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DAYS 9:通りゃんせ、裏博多(前編)

最後の住人いろは登場。フィーバーフィーバー。

「ふあ~あ、おはよ~」

 午前十時過ぎ、旭はあくびをかいて食堂に入った。昨日は夜更かししてしまったためこんな時間帯に起床してしまった。

「おはよー、旭兄ちゃん」

「こくり」

 テレビを見ていた陽が返事をする。静音は旭に一瞥するとまたすぐに文庫本に目を移した。

「おお、これはこれは静かなメンツだ。穏やかな週末の朝だな……んー……!」

 伸びをしながら旭は台所に向かうと、冷蔵庫の前で立ち止まった。

「騒がしい姉ちゃんもいないしね」

「あ、そーなの? 出かけてんだ」

 陽に尋ねつつ扉を開ける。

「……ちぇー、牛乳切れてんじゃん。たまに飲みたくなるとこれだよ」

 一本残っているのだが、パッケージにでかでかと「飲んだらあかんで」と油性ペンで書かれている。萌々華の私物だ。

「今日は博多駅の東側に行ってみるって言ってたよ。色々歩き回ってるみたい」

 しようがなく麦茶をコップに注いでいた手を旭はぴたりと止めた。

「……博多駅の東側?」

「うん。この間家電を買いに行った電器屋あったじゃん。あの辺りじゃないかな」

「……」

 しばし考える間。

「……どうかしたの?」

「いや……そういや言ってなかったっけか……」


「おお~、こっちも高層ビルがたくさん……やっぱり福岡は凄いなあ~……!」

 その頃美月は博多駅の東側に伸びる筑紫通りを南下していた。博多駅近辺の地理を把握しておこうと適当にぶらついているのだった。あんまり遠くに行き過ぎても帰れなくなっちゃうなあ……などと思いながらも冒険気分で歩を進めていると、とある交差点を過ぎた辺りで路地裏に見える建物がやや古臭い事に気が付いた。この奥だけ突然レトロチックだ。

「お? 何だか時代を感じる町並みが……」

 彼女は自然と路地に入っていった。


「裏博多?」

「ああ。あくまでも俗称だけどな」

「博多駅の裏側だから? 確か筑紫口が裏って感じだとか……」

「んー……っていうよりかは、博多の裏側だから……かな」

 旭の表情が深刻な物へと変わった。

「……地震の後、政府が大量に外人を入れたのは知ってるよな?」

「うん」

 2088年に起こった東京直下地震は歯止めがきかないこの国の人口減少に大打撃を与えた。その状況を打破するため、震災直後の政府は積極的に外国人の国内への流入を図った。結果として首都である福岡、特に旧福岡市には()の都道府県よりも膨大な数の移民、難民が押し寄せてくる事となる。異邦人が増えた事によりその分福岡の治安は悪くなり、しだいに彼らによる事件が増えていった。

 そこで今から十一年前、政権が代わった事により政府は方針を転換し、段階的にこの外国人受け入れ推進政策にブレーキをかけていく事となる。そして最終的には租税の免除や社会福祉の充実と引き換えに外国人労働者や移民、難民をひとつの地域に集めて住まわせた。

「それが裏博(うらはく)だ」

「……何それ、要は厄介になったから餌で釣って一ヶ所にまとめたって事?」

「そういうこった。で、だからといって環境整備とか公衆衛生とか、そういう細かいケアをする訳でもなく、1回そこに放り込んだらそれっきりにしちまった。臭い物に蓋をしただけなんだな。不法移民……つまり密入国の連中とか、ホームレスとかもどんどん住み着いてきてるって聞くし……裏博はそういう場所だよ……博多の暗部だな」

「……初めて聞いたよ、そんなの……」

 陽は顔をしかめた。福岡は日本一の街だ。夢も希望もある、光輝く都市……そんな明るいイメージしか抱いていなかった。もちろん人口が多い分犯罪が多いのも知っていたが、まさかそんな場所があるとは思ってもみなかった。

「まあ、明らかに報道規制かかってるしな。ニュースには取り上げられないと思うよ。ヤーさんが密売買してるとか噂があるし、さらに地形がちょくちょく変わる不思議なダンジョンだとか、何かそんな訳わかんねー都市伝説まで出てきた」

