいるかもしれない。常にその身を狙われていると言っても過言ではない財閥令嬢。一刻も早くプロのボディーガードの元に返すのが得策なのは言うまでもない。
しかしエミリアは聞く耳持たずといった様子であった。
「嫌だ。せっかく抜け出してきたんだ。探し物を手に入れるまではオレは戻らないぞ……それに、どうせオレの居場所はその内見付かるんだ。だからその前にな」
「?」
「それに、別に付いてこいとはオレは言ってないぞ。帰りたければ帰ればいいじゃないか」
「……放っておけないんだよね……宛はあるの?」
「無い」
「……わかった、じゃあ循環バスに乗ってひとまず天神に行こう。大抵の物はあると思うから」
美月は先を行くエミリアに追い付くと彼女の細い右腕を掴んでバス停へと向かった。
バスに揺られる事およそ二十分。平日の昼下がりだというのに天神は人で溢れていた。これはうっかりすると人混みの中にエミリアを見失ってしまいそうだ。余計に気を付けなければなるまい。
「おー、人がいっぱいだ!」
そんな美月の心配も露知らず、彼女は興奮気味に声を上げている。確かに、美月も初めて来た時にはこの人の多さに驚いた。渡辺通りを挟んで向かい側の建物にはあかりの写真が載った幕がでかでかと掲げられていた。化粧品の広告の様だ。
「お店もたくあんあるし、ここならきっとエミリアちゃんが探してる物も見付かるよ。えーっと、何だっけ……チッてやって……」
「キンッてやってチッてやってボッて火が出る奴だ」
「そうそう、ボッて火が出る奴……火が出る奴?」
思わず美月は聞き返した。最初に聞いた時はそんな事言っていなかった気がするが。
「ボッて火が出る奴を探してるの?」
「そうだ。キンッてやってチッてやってボッて火が出る奴だ」
「それって……」
エミリアの手振りも見てみるにライターではなかろうか。すぐに携帯を操作して使い捨てライターの画像を検索すると彼女に見せてみた。
「これの事じゃない?」
「いや、これじゃない」
「あれ、違うんだ……」
「これだけどこれじゃないんだ。もっとキンキンしててかっこいいのだ。でも多分同じ奴だ」
「あー……ライターはライターでもって事か……私も詳しくはないけど何となくどんなのかはわかった気がする。多分エミリアちゃんが言ってるのはオイルライターだ」
再び携帯端末を操作。オイルライターの画像を探す。
「これでしょ」
「! そうだ、これだ! キンッてやってチッてやってボッて火が出る奴だ!」
見事的中した様である。エミリアは頬を緩めた。
「これ、ここにあるかな。丈夫なのがいいんだ。クロードはいっつもさっきの安物を使ってるからこのかっこいいのをプレゼントしたい」
「さっきの電気屋さんの上の階にも売ってそうだったけど……まあ、ここまで来ちゃったしデパートに行ってみよ。雑貨屋さんにも売ってそうだけどデパートの方が質は良さそうな気がする」
通りにある巨大なターミナルビルへと一緒に入る。二階部分が新日本鉄道という大手私鉄の駅となっており、その上下にデパートが入居しているという少し変わった造りの建物だ(ちなみに三階の一部は高速バスのターミナルにもなっている)。
「うひゃー、デパートなんてあんまり来ないからなあ……」
並んでいる商品の値札を見てみる……0が多いな、と感じた。フロアーガイドを確認するも、ライターの売り場がわからなかったため総合案内所へと向かい、受付の女性に尋ねてみた。
「ライターでしたら5階にございます」
彼女は丁寧な所作で教えてくれた。なるほど、小物や装飾品の分類に入るらしい。礼を言ってエスカレーターに乗ろうとした時に後ろで甲高い声が聞こえた。
振り返ってみると、あいたたた、と老婆が尻餅をついている。エミリアの引いていたキャリーケースにぶつかったのかもしれない。
「だ、大丈夫お婆ちゃん?」
「え、何て」
「大丈夫ですか? 怪我してないですか?」
「え、何て」
「だ、だから……」
耳が遠いのか老婆は何度も聞き返してくる。美月は諦めて手を差し伸べた。
「……とにかく掴まって下さい」
「あ、ああ、ありがとうね」
老婆はがくがくと震える腕を伸ばすが手を握ろうとした所で空振りに終わってしまう。
「……大丈夫ですか……?」
「いやあ、年のせいかね、最近震えが酷くて……」
