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DAYS 2:お家が無い!

背景、父上様。新居が、焼けました……。

「ふふ~、むふふ~」

 居間に寝転がり美月はとある紙を見ていた。両足で交互にぱたぱたと畳を蹴っている所から、上機嫌な様子が窺える。

 それは彼女が福岡で弟と共に暮らすマンションの部屋の間取り図だった。2DKで風呂、トイレ別。洗濯機は室内設置で風呂場には衣類乾燥機付き。おまけに三階の角部屋で日当たり良好、安全安心なオートロック、モニターホン。これだけ揃って家賃七万五千円という、博多駅徒歩圏内においては破格の安さであった。

「ふふ~、むふふ~……!」

 新しい部屋で、新しい生活……ああ、楽しみだなあ……!


「……っ!」

 時と場所は移って、福岡都博多区、博多駅前四丁目。とあるマンションの前にて口をぽかんと開けたまま、呆気に取られた浅倉美月が立ち尽くしていた。

「……」

 彼女の前では現在、進行形でマンションがごおごおと音を立てて燃えている。イッツ・バーニング。バーニング・マンション。

「……」

 そしてそのマンションは、これから彼女達が暮らすはずの物だったのである。

「……う……」

 嘘でしょおおおおおおおおおっ! 血の気が引いていくのを感じた。

「……燃えてるな」

 旭がぽつりと呟いた。

「……燃えてるね」

 陽も続いて声を出す。いつもの事なのだが、あまり心情を感じ取れない声色である。

「……」

 美月は無言だった。

「……燃えてるぞ、新しい家」

 旭が今度は彼女の目を見て言った。

「……わ……わかってるわよおおおおおおおっ!」

 絶望に満ちた表情で美月は喚く。

「わ、わ、わかってるって! い、家が! 新しい家が燃えてるって、わかってるって! アンダースタンドゥ! 私は理解出来てます! あ、あああああああっ!」

 発狂したかのごとくわしゃわしゃと両手で頭を掻き乱し始めた。やや癖っ気のある(つや)やかな黒髪がぴんと跳ねていく。

「ああああああああああっ!」

 白いぴかぴかのお風呂……炎上。

「ああああああああああっ!」

 便座には暖房機能の付いたリラックス出来るトイレ……炎上。

「ああああああああああっ!」

 お日様の光が降り注ぐ窓……炎上。不審者を一目で判別出来るモニターホン……炎上。

「ああああああああああっ!」

 彼女が思い描いた新生活の風景に亀裂が走り、そのかけらは粉々に砕けて落ちていった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 その時携帯端末が着信を告げる。はっと我に返り美月が確認すると、目の前の炎上マンションを紹介してもらった不動産会社からであった。急いで出る。