「……もしかしたら、姉ちゃんがそこに行っちゃうかもしれないって事?」

「いやー、でもぱっと見明らかに他と雰囲気違うし、わかるんじゃねーかなあ……」

「……でも、姉ちゃんだよ……?」

「…………あー……」

 旭は額に手を当てて一考した。

「……ちょっくら行ってくるわ」

「だ、大丈夫? そんな所に旭兄ちゃんひとりで……」

「だいじょぶだいじょぶ。()はわりと普通だと思うし……それに、何かあったらこの『手』で何とかなるって。多分」

「ちょっと待って、電話してみる」

 ポケットから携帯端末を取り出し、陽は美月に電話をかけた。

「……圏外にいるみたい」

「……こりゃーもう遅かったか……噂通りだとすれば怪電波の影響で通信障害が起こるとか何とか」

「……気を付けてね……心配かける姉で申し訳無い……」


 ビルとビルの間の細い路地を一本入っただけで、雰囲気はがらりと変わった。あれだけ交通量が多く、絶え間無く車が流れている筑紫通りとは違い、歩行者さえ見付からない。この静けさは博多駅前の叶荘がある一帯と少し似ていた。しかしあそこには静寂の中にも人間の生活を感じ取る事が出来るが、ここはどうだ。そういった気配が全くといっていいほど無い。あの穏やかさとは違う、寂れた空気だ。時代に取り残された町並みのせいもあるのかもしれない。

「ノスタルジック……」

 そんな言葉が浮かんでくる。詩人がこの場所を訪れたならインスピレーションが生じるのかもしれない。

 耳を澄ましてみた。筑紫通りの車の音が微かに聞こえてくる。路地に入ってそれほど歩いていないのにあの大通りが遥か遠くにある様な錯覚に陥ってしまう。

「……」

 美月は奥へと進んでいった。まだ朝だというのに建物が密集しているせいで薄暗い。電線に止まっているカラスが甲高く鳴く。侵入者の来訪をいずこかへと知らせる様だ……。

 ちらほらとスーパーや理容院などの店が見られる。だが軒先のビニール屋根は虫食いになったり剥がれ落ちたりしてしまっており、外から見た限りでは営業しているのかはわからなかった。コンビニに近付いて中を覗き込んでみる。レジ・カウンターの奥に座る店主らしき中年女性と目が合った。どうやらこのコンビニはまだ潰れてはいない様だ。しかし客はいなかった。美月は彼女に軽く会釈をして通り過ぎた。人の姿を確認出来て、何だか少しほっとした自分がいた。

