第十三話 二度目の再会
「あんたねえ……さっきから何なの、本当に」
凛夏の顔が怒りで真っ赤に燃えている。
ビンタをかわされたことで怒りが発散されず蓄積されているのだろう。怒りっぽすぎるんだよ、こいつ……。
「そんなことより……」
考えないといけないことはある。
頭の中にぱっと浮かんだ疑問を並べてみよう。
まず、俺は鍾乳洞の中で気絶したはずだ。それを助けてくれたのは凛夏とマイエンジェル葵姫たんだと考えて間違いないだろう。
そして凛夏と葵姫たんはいつの間にこんなに仲良くなったのだろう。
葵姫たんがテレビで見た時と違う服装なのも変だな。服とメガネは凛夏の私物? ……いや、あいつはそんなに大きな荷物は持っていなかったな。じゃあ、この
服は誰が用意したんだ?
つーかそれ以上に気になるのは葵姫たんの様子がおかしいことだ。
普段はもっと凛々(りり)しくて冷たい顔をしていると思うんだが、今日の彼女はおとなしいというか弱々しい。
口数が少ないところはいつも通りなのに、ベクトルはまるで別方向だ。
あっ、ひょっとするとあのメガネは装着者の人格を変えてしまう不思議なアイテムだとか? ――んなわけないか。
極秘捜査で他人を装っているとか? うん、そっちのほうがしっくりくるな。
俺の耳に入っていないだけで、凛夏もチャールズから特命でも受けたのだろう。
で、二人は俺のことを知らないふりをしているが、それも捜査の一環ってわけか。
売店の兄ちゃんが捜査対象で、奴の目を欺こうとしているんだな。そうだ。そうに違いない。
――待てよ、だけどNEETSの仕事って異物との戦闘じゃないのか。
一般人相手に身分をかくして捜査するなんて、そんなスパイみたいな仕事はあるんだろうか。
「あー、考えがまとまらねー!」
声を上げて頭をかきむしると葵姫たんがビクッと肩をすくめた。
「あ、ごめん……」
俺はあたりを見回した。
売店は無人のように見える。
「なあ、あそこの売り場の兄ちゃんは?」
「い、いません……」
おどおどしながら答える葵姫たん。そんな仕草もまた可愛い!
葵姫たんと俺の間に割り込んできた凛夏が眉に皺をよせた。
「救急車を呼びに行ってるのよ。電話が不調なんだって」
さっきからこいつは俺と葵姫たんを近づけないよう邪魔ばかりしやがって。
「携帯で呼べばいいじゃん?」
「このあたりは電波が届かないのよ」
「あ、ほんとだ……都内でもこんなことあるんだな」
「だからそのへんに座ってなさいよ。脈停まってたって言ったでしょ」
正直、もう病院はこりごりだ。
ていうか、ああいう静かな建物って嫌なんだよな。それに治療費でいくら請求されるかもわからねーし。
「いいよ、大丈夫だって言ってんだろ。キャンセルだ。それより……」
兄ちゃんに聞かれる心配がないなら、捜査の話だって聞けるだろう。
凛夏に内緒話をもちかけた。
「何よ?」
「葵姫たんがあんな格好してるのはチャールズの指示か? 正直メガネがないほうが俺好みなんだが……」
「はあ!!???」
疑問符が可視化されたと思うほどオーバーな表情で返される。
「ちょっと待ってね」
不自然な作り笑いで優しく言ってから、葵姫たんと数歩離れてゴニョゴニョと話し始めた。
時々こちらに視線をやってくるのがはっきり言って不快なんだが。
……『ストーカー』とか『頭おかしい』って単語がちらほらと混ざっているような気がするんですが……『キモい』まで。
ちょっとイライラ。
もういいや、やっぱ帰ろう。帰るのが一番。
カタナはなくなってしまったけど、携帯の電波が届くところまで行ったらチャールズに電話して迎えに来てもらおう。
ついでに凛夏をNEETSの関係者から外してもらえるよう強く言っておかなくては。
っていうか、何の能力もねーくせにいつの間に仲間になったんだよ、あの野郎。くそっ。
あー、まずは下山か。マジ面倒くせえ。
二人の横を通りぬけて、坂道を進む。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「決まってんだろ、帰るんだよ」
「病院に行けって言ったでしょ! きっともうすぐ来るから」
「うるせーな。葵姫たんとコソコソしやがって。誰がおまえをここまで連れてきてやったと思ってんだ」
「……はあ? いつ私があんたに連れてきてもらったのよ」
そうきたか。
演技か何か知らんが、割と本気でムカついてきた。
「おまえがバイクに乗りたいっつーから乗せてやったんだろーが!」
「……? あんたやっぱ頭打ってるんじゃない?」
「頭打ってんのはテメーだ! 乳の感触楽しもうと思って乗せてやったのに、男と変わらねー胸しやがって!」
「はっ!?」
両手で胸を隠す凛夏。
しまった。つい余計なことを言ってしまった。
「は? し、信じられない! 初対面でそこまで妄想いっちゃうの!?」
「何言ってんだ! 実話じゃねーか! 貧乳! 貧乳! おもらし女!」
……来たっ!
ひょいっ。
「無駄だ! 貴様のビンタはもう見切った。昔からワンパターンだな、おまえは」
「昔って何よ!」
「おまえがリンポコだった頃のことだよ! 思い出せねーなら何度でも言ってやるよ! リンポコリンポコリンポコ!」
「失礼ねっ! 何なのその名前……あっ!?」
意外だ、ビンタが来なかった。
あごに手を当てた凛夏は気難しい顔をしている。
暑さのせいかそうでないのか、彼女の頬を一筋の汗がつたった。
「凛夏ちゃん、どうしたの……?」
さすがの葵姫たんも心配そうに凛夏を覗き込む。
「まさか……」
凛夏の視線が俺の全身を射抜く。
「な、なんやねん……」
「前髪、下ろして」
「あ?」
「下ろして!」
「は、はい」
怖いので従った。
「……あんた、子供の頃に犬に噛まれたことある?」
「はあ?」
「答えて!」
「は、はいっ。噛まれたであります!」
「幼馴染のおじいちゃんに変なことをしたことは?」
「何でそんなこと答えないといけねえんだよ」
「答えて!」
「は、はいっ! カンチョーしまくったであります!」
「……やはり」
凛夏はこちらに背を向けて、うずくまった。
「いやああああ! なんで、なんで、どうして!! 最悪だよお! 嘘でしょ!!?」
お。とうとう壊れたか。
ハハハ。ざまあみやがれ、貧乳おもらし女が!
「あんた、凡ちゃん!? 凡ちゃんなの!?」
「イエース。当たり前だろマイネーム・イズ・ボンタスズキ」
「嘘でしょおおおおおおっっっ!?」
小さな胸から絞り出された悲鳴が、山間にこだました。
次回更新は8/25(木) 19:00です。