「も、もしもし!?」

〈あ、浅倉美月様でしょうか……!〉

 相手は女性だった。丁寧な声だが焦りは伝わってきていた。

〈あの、先ほど消防から連絡が入ったのですが……!〉

「も、燃えてます!」

〈え、あ、今もしかして前に来られてます!?〉

「も、燃えてます!」

〈は、はい。し、知ってます……〉

「も、燃えてます!」

〈……と、とりあえず、一旦こちらに弟さんとご一緒に来て頂けますか!? 色々と対応致しますので!〉

「も、燃えてます!」

〈知ってます!〉

「燃えてます!」

〈知ってます!〉

「ちょ~っと待った~!」

 こんがらがって同じやり取りを繰り返していた所、旭が突然彼女の携帯を奪って代わりに話し始める。

「浅倉美月さんそして同じく陽君、つまり家を失ったという事ですね!?」

 電話の向こうの女性に問いかけた。

〈え……? まあ、少なくとも今はそうなりますね……というかどちら様でしょうか〉

「という事は! 現実的に考えて彼女達は再び部屋を探さなければいけなくなった! そうですね!?」

〈え……えっと……そうですね……〉

「了解しました! 浅倉姉弟は新しい部屋をすでに決めています! という訳でさようなら!」

〈は!? え……ちょっと……!?〉

 一方的に彼は通話を終えた。直後に再び着信がある。

「はい着拒」

「あのー……旭兄ちゃん? 何したの? 新しい部屋がどうのって言ってなかった?」

 状況を読み込めず陽が尋ねた。

「そ! いやあ、この度は新居を失って誠にご愁傷様でした。でも大丈夫! 俺が新しい部屋を紹介してあげよう!」

 付いてこい! と旭は手で煽り歩き始める。

「……?」

 陽はとりあえず彼に従う事にした。

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

「……はいはい姉ちゃん、行くよほら……」


 美月達は一度博多駅(博多口)まで戻り、今度はそこから北西の方に伸びる大博(たいはく)通りを歩いていた。

叶荘(かないそう)?」

「そ。俺が今住んでるとこ」

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

()荘って……旭兄ちゃんの苗字も叶じゃなかったっけ」

「そうだよー? ウチの所有物件」

「え? 旭兄ちゃんの家って不動産屋だったの?」

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

「不動産屋って言うほどじゃねーんだけど、いくつか土地と建物持ってんだ」

「そうだったんだ……凄い」

「別に凄かねえよ。いやー運がよかったなあ、今ちょうど部屋空いてんだよ」

「へえ、そうなんだ……家賃は?」

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

「3万」

「……って、安いの?」

「おう。この辺りではめちゃくちゃ安い方」

「へ~……」

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

 北東に入る角のひとつを曲がって少し経つと、それは見えてきた。

「着いたぞ」

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

「おい、いい加減正気に戻れよ」

 とんとん、と旭は美月の肩を叩く。しかし変化は無い。

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

「……おーい」

「も、燃えてます……も、燃えてます……も、燃えてます……」

「……」

 仕方がないので(?)彼は彼女の胸を揉んだ。茫然自失となっていた彼女もさすがにこれにはすぐに反応したのだった。

「! なっ、何するの!」

 ぱしーん! 春の博多にビンタの音が響く。

「これしか無かったんだ……」

「あの、あんまり弟の前で姉に変な事はしないでね」

 陽も頬を赤らめていた。

「浅倉さん。家を失った君達姉弟にこの俺が新しい家を提供してあげよう。それがこれだ!」

 バアアァァァン! という効果音が奇妙なフォントで表示されそうなほど旭は仰々しく振る舞った。そこにあったのは、酷く寂れて見える瓦屋根の茶色い建物だ。見た所、かなりの築年数を誇っている。

「な……何、これ……」

 美月は絶句した。所々はがれた塗装に、教科書でしか見た事が無い、横に滑らせて開けるドア。この敷地だけが過去にタイムスリップしたかと思えるほど、2104年の博多には不似合いな建物だった。一昔前どころではない。二昔も三昔も前の時代の遺物に見える。引き戸の横には「叶荘」と墨で書かれた手作りの木の看板が取り付けられていた。

「叶荘。俺ん()

「叶君……こんな所に住んでるの……?」

 彼女は信じられない、という顔をした。

「こんな所、って失礼だなあ。確かにちょっと古臭いけど……」

「いやいやちょっとどころじゃないよ! 前々世紀ぐらいの雰囲気だよ!」

「けど、なかなか趣があって落ち着いた雰囲気だろ?」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「とりあえず入れよ」

 旭はドアの取っ手に手をかける。

「よっ」

 がたがたとうるさく鳴りながら戸は開いた……が、半分ほど動いた所で何かにぶつかった様に止まる。

「はは、立て付け()りーんだ」

「……ぼろ……」

 姉弟は彼に続けて中に踏み入った。瞬間、つん、とした独特の匂いが鼻に付く。きっとこの建物自体が纏っている物なんだろう、と美月は理解した。旭は靴を脱ぐと木造の廊下に上がり(床が軋んだ)、壁に設置されている靴箱の小さな引き戸をひとつ開けその中に片付けた。住人それぞれ個別に収納スペースがあるらしい。戸の上には住人の名前が書かれていると思しきプレートが貼られていた。

