DAYS 7:スクールビギン(前編)
美月と陽は晴れて福岡都民となりました。
起床直後、部屋の古臭い匂いが彼女の鼻腔に入り込んでくる。ここに住み始めて一週間が経つが少し慣れてきた様に思えた。
「ん~~~~~~」
美月は上体を起こすと思い切り背筋を伸ばした。
「朝だ」
今日から学校が始まる。
顔を洗い終えた美月はまだ寝癖を直さないまま食堂へと足を運んだ。中央の長机の前には既に三人の人物が腰かけていた。
「おはようございまーす」
「おお、おはよう」
「……ぺこり」
「お、おはようございますっ」
彼女の元気な挨拶への返事は三者三様である。
「ふふ、朝から元気ですね」
彼女らから少し離れて台所に立っていた早苗が微笑を浮かべる。ちょうど味噌汁を温めている所の様だった。
「おはようございます早苗さん。ええ、今日から学校ですからね、自然とテンションも上がりますよ」
「あはは、美月ちゃんは学校大好きなんですね」
「勉強はそんなに好きじゃないですけど、友達と会えますから……まあ今回は、まずその友達を作り直す所からですけど」
「きっと大丈夫ですよ、美月ちゃんならすぐに馴染めそうですし」
「ありがとうございます」
太郎の対面、静音の隣に美月は座った。席は特に割り当てられてはおらず、適当であるそうだ。建物同様備品も年季が入っており、少し触れただけで机も椅子もギシギシと音を鳴らし始める……べ、別に私が重いとかいう訳ではないはず……!
「まだみんな起きてないんだね」
「そうですね、今の時間だと大体このメンバーです。あとはいろは先輩か。でもあと10分もしたらぞろぞろと起きてきますよ」
「もう少ししたら出来上がるからもうちょっと待ってて下さいね」
早苗が台所から声をかけた。
「はーい」
美月は改めて食堂を見回した。壁には道場で見る様な、寮生の名前が墨で書かれた木札がかかっている。美月と陽の分は発注中らしい。
テレビは国営放送のニュースを映していた。おそらく玄十郎のチョイスだろう。美月は実家にいた頃はもっと女性タレントがわいわいしていた民放の番組をよく見ていたのだが(おかげで都会の流行をキャッチ出来た)、これはこれで落ち着いていていいと思った。祖父母の家にいる様だ。画面の中では総理が何やら発言をしていた。そういえば、一昔前に猫の姿で一世を風靡した総理がいたなあ、と彼女は思い出す。流行語になった「ネコノミクス」とかいう経済政策を唱えて、その愛くるしい姿から一躍国民の人気者になっていた。何かふとした事がきっかけであっさり辞任してしまったが、あの人(猫?)は今頃何をしているのだろうか。というかほんとに猫なのだろうか。
陽が入室してきて間も無く朝食が出来上がり、早苗含め六人で食事を開始した。叶荘の朝は基本和食である。その最中に旭、萌々華、乙女と起床してき、その都度早苗はぱたぱたと彼らの分を用意していくのだった。
「ふんふふ~ん」
しばらく後、全ての準備を終えた美月は鏡の前で体をふりふりと動かしていた。目の前に立つのはこれから通う誠心学園の制服に身を包んだ自分である。臙脂色で統一されたブレザーとミニスカートに、膝下まで伸びる黒のハイソックス。襟元は可愛らしいリボンで飾られている。この制服もまた、彼女にとっての学校に行く楽しみのひとつだった。
「可愛いなあ~この制服」
その時ドアがノックされ旭の声が聞こえてくる。
「美月ー、そろそろ出るぞー」
「はーい」
カバンを手に取ると美月は上機嫌に自室を出ていった。
美月はこれを後から知ったのだが、誠心学園は叶荘からほど近い場所にある。北へ十五分程度、途中御笠川を渡って歩いて行けば着くのである。ストレスの多い満員電車を経ずに通学出来るのはかなりありがたい。ただ、一度味わってみたかった気もするが……しかし痴漢も多いと聞くのでやはり少し怖い。
という訳で住人一同は大抵は毎朝揃って徒歩で登校しているのだった。
「あ~あ~、始まっちまったなあ、新学期」
あくびをかきながら旭が言う。男子の制服は臙脂色のブレザーに暗めの紺のズボン、そしてネクタイである。こうやって彼を見てみると、今までとは違ってややしっかりした印象に見える。顔立ちは整っている方のため、ちょっとだけかっこよく見えなくもなかったり。本人には言わないけど。
一方乙女は突然首をぐいと曲げ、空をじっと眺め始めた。うーん、こっちもやはりかっこいい。物思いに耽っているのだろうか。何をしても絵になる。
「どうしたの? 珍しい形の雲でもあった?」
美月が尋ねてみると。