がくがくがくがくがくがくぶるぶるぶるぶるがくがくぶるぶる。まだ掴めない。がくがくがくぶるぶるぶる。やっと掴んだと思ったらすぐにまた離されてしまった。
「お、お婆ちゃん……! ……あれ」
そこで美月は気が付いた。いつの間にかエミリアがいない。
「エミリアちゃん?」
先ほどまですぐそこにいたのに。今やどこにも見当たらない。
「エ、エミリアちゃん! ……ご、ごめんお婆ちゃん!」
やや乱暴に老婆の腕を掴んで半ば強引に立ち上がらせると美月は再度謝ってすぐにエミリアの姿を探した。既にひとりで上ってしまったのか……どうしようかと悩んでいた時、最早聞き慣れたあのごろごろというキャスターの転がる音が耳に入った。すぐそこの階段の方からだ。
「エミリアちゃん!」
階段は全く人気が無い状況だった。ちょうど下の踊り場で彼女が見知らぬ男の後ろに付いていっている所を目撃する。
「エミリアちゃん! ……その人知り合い?」
「いや、知らない奴だ。近道を案内してやるって言うから付いてってる」
「それ誘拐だから!」
「何? そうなのか?」
「ちっ! 何をちんたらやってるんだい!」
そこに先ほどの老婆が駆け付けた。駆け……立ち上がるのもやっとだったのに走れてる?
「せっかく私がこのボインな姉ちゃんの気を引き付けてたっていうのにあんたは!」
老婆は踊り場にいる男を怒鳴りつけた。どうやらグルだった様である。
「えええええお婆ちゃん!?」
「おふくろ……やっぱりやめよう、誘拐なんて……」
「何を言ってるんだい! 店の借金返すためなんだろ!」
「で、でも……!」
「ええいまだるっこしい! とっととその娘かっさらうよ! ……あっ!」
軽やかに階段を降りて息子の元へ行こうとした彼女だったが、途中で足を滑らせる。
「おふくおろっ!」
誘拐犯の男は慌てて身を投げ出した。そのまま見事に母親をキャッチする。
「おふくろ……おふくろ、もういいよ……」
「何がいいんだ! 借金返してまさえさんに帰ってきてもらうんだろ! それがあんたの幸せなんだろ!」
「でも、でも……もういいよおふくろ……これ以上おふくろに無理をさせる訳にはいかない」
「私の事はどうだっていいんだよ!」
「どうでもよくないよ! おふくろも俺にとっては大事なんだよ……!」
「……としあき……!」
「……」
何かよくわからない人情噺を繰り広げる横で、美月はこっそりとエミリアの手を握って上の階を目指した。
「もう、知らない人に付いていっちゃ駄目でしょ!」
「お前に言われたくない」
目的の五階までそのまま階段を使って移動したふたりはライターの売り場を探す。誘拐する方にも様々な事情があるようだが、それはそれとして誘拐は犯罪である。
「それはそうだけど……大体どうして知らない人にそう簡単に付いてっちゃうの」
「何も心配してないからだ。さっきも言っただろ。オレがどこにいても絶対に助けに来てくれるって知ってるからな。だからオレは安心してさらわれるんだ」
「自分からさらわれない様に努力はしないんだね……あ、ここだよ」
話しているとライターの売り場を見付けた。様々なブランドの商品がショーケースに収められており、エミリアが探しているオイルライターも置かれていた。それを見た彼女は目を輝かせる。
「これだ、これ! 凄いなニツキ、お前のお陰で見付かった!」
「ミツキね」
しばらく見て回った後、エミリアが選んだのは桜の花びらがデザインされた物だった。理由はかっこいいかららしい。店員に声をかけて商品を取ってもらい、レジへと案内される様子を美月は微笑ましく見守った。そこで背後から声をかけられる。スーツ姿のふたり組の男が立っていた。
「あ……もしかしてエミリアちゃんの護衛の……?」
「はい。お嬢様をお迎えに参りました」
「買ってきたぞ」
ちょうど会計を済ませたエミリアが満足そうにライターの入った小さな手提げ袋をぶんぶん振りながら戻ってきた。
「あ、エミリアちゃん……ちょうどお迎えが来たよ」
「お迎え……?」
「エミリアお嬢様!」
男のひとりがエミリアへと駆け寄った。
「お探ししましたよ。さあ戻りましょう」
「お嬢様をありがとうございました」
もうひとりの男が美月に一礼し、ふたりでせかせかとエミリアを連れていく。