「とりあえず、ふたりはそこに脱ぎっぱにしといて」

「……おじゃましまーす……」

 促されたふたりも上がる。やはり床が鳴った。

「全部で12部屋あるんだ。1階に6部屋、2階に6部屋。今住んでるのは8人。4部屋空いてるから、好きなとこ選んでいいぜ」

 左右それぞれにドアが三つずつ並んでいる。この部屋ひとつひとつが住人の居住スペースなのだろう。

「……アパートっていうより、寮って感じだね」

 陽が感想を述べた。

「ま、そうだな。洗面所と風呂場、それからトイレは共用……」

「は!?」

 美月が突然大声を出す。

「共用!?」

「ああ」

「む、無理無理無理! お風呂は別に構わないけどトイレは絶対無理!」

「もちろん男女はわかれてるって」

「そういう問題じゃない!」

「何だよ……今までも家にはひとつしか無かっただろ?」

「そ、そうだけど……それとはちょっと違うというか……ひ、陽も嫌だよね!?」

「僕は別に構わないけど」

「なっ!」

「ほら、陽君もこう言ってるし」

「……い、いーやーでーすーっ……!」

 すりすりと後ずさる。

「だ、大体、古臭いし、見るからにぼろぼろだし……わ、悪いけど、気持ちだけ受け取っておくから」

「……じゃあ、入居はしてくれないのか……?」

「ほ、ほら陽。出るよ」

 さっさと出ていきたいのか、彼女はもう靴を履き始める。

「えー……旭兄ちゃんの言う通り、落ち着く雰囲気だから勉強に集中出来そうなんだけどなあ……」

「もっと他にも落ち着ける家はあるって! こういうのだけが落ち着きじゃないんだから」

「なあ、もう少し見てけよ。食堂とかあるからさ」

「ご、ごめんね叶君。心配してくれてるのはありがたいんだけど、さっきの不動産屋さんに行ってみるから……そういえば何で電話切ったんだっけ」

「ちょっと待て! もうちょい……」

「話はわかりました!」

「!?」

 突如美月の後ろのドアがうるさく開き、誰かが喜んだ様子で姿を現した。顔をよく見ると、先ほど博多口の前でぶつかったあの男子学生だった。背が低く、おかっぱ頭が特徴的だ。

「……? あ、あなたはさっきの……!?」

「また見かけたから尾行して話をこっそり聞いてたら! あなた、住む家を探してるんですね!?」

「……? 私……? は、はい、そうですが……」

 自分の顔を指差し、きょとんとして美月は答える。

「よ、よろしければ我が北之上(きたのかみ)家に来ませんか!? きっと満足すると思いますよ!?」

「北之上い?」

 旭が復唱した。

「え、でも突然そんな事を言われても……」

「あなたには20畳の部屋を貸し与えましょう! ふかふかのベッドやソファーがありますし、クローゼットには洋服がたくさん入ります!」

「20畳……!? 広いなあ……」

「もちろんお風呂、トイレは部屋に付いてますし、それとは別に館には7種類の温泉が楽しめる大浴場もありますよ!?」

「お、温泉……!? ごくり……!」

「ちょっと待て、浴場ならここにもあるって……温泉じゃねーけど」

「専属のマッサージ師もいますから、疲れた時はいつでも体を休められます!」

「マッサージ……」

 ぽわわん、と美月は想像を膨らませる。温泉で肌がすべすべになった後、バスローブを着てそのままマッサージ……ああ、気持ちよくなってそのまま眠ってしまうのだろうか……おっと、お風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むのを忘れていた。

「……いいなあ……」

 うへへ、と夢見心地になっている彼女の腕を北之上は強引に引っ張り外へと連れ出した。

「ならばさっさと行きましょう!」

「うひゃあっ!」

「おい待てよ!」

 旭と陽はすぐに後を追う。彼女は叶荘の前に停められていた見るからに高級そうな黒い車に乗せられている所だった。北之上も乗り込むと、すぐに発進していってしまう。

「おい!」

「……姉ちゃんがさらわれた……福岡って、こういう事はよくあるの……?」

「ねーよ!」

 そこには急な展開に追い付けないふたりだけが取り残されていたのだった。


Life goes on...next DAYS.

こういう強引な展開もいいですね。前回を読まれた方はお気付きかもしれませんが、この作品は今までの物とは少し違う作風を意識してるんです。さて、次回は美月があんな事に……しばしお待ち下さい。

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