「いや、もしかしたら裸の女の子が降ってくるんじゃないかって思ってね。時々こうして見上げてるんだよ」
何だそれは。
「……あ、へー、ふ、ふーん、そーなんだ……」
頭は今日も残念だった。
「ちっちっちっ」
ふたりのやり取りを見ていた萌々華が人差し指をふりふりと振る。
「あかんで美月。そこは勢いよくツッコまな。んな訳あるかい! っちゅーてな」
「いや、別に私芸人目指してる訳じゃないんだけど……」
「何を言うんだ萌々華。何であり得ないなんて決め付けられるんだ? 俺はなあ……」
「あー、また何か語り始めたよ……ていうか萌々華ちゃん」
「何や?」
「凄い可愛い!」
「んなっ!」
乙女の話をそっちのけで美月はまじまじと萌々華の着こなしを見つめた。ソックスではなくスカートの下に黒のタイツを履いている。その辺りの校則はわりかし緩いらしい。
「もおー! せやからそんなんいらへんねんっ!」
「ねえ旭兄ちゃん」
そんな姉達を横目で見つつ今度は陽が口を開いた。
「トーゴ兄ちゃんは?」
「えっ」
びっくりして美月が振り向く。
「……ほ、ほんとだ、いない……」
「いや気付けよ」
そうなのである。実は今朝は桐悟の姿が見当たらないのである。美月は今の今まで気付かなかったが。
「トーゴ先輩は多分まだ寝てるよ」
「起こさなくてよかったの?」
「前寝坊した時に太郎が起こしに行ったらガチギレされてさ」
「はい、理不尽に怒られました」
太郎がくいと眼鏡の位置を正す。
「あの人は結構ギリギリまで寝てるからな…よくある事だよ」
「そうなんだ……ま、どうでもいいけど」
ぽろりと美月。
「……お前、トーゴ先輩への当たり相変わらずきついな……」
「んがっ!」
同じ頃、桐悟はベッドの上で大きないびきをかいた。
誠心学園。福岡都博多区にある中高一貫の私立校である。少子化に歯止めがきかない昨今にしては全国平均よりも多い数の生徒を抱えており、自由な校風と充実した設備、多彩な部活動などが生徒達にとって魅力的であり、都内に留まらず九州全域、あるいは本州から進学してくる者も少なくない。
進級初日、生徒達は校門を通ってすぐに準備されている電子掲示板で自分の新しいクラスをチェックする。中等部用と高等部用とがそれぞれ反対側に、向かい合って設置されているのである。
「ん~……見えないなあ」
掲示板の前には当然人だかりが出来ており、なかなか近付く事が出来なかった。美月は少しでも見えないものかとぴょんぴょんと後ろの方で跳ねてみるが、よく見えない。
「……何や、嫌がらせかいな……」
その度に揺れる胸部を見ていた萌々華が愚痴を吐く様に唸った。
「……はっ!! な、何やウチは! 何を言うとるんや!」
「はいは~い、どいたどいた~」
旭が先導して「手」で人混みを「掻き分け」ていく。「触れ」られた生徒達は慣れない体験に戸惑いながら道を作っていた。
「おお、便利だねえ叶君」
「人を道具みたいに言うなよ」
最前まで進むと各々は自分のクラスを確認し始める。美月も自分の名前を探した……あった。B組である。
「おっ、俺発見。B組」
「え?」
「同じクラスじゃん、美月」
叶君と同じクラス……知ってる人がいるのは嬉しいかな。
「ウチらも一緒やな」
萌々華と乙女はE組であった。
「僕達は別々でしたよ」
「……こくり」
一年生の方に行っていた太郎と静音が戻ってくる。
「陽は確認終わったかな」
「よーし、んじゃとりあえず離れるか」
旭がまた「掻き分け」て戻ろうと腕を伸ばしながらぐるりと身を翻した。
「!!」
「あ」
予想外。その手はアクションを起こす前に美月の胸にたぷんと触れるのであった。
「……」
「……」
時が止まったが如く微動だにしない旭。
「……何か言う事があるよね」
「……」
もみ、もみ……もみ。
「……ブレザーの上からでも、はっきりわかんだね」
キリッ。
「……」
「……」
パッシィィィィンッ!
「ぐごっ!」
桐悟はまた大きないびきを発した。
Life goes on...next DAYS.
◆今回執筆時に男子の制服の色合いについて意見を募ったのですが、x6xさんから素敵なイラストを頂いたので許可を頂いた上で公式デザインとして使わせて頂く事にしました。ありがとうございます。なお制服モデルは特定のキャラクターではございません。
・誠心学園高等部男子制服(冬服)
x6xさんのマイページはこちらです。
http://mypage.syosetu.com/759838/
連載再開します。変わらず不定期ですが。
今回は凄いすらすら書けました。次回も多分、美月がえっちな目にあいます。




