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DAYS 10:通りゃんせ、裏博多(後編)

博多の暗部「裏博多」に入り込んだ美月は突然謎の男に追われる……あ、何か真面目なあらすじですいません。

 美月は走った。ひたすらに、力の限り走った。見知らぬ路地を右へ、左へと入りながらとにかく駆け抜けた。足を止める訳にはいかない。

 だが追ってくる相手は成人の男。距離は徐々に詰められていく。

「どっ……どうしよう……!」

 ふと上空を見て閃き、彼女は近くの建物に飛び込んだ。ぜいぜいと息を切らして階段を上っていく。ここはマンションなのか、オフィスビルなのか、よくわからない。ただ三階以上が通りの反対側の建物と繋がっている構造の様だった。道なりに逃げるよりは少しでも身を隠した方がいいと思い中に入ったのである。

 建物内は照明がひとつも点灯していなかった。もしかしたらここは廃墟かもしれない。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 四階まで行くと身を屈めながら反対側の棟への連絡通路を進んだ。体勢を低くしたのは窓があるからだ。外から姿を視認されないためである。

 やがて通路を渡り終えると今度は階段を下りていった。対になったこの二棟は細長い造りになっており、出入口がいくつもある。どこから出ようか……隣の通りに行くのもありだけど、ここはあえてさっきの通りに戻ろう……さっき入った所の、ちょうど反対側辺りに出ていってみよう……。

 意を決して先ほどの通りに踏み出した。外は相変わらず薄暗いが、今通ってきた建物の中に比べると安心出来るほどには明るい。男の姿は……無い。一瞬ほっとするも、そんな暇は無いと彼女はまたすぐに走り出した。今や美月の心には恐怖しか無かった。こんな所に来るんじゃなかった。早く帰りたい……。

 がしかし、目の前の角からあの東南アジア系の男が現れたではないか。まだ近くをうろついていたらしい。

「っ! きゃあああああああっ!!」

 泣きそうになりながら美月は踵を返した。なっ、何なのっ、何なのあの人……! 入り組んだ道をくねくねと適当に進むが、一向に表の大通りに出る事が出来ない。完全に迷い込んでしまった……。

「! えええええっ……!」

 だからか知らず知らずの内に、いつの間にか行き止まりに来てしまっていた。道は途切れ、目の前には壁が立ち塞がっていた。

「! は、早く戻らないとっ……!」

 その時通り沿いのアパートからぬっと伸びてきた手が彼女の肩を掴んだ。

「ひやああっ!」

「しっ」

 柔和な顔つきの少年が人差し指を口に当てる。

「追われてるんだね……そこに隠れていて」

「えっ……」

「いいから早く」

「あ、はい……」

 言われるがまま、彼女はアパートの中に入り通路の腰壁の裏にしゃがんで身を隠した。しばらくすると外の方から話し声が聞こえてくる。

「ココニ女ノ子ガ来マセンデシタカ」

 片言の日本語……あの追いかけてきた男だろうか。

「いや、見てないよ」

「モシカシタラコノ中ニ入ッタノカモ……」

「ちょっと待って。見た感じあなた、日本人じゃないけど……もしかして不法移民だったりするんじゃない?」

「……ソ、ソレハ……」

「勝手に住居侵入していいのかな。ここは僕が住んでるアパートだ。謎の密入国者がふらふらと勝手に入ってくるのを見過ごす訳にはいかないなあ。警察には会わない方があなたにとってはいいんじゃないのかな」

「……」

「それに今言ったけど、女の子なんて見てないよ。他を探してみれば」

「……ハ、ハイ、ワカリマシタ……」

 会話が終わり、ひとり分の足音が遠のいていった。

「もう大丈夫だよ」

 少年は美月の元に戻ってくるとうっすらと笑みを浮かべる。その顔を見て彼女はやっと緊張を解く事が出来るのだった。

「あ、ありがとうございます……!」

「君、()の娘でしょ? 君みたいな娘がこんな所にいたら危ないよ。送ってってあげるね」

「ほ、ほんとですか……!? 助かります!」

 これで一安心だ。美月は胸を撫で下ろした。


「それにしても、どうして逃げていたの?」

 アパートを離れ、美月は少年に従い裏博多の道を歩いていた。先ほどの追いかけられた一件以降この町が気味が悪くてたまらなくなっていた。自然と視線は下を向いている。

「わかりません……突然後ろから付いてきて……」

「そっか……何でこの町に?」

「何となく、ふらっと……たまたま近くを通りかかったから」

「ふむ……君、最近博多に来たんだね」

「あ、はい……まだ2週間も経ってなくて」

 何となく顔を上げて周りを見た。こんな所さっき通っただろうか。しかし必死で逃げていた事もあり景色なんてはっきりとは覚えていない。複雑に路地を曲がってきた事は覚えている。まあいい、ここから連れ出してくれるのならそれで。

