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鹿と投げ槍

 お互いに名前も決まり、桃モドキを取りに行くことにした。


 何か用意する物も無いため、手ぶらである。

 ちよりの方も見てみるが、彼女も手ぶらだ。

 必要なものは向こう側に着いてからで十分だろう。


 二人揃って下流に向かって歩いて行く。

 昨日斧で切り出した樹を過ぎて幾分か歩いた頃。

 昨日ウサギを狩った場所だと思う対岸に注意を払いながら歩き続けていた。

 流石に頭を置いたままというのは、問題だろうと思い意識を向けている。


 歩き続けていれば、対岸の河原に赤い色が見えた。

 恐らくあそこが、問題の場所だろう。

 足を止めて対岸を見出した俺に、ちよりも俺が何を気にしているか気づいたようだ。

 体をプルプルと震えさせてる。


 だが地面は赤く染っているが、ウサギの頭らしきものは見当たらない。

 ここではなかったのだろうか?

 地面の血からここで間違いない筈なのだが……。

 などと考えていたら、ちよりから腕を引かれてしまう。


「……ジンさん、早く行きましょうよ!」

「はぁー……」

 ほんのり涙目だ。

 彼女に聞けば何かしら事情がわかるかも知れない。

 だが昨日の様子を考えると答えてくれるとは思えない。

 話の内容から、昨日食べた肉に行き当てられても面倒だ。

 仕方がないと諦めて、下流に足を進めることにした。



 異変が起こったのは、森に繋がっている坂道がある付近にもうすぐ着くという時だ。

「何かいます」

 と言うとちよりが、いきなり俺の背後に隠れたのだ。

 何がいるのかと周囲を探れば、進行方向の先に茶色い影があった。

 距離にして30メートル程先だろうか。

 離れているとはいえ、走ればすぐ埋まってしまう距離だ。

 向こう側はまだ俺たちに気づいていないのか、動く気配はない。



 注視して影の正体を探る。

 体型はすらりとシャープな流線型。

 体表には茶色い毛の合間に白い部分が見受けられる。

 耳の付近からは白い角らしきものが2本生えている。

 口を川にいれているので、水を飲んでいるのだろう。

 恐らくは鹿だ。

 昨日のウサギといい、角付きの動物に好かれているようだ。


 ただ、俺が知っている鹿と大きく違う所があった。

 登頂部に三本目となる角があるのだ。

 まるで、お伽噺で出てくるユニコーンのように飛び出ている。

 もしかすると、自分の常識がおかしいのだろうか……。

 本来は、三本角が普通なのかも知れない。


「……ちより、鹿って角三本もあったか?」

「あるはずないですよー……」

 不安になり、ちよりに聞いてみるがやはり無いようだ。

 自分の常識は正しかったようで、安心した。



 今の声が聞こえてしまったのだろう。

 鹿が川から顔を上げて、此方を向けた。


 草食動物だし、じっとしていればやり過ごせるだろうか。

 と甘い事を考えていたせいだろうか、鹿の行動に反応が遅れてしまった。


 唐突に、鹿が此方に走って来たのだ。

「ひぃっ!」

 後ろから、ひきつったような声が聞こえる。

 鹿はもう目と鼻の先にいた。


「きゃあっ!」

「おっと!!」

 直ぐ様、ちよりを抱えて川側に飛び込んだ。

 運良く転がる事なく、川の中に二人して立っている。



 鹿はどうなったと見れば、俺達がいた場所を突き進み30メートル程通くに姿が見える。

 速度を緩めて此方に振り返ろうとしていた。

 恐らくはまた、突進してくるつもりだろう。

 どうやら逃がす気は無いようだ。



「出ろ!