「あ……」
何だかあっさりとした急な別れに美月はつい立ち尽くしてしまったが、自分が誘拐犯だと間違われなくてよかったかもしれないと思った。そもそも無関係の人間であるし、あちらは忙しいのだろうし。
「エミリアちゃん! 喜んでもらえるといいね! 気を付けてね!」
「ああ、ありがとう。世話になったな!」
声をかけた美月にエミリアもひらひらと小さな掌を振り返してくれた。
そして彼女は横を歩く男の顔を見上げる。
「ところでお前達は誰だ?」
「……え……!?」
その言葉に美月ははっとした。博多駅で見た護衛の男達と同じ様な格好をしていたというだけで彼らを信用してしまっていた。エミリアの反応から察するに、彼らもまた……。
「ちょ……待って下さい!」
「ちっ! もう少しだったのに!」
男のひとりがひょいとエミリアを抱え上げて走り始めた。もうひとりはキャリーケースを持ち上げて後に続く。
「ま、待って! ゆ、誘拐です! その人達人さらいですー!」
「どけどけ!」
男の片方が拳銃で威嚇しながら店内の客を追っ払っていく。人々は身をすくめるだけだった。
エスカレーターを駆け下り渡辺通りへと出る。美月は人を掻き分け掻き分け追い続けるが、男達の姿が次第に人混みの中に溶けていく。
「エミリアちゃーん!」
少し先の角を男達が曲がっていくのを一瞬捉えた。少し遅れて美月も同じ角を曲がるがその先に彼らの姿は無い。完全に見失ってしまった。
「……ど、どこに行ったの……!?」
とにかく近くの人に尋ねるべきかと迷っていると、小さな手提げ袋が路上に落ちているのを見付けた。
「これって、さっき買ったライターじゃ……」
中身を確認するがやはりその通りだった。地下駐車場の入口の前だ。
「……!」
覚悟を決めて美月は中へと下りていく。一角の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
「このっ、大人しくしやがれ! さっきまでは全然抵抗しなかったくせに!」
「プレゼントを落としたんだ! あれは大切な物なんだぞ!」
「うるせえ! 黙ってさらわれろ!」
「エミリアちゃん!」
落としたライターを探しに行こうとしていたエミリアが男のひとりに背後から取り押さえられている所だった。もうひとりの姿は見えない。美月に気付いて男の動きが一瞬止まる。その隙にエミリアはキャリーケースを思い切り彼の脛にぶつけた。
「いっっって! ……あーうぜえ!」
誘拐犯の男はキャリーケースを乱暴に蹴飛ばすと、エミリアの肩を強引に掴み同じ様に突き飛ばした。
「うあっ!」
「ったく、人質に乱暴はしたくねーんだよ! わかったら大人しくしろ!」
再び拳銃を手にし、その銃口を美月へと向けてきた。
「お嬢ちゃんもそのままじっとしてりゃ撃たねえ。車に乗り込むまでそこで大人しくしてろ」
「……っ!」
「や……やッッッッッッッと、お、追い付きました……ッ!」
ぜえぜえと息を切らした声が響く。博多駅裏の家電量販店で迫ってきたあのポニーテールの少女が肩を上下させてそこにいた。
「な、何だお前」
男が照準を変えた途端、彼女は「あーーーーーッ!」と上擦らせた声を出す。
「な、な、何て事してるんですかーーーーーーーッ!」
「うるせえ! 誘拐だよ!」
「誘拐なんてどうでもいいんですよッ!」
「いやどうでもよくねえだろ!」
「自分が言ってるのはそのキャリーケースの事ですッ! 何でッ! 自分のキャリーケースがそんな乱暴に放置されてるのかって事ですッ!」
「は、はあ? 何言ってんだお前……」
「あなたですか……?」
「はあ?」
「そんな許されない事をしたのはあなたなのかと聞いているんですッ!」
「それがどうかしたのかよ!」
「……ッ! 否定しないという事はそういう事なんですね……!」
ふと美月は彼女の手元を見る。エミリアが引いていた、あのキャリーケースと全く同じ物を彼女も今同じ様に手に引いている。
その時乾いた破裂音がこだます。男が威嚇で発砲したのである。
「よくわかんねえが静かにしてろ! ……ああもう、車はまだかよ……!」