 喉が渇いたので雑居ビルの前に設置されていた自販機で飲み物を買う事にした。

「……何か少ない……」

 小銭を取り出して投入口に入れようとした所でぽつりと呟く。お茶とミネラル・ウォーターしか売っていなかった。それも見た事も無いメーカーの商品だ。

「もう少し我慢しようかなあ……さっきのコンビニで買えばよかったかも……」

「ふぉっふぉっふぉ」

「うひゃああっ!?」

 突如背後から声が上がり、彼女は跳び上がった。振り返ると年老いた男が杖を突いて立っていた。顎には長い髭が蓄えられている。

「びっ、びびびびっくりしたあっ! 脅かさないで下さいよおじいさん!」

「いやあ、別に脅かすつもりは無かったんじゃがなあ。お嬢ちゃんが可愛らしくての、つい声を漏らしてしまったわい」

「は、はあ、それはどうも……」

「お嬢ちゃん、なかなかいい体しとるのお」

「訴えますよ」

「ふぉっふぉ」

 ……いや笑い事じゃないんですけど……。

「どうしてまたこんな所にお嬢ちゃんみたいな娘がひとりでおるんじゃ?」

「どうしてって……適当にぶらぶらしてるだけです」

「そうかそうか……ならちょっくらワシがここを案内してやろうかのお」

「案内……? おじいさんここに住んでるの?」

「いや? じゃが詳しいぞい。それにお嬢ちゃんのボディー・ガードにもなるしの」

「あ、ははー、そうですね……」

 作り笑いで美月は返した。この老人、とてもじゃないが体を鍛えている様には見えない。腰も少し曲がっているし……何とも頼りないボディー・ガードである。

「……じゃあお願いします、えっちなおじいさん」

「ふぉっふぉ」

 否定しないんだ……。

「お尻触っていい?」

「駄目です!!」

 突然現れた謎の老人に先導をしてもらい美月は再び歩き出した。このおじいさんに背後は取らせまい。

「お嬢ちゃんは、つい最近福岡に引っ越してきたのかね」

「え、はい、そうです。だからまだ福岡の事全然知らなくって」

「ふぉっふぉ。そうかそうか……」

 ちらりと老人は後方を一瞥した。

「……どうかしました?」

「……いや、何も……」

「この辺りだけ何だかレトロチックなんですけど、あえて昔の景観を残してるんですか?」

「んー……そうといえばそうじゃな……ここは煌びやかな表の街から隔絶された場所じゃ」

「へー……素敵ですね」

「……お嬢ちゃんは、こういう所が好きなのかい?」

「ん~……たまに来るぐらいなら。でもやっぱり都会の方が好きだからな~」

「ふぉっふぉ、そうかそうか。じゃったら福岡は……博多の街は好きかい」

「はい、大好きです! まだ住み始めたばっかりですけど。とにかく最先端で、田舎育ちの私は圧倒されっ放しですよ」

「そうかそうか、大好きか……ワシも嬉しくなってくるのお……さて」

 途端に老人は声を潜めた。またちらりと後ろを見る。

「……あのー、さっきも後ろ見てましたよね。どうしたんです?」

「……尾けられとるの」

「……え?」

 美月もこっそりと振り返った。彼らの数十メートル後ろを目つきの鋭い男がゆっくりと付いてきている。日本人ではない様に見える。東南アジア系だろうか。

「……た、たまたま同じ道なんじゃ……」

「……だったらいいんじゃが……さっきから何回か角を曲がったじゃろ? ずっと付いてきておる」

「……ど、どうして……ですかね……」

「お嬢ちゃんが可愛らしいからじゃないかの。ふぉっふぉ」

「……! え、それってどういう……」

 ……もしかして、ちょっと危ない感じ……? 美月は不安になってきた。

「なーに大丈夫じゃよ、ワシに付いてくれば」

 呑気にそう告げると老人はまた角を曲がった。目の前に伸びる通りは歓楽街らしかった。通りの入口の上にアーチがかかっており、何やら文字の痕跡が残っている。しかし今やすっかり剥がれ落ちてしまっており、読む事は出来ない。美月は老人のペースに合わせて足を速めた。意外にも彼は年のわりには動きが俊敏だ。

 もう一度後ろを見てみた。男も早足になっている……これはどうやら、老人の予感が当たっているらしい……本当に、後を付いてきている様だ。や、やだなあ、変な事件に巻き込まれるのは……って、初日にもう巻き込まれてたか……。

 やはり歓楽街も活きて(・・・)いるのか定かではなかった。相変わらず人の気配はしない。だが先ほどのコンビニの様にひっそりと営業しているのかもしれない。いくつかの店の前にはぱんぱんに膨らんだごみ袋が捨てられている。生活感が滲み出ている。

 後ろの男が走り出した。こちらが尾行に気付いている事に気付いたのかもしれない。それまで一定に保たれていた距離が徐々に近付いていった……一体何をする気なのだろうか……。

「ちょ、ちょっとおじいさん……! 走ってきましたよ! 急いで逃げた方がいいんじゃ……ってあれえっ!?」

 後方に気を取られていた間にいつの間にか前を歩いていたはずの老人の姿が忽然と消えていた。

「おっ……おじいさん!?」

 戸惑う美月に構わず男はどんどん迫ってくる。

「ひっ……ひえええええっ!」

 堪らず彼女は駆け出した。逃すまいとその後を男も追う。

 美月が叫び声を上げた地点を男が通り過ぎた後、そこにあった小さな映画館の入口からあの老人がひょっこりと出てきた。

「ふぉっふぉっふぉ……いやあ、こんな所に名画座があったとはのう……思わず作品を確認してしまったわい。お嬢ちゃんは見られない様なちょっと桃色の映画じゃけどな……っておよ」

 美月の姿はもうどこにも無かった。


Life goes on...next DAYS.

今回かなり長くなったので途中で一旦切ります。今回はちょっとおっかないエピソードです……。

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