「……じゃあ、知っておくべきだったね」

 少年は突然ビルとビルの間の狭い空間の前で立ち止まり、ゆっくりとそこに入っていく。先は行き止まりだ。

「? 何してるんですか?」

 彼は地面にある大きな四角いマンホールを開いた。その中に隠されていたのは階段だった。

「博多には、こういう裏の顔もあるって事を、知っておくべきだったね」

「……はい……?」

 彼は美月と目を合わせるとまた笑顔を作った。だが今度は安心感を与えてくれたさっきの物とは違う。目が笑っていない。ぞくり、と彼女の背筋に悪寒が走った。

「君は可愛いから、いい値がつく(・・・・・・)と思うんだ」

「…………え……」

「約束通り送ってあげたよ。ようこそ、本当の(・・・)裏博多へ……お嬢ちゃん」

 ついさっきまで温かく見えた彼の表情が、途端に冷たくなっていた。何だ、この状況は……? 値がつく? 値がつくって、何に……?

「……わ、私、も、もうここで大丈夫なので、か、帰りますね……」

 ひしひしと再来する恐怖を拭い去ろうとひとりで歩き出す美月の腕を少年はがしりと掴む。

「ひっ」

「言っただろう? 君みたいな娘はこんな所にいたら危ないって……」

「……っ! き、きゃあああああああ!」

 精一杯美月は抵抗する。しかしやはり相手は男。振り解く事が出来ない。階段の方へと引きずり込まれそうになる。

「怖がってる顔も素敵だね。尚更気に入ったよ。売る(・・)のが惜しいなあ」

「はっ! 離して下さい! 離して!」

「声も可愛いし。加えて肉付きもいい……」

「だっ! 誰か! 誰か助けてええええええっ!」

「大丈夫! 君ならそんなに酷い扱いはされないからぶへええっ!」

 突如少年が顔を歪ませ奇声を発した。と同時に彼の体が突き飛ばされた様に宙に舞う。

「大丈夫か!? 美月!」

 目の前に旭が現れた。ああそうか、彼が「殴っ」たのだ。

「ふえっ……! か、叶君……!」

「お、おう」

「……叶くぅ~~~~んっ!」

 思わず美月は彼に抱き付いていた。

「うおっ! おも……いや何でもない!」

「ふええええんっ! 怖かったよお~~~~っ!」

「あ、ああ……心配して来てみりゃあ……よ、よしよし」

 どうしていいかわからず旭は子供をあやす様に彼女の背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「……何がとは言わんが、凄い柔らかい物が当たってるぞ、お前」

「!」

 パッシイイイイイインッ!

「自分から当ててきといて!?」

「せっかくかっこいいと思ったのに……どうしていっつもそんな事を言うのかなあ!」

「だったらそんなに主張すん(・・・・)なよ!」

 二度目のビンタ。

「あっ! か、叶君後ろ!」

「へ?」

 気付けば旭の背後に散々美月を追い回したあの目つきの鋭い外国人の男が立っていた。

「ヤ、ヤット見付ケマシタ……!」

 彼は素早く右腕を伸ばす。

「叶君危ない!」

「え?」

「コ! コレ! 落トシマシタヨ!」

「きゃあああああ! ……って、え……?」

 旭の脇から美月へと差し出された男の掌には十円玉が一枚乗っていた。

「……………………ええ……?」

「サッキ、自販機ノ前デ財布ヲ出シテイマシタヨネ。アナタノカト思ッテ……」

「……あ……そ、そうかも……?」

 それでいきなりおじいさんに話しかけられてびっくりして、その拍子に落としたのかも……? そういえばあのおじいさんどこ行ったんだろう……。

「あ、ありがとうございます」

 とりあえず彼女は十円玉を受け取った。

「……ま、まさかこれだけのためにずっと私を追いかけてたんですか……?」

「エエ、オ金ハ大切ジャナイデスカ。タカガコイン1枚デアッテモ」

 不法移民である彼の口から出てきたこの言葉にはどこか重みが感じられる。

「ま、まあそうですけど……一言言ってくれれば止まったのに……」

「私、ソウイウノ苦手ナモノデ……怖ガラセテシマッタノナラスミマセンデシタ」

 めちゃくちゃ怖かったです。

「お前が博多駅の裏をぶらつくって陽から聞いたからさ、もしかしてと思ってここに来てみた訳よ。そしたらたまたま通りかかったこのおっちゃんに女の子を見なかったかって聞かれたから話を聞いてみりゃあお前っぽかったからよ、一緒に捜してたんだよ」

 旭がここに駆け付けた経緯を説明してくれた。

「ガチでヤバめな感じだったな……間に合ってよかった」

「ふぉっふぉ、いやあお嬢ちゃん、無事でよかったぞい」

「! あ! おじいさん!」

 今度はあの老人が姿を現した。

「すまんのお、ちょっと目を離してしもうた」

「もー! おかげで散々でしたよ! ……っておじいさんがいた所であんまり変わってなかったかもですけど」

 いや、しかしこのおじいさんが「尾行されている」なんて言い出さなければここまで大事にならなかったのかも? ……まあいいや。おじいさんも私を心配してくれていたんだろうし。

