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25話

 □


「じゃあ、お嬢ちゃんに、そっちのお兄さんも、決して口外しないでおくれよ」

 

 肩を落として見送ってくれたアミル。

 それを背に、意気揚々とラーナは黄金の鶏亭に戻った。

 宿の戸が開き、二人の姿を確認すると、既に戻っていたセラフィマが駆け寄ってくる。


「あ、あの、何か。見つかりました!」


 ファンに詰め寄り、焦り結果を尋ねてくる。


「手がかりがあったんですね! で、私の、旅券は?」


『外』


 ファンの言葉を受けて、セラフィマが考えこむ。


「ああ、セラフィマ。ファンは東方の出で、大陸共通言語はあまり豊かではない。聞くなら、そちらのご主人様に尋ねたほうが良いだろう」


 セラフィマがそれではと、己の主であるラーナに目をやれば少々膨れていた。


「ええっと、ラナさま。何か、ご機嫌斜めだったりします?」


「――別に」


 言葉少なになるのは、ラーナが機嫌を損ねている証拠。

 せっかく、自分が貴重な情報を持って帰ったというのに、セラフィマはラーナを無視し、真っ先にファンに尋ねた。

 それが、己を軽く扱われたようで気に入らない。

 思えば、この従者は旅の最中、幾度もラーナを子供扱いしてきた。

 部族にとっての重要な使命。

 それを与えられたラーナはもはや立派な大人である。

 それを理解していないセラフィマは、姉貴顔で諭すように、ラーナに注意する。



「ラナさま、今がどういう状況かわかっておられないんですか。旅券は各国の国印が為されたもの。これを失くしたとあっては、我が部族の信用に関わります。さあ、拗ねてないで話してください」


「――失くしたのはセラフィマのくせに」


 ラーナがぼそりと。

 セラフィマは矢を射られたかのように、胸を抑えてその場に崩れ落ちる。


「――そんなことは理解しています。ですから、必死に取り戻そうと手を尽くしているんじゃないですか。う、うぅー。――あの、母君さまには、黙っていてくださいね?」


 か細い言葉に、すすり泣き。

 その後に、ちらりとラーナを見て、隠蔽を図らなければ、それなりに同情も集まっただろう。

 駄目な大人の見本を見たことでラーナの溜飲も下がり、素直に得た情報を報告する。 


「そうか、盗人は既にフェタンの外に」

 

 四人はテーブルを囲み、相談する。

 男前の顔を渋くして、リオネルが顎に手をやった。

 その横にもたれる形で、青くなったセラフィマ。

 状況は悪くなった。

 だが、それでも、どうとでもなると楽天的なのか、ラーナとファンは注文した牛の乳を味わっていた。


「で、どの街に向かったのかは、わかっているのかね?」

 

 牛の乳を飲み干し、ラーナは頭を横に振った。

 

「それすらわからない状況では――」


 リオネルがお手上げだと言えば、セラフィマの顔が今度は白くなった。

 

――ラーナはもう一度首を振った。


「違うぞ、リオネル。向かった場所はわかっておる!」


しかし、向かった先はわからぬといったのでは。

 どういうことかと、リオネルとセラフィマの視線が、得意そうに胸を張る小さな少女に集まる。


「うむ、奴が目指す街はわからぬが、今朝早く傭兵を雇い、フェタンの外、数刻離れた近くの丘に向かったらしい! そこから町に帰ってくるのか、それとも他の街を目指すのかはわからんが――」


「物騒な連中か。来る時に獣に襲われはしたが、聞いた限りここいらの治安はそこまで悪いものではない。となると」


『追ウ?』


「ああ、調査ついでに旅の支度は済ませてある。このまま街を出ることも可能だが――不測の事態を予想するなら、盾が欲しいな。ふむ、噂をすれば、というやつか。都合良く向こうから来てくれた。無為に時を過ごせば、彼らに逃げられてしまう。さあ、出発しよう」


 リオネルの提案に反対する者はなく、皆が席を立つ。


「のう、ファン。あれは、そなたの知り合いか?」


『――盾』


 ラーナは、勢い良く開けられた鶏亭の入口を見て、不思議に思う。


――リオネルに勢い良く殴りかかったのを躱され、逆に関節を極められている若い男は、鎧こそ着ているが、何処にも盾を持っていなかった。


「なあ、あれは盾を持っていないな?」


 袖を引いて、もう一度尋ねる。


『リオネル、ノ、盾』


 優しいラーナは、人間が盾になるということを、よく理解できなかった。


 ●


 その丘に名はない。

 フェタンの近くにあるのは、その丘だけなので名付ける意味などなく、町に暮らす者にとってはただの丘で通用するからだ。

 背の低い草や少量の花々も混ざり、景色としては気持ち良い。

 だが街から離れているので、わざわざそれだけを楽しみに来る者もいない。

 

