BEFORE DAYS:208801110016
週末の街を電車が走る。もうすぐ日付けが変わるというのにそこにはある程度の客が乗っており、座席が全て埋まっていたため彼は大きなショルダーバッグを肩にかけ吊り革を掴んでいた。いつもならば眠気に襲われ立ったままでもうとうととしてしまうのだが、今日は違った。頭ははっきりと冴えており、むしろ帰宅後に眠れるのかどうかが心配なほどであった。
目黒駅を過ぎてから電車は地下に入った。窓の外は暗闇に規則的な間隔で光が並べられただけの無機質な空間となる。その味気無い景色にくっきりと彼自身の姿が投影されていた。ふと窓の中にいる自分に触れようと、手を伸ばす。しかし目の前に座っている若者に訝しげに見られている事に気付きすぐにやめた。
三田駅のホームに彼が降り立った時にはすでに日が変わっていた。せっかくの土曜日だというのに、ゆっくりと相手をする時間も作ってやれなかった。そしておそらく明日―――もう今日であるが―――も、構ってあげる時間は無いだろう……。
トイレに行った彼は用を足すついでに顔を洗った。タオルハンカチで拭き終えると、鏡に映る自身を改めて見つめる……自分は今、こんな顔をしているのか。
その後、エスカレーターには見向きもせずに彼は長い階段を上り始めた。五十歳を過ぎてからはせめてもの運動として階段を使う様にしているのだった。
あまり時間を取ってあげられていないお詫びとして、何かプレゼントを贈るのはどうだろうか、そう考えた彼は改札を抜けると地上出口へと向かいながら携帯端末を懐から取り出し、ブラウザを起動させた。一体どんな物をプレゼントしてあげれば喜んでくれるのだろうか。自分の娘が生まれたばかりの頃を思い出そうとするが、そんなとうに昔の事など忘れてしまった。それに育児は今は亡き妻に任せきりであった。端末の画面を指で操作し、時には立ち止まったりしつつあれこれと思案してゆっくり歩いていった。
結局考えがまとまらないまま地上が近付いていた。暗闇の中画面を見つめるのは目が疲れる。続きは家に帰ってからにしよう。どうせ眠れないのなら、その時にやってもいい。端末を仕舞い、地上に出たその時だった。
突如、足が大きくふらつく。疲れているのかなと思ったのだが、そうではない事を瞬時に理解した。
地面が揺れている。体勢を崩し地下へと落ちていきそうになったので慌てて手すりに掴まりその場にしゃがみ込んだ。立っていられなかった。
ぐわんぐわん、と脳が揺らされ、体は波を打っている。彼はそこに留まっているのがやっとだった。何が起こっているのかわからない。いや、わかっているのだ。わかっているのだが混乱しているのだ。
「うおおおおおおおお!!」
激しい揺れに必死に堪えようと、彼は無意識の内に叫んでいた。がくがくと乱れる視界が轟音を立てて崩れていく建物を捉えた。それもひとつではない。この街自体が崩れ去ろうとしていた。
……地震だっ!
西暦2088年、1月11日。0時16分の事だった。
AKIRA:2104
新しく作品を始めてしまいました。結末はやはりもう考えているのですが、どれだけ続くかはわかりません。すぐに終わるかもしれませんし、一年や二年続くかもしれません。ゆっくりとお付き合い頂ければと思います。