 ちより、対岸に行って隙を見て洞窟まで逃げろ!」

「は……、はい!」

『ジャベリン』を右手に呼び出し握り締める。

 バシャバシャと後ろから水音が聞こえる。

 ちよりが対岸に渡ったのだろう。



 俺は先程と同じ場所に戻る。

 次突進してきたら、槍を投げ付けるつもりだ。

 鹿を見れば、此方に振り向き終わったようだ。


 それを見た俺は、無意識に槍が右肩の上で水平になるように右手を上げた。

 左腕を右肩に乗せる、左足を半歩前に、右膝を僅かに下げ中腰になる。

 腰を右後ろに僅かに捻り、槍を投げる構えを取る。

 何故かは、分からないが体がスムーズに最適と思えるように動く。


 鹿は助走をつけ、此方に走って来る。

 俺と鹿の距離が15メートル程に縮まる瞬間、体が動いた。


 左足を更に半歩前に、叩き込むように踏みおろす。

 右足は前に跳ぶように足裏で地面を蹴り抜く。

 腰は右側に捻られた状態から一気に逆側に捻る。

 左腕は、捻られた腰と動機するように、左下に降り下ろす。

 右腕を発射台のように全ての力を集中し、鹿に向けて槍を投げ放つ。


 まるで全ての動作が同時に行われたようだった。

 視界が回る。

 ジャベリンという力の行き場がなくなり、左側に転がるように倒れてしまった。


 マズイ。ヤバイ。早く。起き上がれ。

 刺される。角。ヤバイ。刺される。

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 頭に駆け回る言葉達。


 焦ったまま、すぐに起き上がり下流側を見る。

 しかし、何も居ない。


 すぐに上流側を見る。

 僅か4メートルという近くに、鹿が川に突っ込んで倒れていた。

 その鹿を見れば、左目から槍の柄が僅かに見えている。

 どうやら、勢いが強すぎて貫通したようだ。

 左目を経由して 一度頭の裏から出た槍は、そのまま体にまで突き進んでいた。



「はぁ……」

 鹿の息が絶えているのを確認し、思わず溜め息が出る。

 そんな俺に声が掛けられた。


「お、お疲れ様です……。」

 ちよりが、いつの間にか側にいた。

 考えてみれば、対岸に渡らせすぐに鹿を倒してしまった。

 逃げる必要性もなくなり、戻ってきたというところか。

 鹿を見て顔色を悪くしているが、仕方ないのだろう。

 普通に考えれば、こんな少女が生き物の死に慣れている筈がない。

 いや、俺みたいな青年も本来慣れていないものか。

 記憶が無くなる前は、生き物の死に関係する職業にでも就いていたとかか?

 結局どれだけ考えようが、答えは出ない。



「あぁ、お疲れ様。

 果物を取りに行く筈が、鹿肉が取れちまったな。

 ちより、どうする?

 先に果物取りに行くか?」

「……え。……あ、この鹿さん食べるんですか……?」

「そりゃあ、食うだろ。

 水や果物だけじゃ、体力も保たない。

 ましてや、ここにいつまで居るのか分からないしな。

 生物が生きる為には、犠牲なしでは生きて行けないんだよ。」

「そうですよね……。」


 どうやら、ショックが大きいようだ。

 仕方がないので、放置して鹿の処理をしてしまう。


 とりあえず、「消えろ」と口に出して槍を消す。

 鹿から槍が消えたせいだろう空いた穴からは、血が流れ出てきた。

 恐らく心臓には刺さらなかったのだろう、思いの外勢いよく血が流れ川の水を赤く染めていく。


「出ろ」

 包丁を手にして、鹿の首を切断していく。

 一度血が流れきるのを待つことにした。

 さて、とちよりを見れば、顔面蒼白という言葉がぴったりな表情をしている。


「恐らくちよりも知識にあると思うが、普段食べていた鶏肉や豚肉とかもこうやって殺して得ているものだ。慣れろ。」

「……感覚的には分かってはいるんですが、すぐに慣れるのは無理そうです……。」

 割りと前向きな発言が出てきた。

 これ以上は、酷と言うものだろう。



 ちよりは呆然としていたので、その横で解体作業を進めてしまう。

 包丁で内臓を傷付けないように注意し、首から股まで腹側を通り切っていく。

 内臓を包丁で、傷付けつけないように切り取っていく。

 取った側から、川へと投入してしまう。

 きっとウサギの様に、海へたどり着けるだろう。


 問題はここからだ。

 今回は寝床の為にも皮が欲しい。

 手で取れるかと、試しに首もとの肉を手で掴み皮を剥いでみる。

 多少の抵抗はあるが、力をいれると問題なく取れるようだ。

 手足はどうするべきか分からず、試しに先端に切れ込みを入れると服を脱ぐように綺麗に皮を取る事が出来た。


 これで、皮と肉に分ける事が出来た。

 寝床まで運ぶ為には、切り分けないといけないな……。

 大きめの葉と、蔓が大量に必要になる。

 ちよりに坂道登った先から取ってきて貰おうと、お願いしようと振り向くと。


「すみません……。代わってくれませんか……。

 正直気は進まないんですけど、情報を見たら新しい包丁とかの解放条件満たせるみたいなので……。」


「はい……?」

 ちよりから、不思議な事を言われた。


「待て待て!

 情報?

 新しい包丁?

 解放条件?

 ちよりは何を言っているんだっ!?」

 あまりの事に、頭が回らない。


「あれ?ジンさんは、知らなかったんですか?」

 目をぱちくりとさせ、ぽかんと口を開けている。


「えーとですね。

 包丁が出たり消えたりって、まるでゲームの武器みたいだなと思ったんですよ。

 それで、朝起きてから色々試したんですけど……。

『ステータス開示』って言葉で色々と見れるんですよー!」


 その言葉を聞いて、ゲームについて考えてみるも知識として無かった。

 記憶が無くなる前は、恐らくゲームをしない生活だったのだろう。

 とりあえずは、彼女の言う通りに試してみるべきだと思う。

「ステータス開示」と言葉に出す。


 すると目前には、うっすらと背景が透けて見える青い板上の物体が浮かび上がってきた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回話もよろしくお願いします。

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