「おじいさんの方は大丈夫でした? 襲われたりとかしませんでした?」

「ワシは大丈夫じゃ。ふぉっふぉ」

 老人は変わらぬ調子で笑った。

「……何かよくわかんねーけど、とにかくさっさと帰るぞ。あんまりここにはいねー方がいいと思うし」

 折を見て旭が言った。

「う、うん! 帰ります! さっさと帰ります! ところで筑紫通りってどっちかな!」

「ここを真っ直ぐ行って、右に曲がればすぐじゃよ」

「ありがとうおじいさん! じゃあ行こう叶君! おじさんも、十円玉ありがとうございました!」

「アア、イエ、気ヲ付ケテ。デハ私ハコレデ」

 男は軽く会釈をして立ち去っていった。

「ほらおじいさんも早く! 一緒に筑紫通りに戻りましょう!」

「ふぉっふぉ。ワシはちっとばかしやる事があるからここでお別れじゃ」

「ええっ! 大丈夫かな……」

「なーに心配いらんよ。もう数え切れんぐらいここに通っとるからのお」

「……そう……ならお元気で。私は二度とここに来ませんけど!」

「ふぉふぉ。今度会ったらおっぱい触っていい?」

「駄目です!」

「何でじいちゃんにはビンタしねーんだ……」

 老人に背を向けてふたりは歩み始めた。

 その姿を見送りながら、ひとり残った老人はぶつぶつと呟き始める。

「叶……叶……」

 彼の顔が僅かに生気が抜け出た様な表情へと変わる。さながら白昼夢を見ているかの如く虚ろな目になっていた。しかしそこにはどこか、とてつもない集中を感じさせる凄みがあった。

「……ほう」

 目を覚ましたかの様に元の表情に戻ると、彼は納得した様にうんうんと頷く。

「そうか……あの子は、玄十郎の孫か……どうりで、若い時のあいつにそっくりじゃ……ふぉっふぉ」

 少年と少女の姿がビルの陰に見えなくなった。

「ふたりともいい目をしておったな……あの頃のワシらと同じ……夢を見ている目だ……お嬢ちゃんの方はまだちょっと輝きが足りんかったがの。ふぉふぉ」

「会長!」

 誰かが彼を見付け、そばまで駆け寄ってくる。

「どこに行かれたのかと思えば……」

「ふぉっふぉ、若い娘とデートしとった」

「何をまた……」

 やれやれ、と青年は首を振る。スーツで身なりを整えているが、髪はとてもビジネスマンには見えない鮮やかな金色だった。

沢田(さわだ)、40代のサンプルを欲しがっとったのお……ちょうどいいのが見付かったぞ。タイかインドか、あの辺りの者と見た」

「……どう見ても20代で、しかも日本人にしか見えませんが」

 沢田と呼ばれた男は旭に「殴ら」れ倒れて意識を失っている少年に目を落とす。

「おお、この坊主もおったなあ。ついでにこいつも連れていけ」

「わかりました。もうひとりはすぐに捜します」

 ふたりの前で、地下への入口は依然として怪しく開いていた。


 お金を返した少女とその友人と思しき少年、そしてよくわからない老人と別れた男はその後間も無く何人ものスーツ姿の人物に追われていた。理由はわからない。彼は異国の地から流れ着いたこの町の住人。この町の道という道は知り尽くしている。だからどう逃げれば彼らを撒けるか、頭の中で考えながら足を動かしていた。

 だがとある角を曲がった時、そこにはあるはずの無い壁があった。いや、あるはずの道が無かった、という方が正しいのかもしれない。

「!? ナッ、何デ!? コンナ所ニ行キ止マリナンテ無カッタハズジャア……!」

「ええ、大丈夫です会長。ありがとうございます」

 彼を追い詰めた金髪の青年が携帯端末を耳から離した。

「ナ、何デ私ヲ追ッテクルンダ!」

「まだまだサンプルが欲しいからです。どうして自分なのか? と聞かれれば、理由は特にありませんと答えましょう」

「……私ヲドコカヘ連レテイクノカ……!」

 この時男はとある噂を思い出した。いつからかこの町に流れている噂。

「マサカ、アナタ達ガ『神隠シ』ノ正体……デスカ……!」

「神? ……そうですね、もしかしたら会えるかもしれませんね、神に」

 沢田はスーツの内ポケットから拳銃を取り出した。

「抵抗は認めません。あなたには理想郷への架け橋となってもらいます」


「今日も福岡(このまち)は平和じゃのう……ふぉっふぉっふぉ」

 老人は黒塗りの車の後部座席に乗り込むと、窓から空を仰ぎ見た。渡世百福(わたせももふく)……博多を拠点にする暴力団「大福会(だいふくかい)」会長その人である。


Life goes on...next DAYS.

この裏博多を書くにあたって僕は少しだけ悩みました。なぜなら「とにかく明るくライトに」という本作のコンセプトから外れるからです。しかし、首都福岡に立体感を出すためにもやはりこの場所は外せないのです。という訳で本作をR-15指定にしました。

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