男が少し焦った素振りを見せた所で奥の方からエンジン音が聞こえてきた。おそらくこの場にいないもうひとりが車を出してきたのだろう。それに気付いて男が一瞬ほっとした隙に美月の隣の少女は懐から何かを取り出すとばらっと広げて前方へと投げた。扇子だ。それは綺麗な円を描きながら飛び、男の手にばちっと当たった。その拍子に拳銃が落ちる。
「あっ!」
次の瞬間には少女はいなくなっていた。と思ったらいつの間にか男のそばまで駆け寄っている。彼女は地面に飛び込む様にコンクリートを掌で掴み逆立ちの姿勢をとると、バネの様に反動を付けて身を捻りながら男の頬に蹴り込んだ。ちょうど到着したワゴン車のドアに彼は叩き付けられる。
「……すっご……」
美月は驚嘆の声を漏らしていた。
「ふう……」
一息ついた少女は扇子を拾い上げるとキャリーケースを開けて荷物をチェックし始める。
「お前、人の荷物に何してるんだ」
「人の荷物じゃありません! これは自分の荷物です! あなたが新幹線で間違って持って行ったんでしょうに!」
「そうなのか」
「そうなのです! ……まったく、ブツに何かあったらどうしてくれるんですか……やはりGPSを仕込んでいて正解でしたね」
ぶつぶつと呟きながら彼女は一冊の大型本をぺらぺらと捲っていた。様子見が済んだのか元に戻すとキャリーケースのジッパーを閉めていく。
「……ま、手元に置いていなかった自分も悪かったので、代わりに何かよくわからない人から助けてあげたという事でチャラにしましょう」
ここまで来て美月はようやく状況を理解した。彼女はエミリアを狙っていたのではなく、エミリアに間違って持って行かれた自分の荷物を返して欲しかったのだという事を。
「! う、後ろっ!」
「あー大丈夫です」
少女は察知していたのか、いつの間にか背後に回り込んでいた車を運転してきたもうひとりの男の顔面に今度は裏拳をくらわせた。続けて怯んでいる間に回し蹴り。男は既に気絶していた仲間の上に座布団の様に重なって倒れ込んだ。
「自分、強いので……いいですかお嬢ちゃん、もう人の荷物と間違えちゃ駄目ですよ」
「わかった。すまなかったな」
「まったくです……それでは自分はこれで」
少し前までエミリアが引いていたキャリーケースをごろごろ引っ張り、少女はすたすたと美月の横を通り過ぎていく。
「あいつ凄いな」
「……うん、凄かったね……」
その後、美月はエミリアを連れて博多駅へと戻った。予想通り駅前に何人かの彼女の本物のボディーガードが待機しており、エミリアに顔を確認をしてもらった所で今度こそ本当に彼女と別れた。執事の八木沼という男を中心に捜索をしていたらしく、エミリアを保護してくれた礼をしたいとの事で戻ってくるまで待ってもらえるかと尋ねられたが美月はそれを丁重に断り、電話越しに礼を言われてその場を後にした。
「何か凄く疲れた……けど、エミリアちゃんのプレゼント、喜んでもらえるといいな」
新学期初日からどたばたと慌ただしい一日だった。くたくたな状態で帰宅すると食堂が何やら賑わっている様子である。顔を出してみるとぎょっとしてしまった。エミリアを助けてくれたあのポニーテールの少女が旭達と談笑していたのである。
「な……何であなたが!?」
「ややッ! あなたは先ほどの……いやー珍しい偶然もあるものですねえ、なっはっは」
彼女はお馴染みの扇子を仰ぎながら朗らかに笑う。そのやり取りを不思議そうな目で旭は見ていた。
「あれ? 知り合いなの?」
「いやあまあ、ちょっと会っただけというか何というか……で、何でこの娘がここに?」
「何でも何も今日から住むからだよ」
「へえ~今日から住む……って、え、もしかしてこの娘が太郎君の言ってた……今日からだったっけ?」
「道中の仕事が思ったより早く終わったので数日繰り上げて頂きました。あ、仕事というのは端的に言うと『ブックハント』でして……申し遅れました、自分はこういう者です」
立ち上がると少女は名刺を差し出してきた。そこに書かれてある名前を美月は読み上げる。
「ブックハンター、九重橋瑠琉々……?」
「あいやその通りッ!」
彼女は噺家よろしく扇子をぱちんと畳むと勢いよくテーブルの縁にかかっと叩き付ける。
「私、東京よりやって参りました姓は九重橋名は瑠琉々ッ! 我呼んで伝説的美少女ブックハンターるるると申しますッ! 以後お見知りおきを」
Life goes on...next DAYS.