――だから、その変化に気付く者も少ない。


「――なるほど、これが目的か」


 一向の先頭、紐でくくった金髪の美丈夫が、目の前の光景に納得してた。

 小高い丘の側面。

 地震れが原因か、ずれた断層に空洞が見える。

 それは人工的な通路だった。

 地面にはまだ新しい人の足跡が幾つか。

 おそらくは、盗人とその連れのもの。


「これは、いつの時代の遺跡だろう? 誰か分かるものは?」


 リオネルはフェタンで、最低限の服装を整えていた。

 彼が話を振るのだが、皆、反応が芳しくない。


「せめて作った者が分かれば――まあ、それがわかっても、入るしかないんだが」


 大陸に点在する旧文明の遺跡。

 それはそれぞれの時代の支配者が作った物だ。

 今なお信仰される神であるとされたり、彼らが去った後の魔術を極めし時代の人間であったり。

 はては、書物の中にのみで存在を知られている、詳しい時代すらわからぬ発明に長けた小人族であったりなど。

 遺跡の危険度はそれによって大分変わってくる。

 が、深刻に考えてもしかたがない。


「それに、本当に危険な遺跡ならば、その盗人も入ったりはしないだろう」


 

 リオネルたちとは違い、遺跡の存在を知っていた盗人。

 彼ならば下調べくらいはしているであろう。

 その上で侵入を試みているのだ。

 ならば、危険極まりないといった迷宮でもないだろう。


「ふむ、なにか訊いておきたい事がある者はいるか?」


「なあ、リオネル」


「なければ、先頭は盾と私で、一番後ろをファンが。二人はその間に」


「質問があるんだが」


 皆の顔を確認し、ランタン片手にリオネルは大地の亀裂に進んでいく。

 そのリオネルの肩を掴み、軽鎧のモリスが鼻息を荒くした。

 

「ふう、これから、危険な冒険に向かうというのに、その非協力的な姿勢はどういうつもりだ。遺跡の中ではこういった気の緩みが命取りになる。それを理解できていないのか?」


 出鼻を挫かれたと、不満そうにリオネル。

 理解できているかと問われれば、モリスは今の状況がまるで理解できていないのだが。

 フェタンの街を昼夜問わずに走り回り、ようやくファンとリオネルを追い詰めたと思ったら、そのままこの場所に連れてこられた。

 その上で、今度は遺跡に潜るなど。

 せめて、目的を教えてほしい。


「いや、目的なら教えただろう。この可憐な二人の乙女。彼女たちの盗まれたものを取り返しに行くのだ。か弱い女性の助けとなる。それは騎士の職分だと思うが、間違っているかね?」


 それはまあ間違っていない。 

 モリスは騎士ではないが、国に使える兵士である。

 民を守ることは大切な義務だ。

それに国民であるとか関係なく、か弱い女性を守る事は当然。

 ならば、リオネルの言葉に従うべきか。

 リオネルの隣で、女性は胸に手をやり祈るよう、こちらに目を向けている。

 酒場で反撃できなくなるまで、関節を極められてのち、紹介された。

 この中にいるであろう盗人に大切な旅券を奪われたとのことだが、リオネルの紹介というだけで、何やら胡散臭くも見える。

 整った容姿に、異国風の装いはとても似合っている。

 が、どうもその振る舞いがこちらの同情を引く芝居じみていて、二の足を踏んでしまうのだ。


「人助けは構わないんだが、そもそもそちらの方たちはおまえとどういった関係なんだ?」


――それに、自己紹介すらしていない。

 これから危険な遺跡に挑むのだ。

 せめて自分がどういった人物のために命をかけるのか、それくらいは把握しておきたい。


「ああ、そっちの小さなレディが、部族の長の代わりに、各国の親善を回るラーナ嬢。そして、その従者で――」


「リオネルの婚約者のセラフィマです!」

  

 食い気味に、リオネルの紹介を奪い取る。

 リオネルは頬を掻き、どうしたものかと悩んだ後、特に訂正もしなかった。

 だが、納得したわけではなく、諦めたように見える。

 なのでモリスもこれ以上の追求がしがたい。

 

 まさかそれを狙ったわけでもないだろう。

 モリスはどうしたものかと悩み、言葉もない。

 質問がないことに納得としたのかリオネルは今度こそ通路に足を踏み入れた。

 その腕にはランタンと、その反対に抱きつくセラフィマをそのままで。

 

「では、わらわたちも行くぞ。いざ冒険へ!」

 

 その後ろ、距離を少し空けて、銀の髪の少女が短刀を振り上げて意気揚々。

 少女に歩幅を合わせた暗殺者が、続く。


 ――ここに残ってもやることはないか。

 モリスは消極的な理由で人生初の遺跡探索に挑む。

 先ほどのリオネルが提案した陣形を大分崩した状態で、一行は旧時代文明の残した遺跡の中へ潜っていった。



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