【解説】御簾の向こうで何が起きていたか ——糸子が福沢諭吉と小栗忠順を動かした三段階(第百五話〜第百八話)
【はじめに】
ここ、かなり面白い場面です。
第百五話から第百八話にかけて、糸子は福沢諭吉と小栗忠順を自分の側へ引き込んでいきます。
一見すると、糸子が二人を論破して、言い負かして、最後には「あなたたちにはこれをやってもらいます」と仕事を与えたようにも見えます。
でも、実際にやっていることは、もう少し細かい。
糸子は最初から、「どうやって二人を動かすか」ではなく、「どうすれば二人が自分を信用するか」を考えています。
第百五話に、はっきりこうあります。
問題は、彼らをどう動かすかではない。どう信じてもらうかだ。
ここが、この一連の交渉を読むうえでの出発点です。
そして第百八話の最後には、前世の百貨店時代に数多くの上司、同僚、部下や取引先の人間を見てきた目が、今日初めてはっきりと「この人材の適所」を確認した、と出てくる。
つまり糸子は、二人を「説得した」のではありません。
この人は何をすれば勝手に動き出す人間なのかを見抜いて、その場所へ置いた。
そこまでの過程を順番に見ていくと、この交渉がかなり計算されていることが分かります。
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【まず、糸子は二人を喋らせる】
最初から説得しようとはしません。
ここが意外と重要です。
糸子は会う前から、福沢について村田蔵六から話を聞いています。
「あの男は動かしやすい。知的好奇心が強すぎて、それが弱点になっております」
小栗についても、堀田経由で横須賀製鉄所の建議が「異国の妄言」として退けられたことまで知っている。
つまり二人のことを、かなり調べてから会っている。
そして、会った後もすぐに自分の話を始めない。
「つづきを聞かせてたもれ」
「ほうほう、それはまた」
そんな相槌を打ちながら、とにかく二人に喋らせています。
第百六話がほぼ二人の独演会になっているのは、偶然ではないでしょう。
福沢なんて、(諭吉さんノリノリだなー)と糸子に思われるくらい喋っている。
これ、糸子にとっては非常に都合がいいんですね。
相手が自分から話してくれれば、その人が何を考えているのか分かる。
しかも、本人が自分の言葉で語った内容なら、後から使える。
だから糸子は急いで答えを出さない。
まず相手に、自分の考えを全部しゃべらせる。
交渉の基本として「傾聴」が重要だと言われるのも、このあたりでしょう。
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【しかも、部屋の温度まで気にしている】
細かいところですが、火鉢の場面も見逃せません。
寒い中を来る客に、薄ら寒い部屋を提供するわけにはいかない。特に、今日の客は。
ここで糸子は、単純に「お客さんだから暖かくしてあげよう」と思っているわけではない。
「特に、今日の客は」と続くんです。
つまり、この二人とこれから何を話すのかを考えたうえで、迎える環境まで整えている。
もちろん、ここを心理学的な効果まで断定する必要はありません。
「暖かい部屋にしたから相手が好意を持った」とまでは言えない。
ただ、糸子が相手と会話する前から、その場そのものを整えていることは確かです。
このあたりにも、前世の百貨店時代に培った「人と商売をする感覚」が出ています。
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【最初の一手が「アメリカ」ではなく「万次郎」なのもポイント】
では、いよいよ対面。
ここで糸子が何を言うか。
アメリカの政治でも、軍事でも、経済でもありません。
まず、「して、メリケン駐在総領事……中浜万次郎殿はご壮健にいらせられまするかぇ?」と聞く。
これ、かなり上手い入り方です。
いきなり「私はアメリカについてこれだけ知っています」とやったら、二人は警戒します。
ところが、最初に出てくるのが自分たちも知っている中浜万次郎。
しかも、「中浜殿とは……いわば共に戦うた仲間じゃ」とまで言う。
要するに、「私はあなたたちの外側にいる人間ではありませんよ」と先に伝えているわけです。
そのうえで、「包み隠さず、ありのままにお聞かせ願いとう存じます」と二人に話をさせる。
これで、糸子は「聞く側」に回ります。
そして、二人が十分に喋ったところで、ようやく次の段階へ進む。
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【ここから糸子は、二人の「前提」を壊し始める】
第百六話までの糸子は、かなり聞き役です。
ところが第百七話に入ると、空気が変わります。
まず福沢。
福沢の「門閥なき実力社会」という考えを、糸子は真正面から否定しません。
むしろ、「門閥なき実力社会、結構。生まれに拠らず、個人の『独立自尊』が国を支える——。誠に、素晴らしき理想にておわしまする」と、ものすごく褒める。
ここで福沢は「お、理解してくれた」と思う。
ところが、その直後。「いかなれば、その素晴らしきメリケンの南部におきましては——数百万もの黒き人々が、人として遇されず、農場にて家畜の如く鞭打たれていらっしゃるのでございますか?」と来る。
さらに、「それも……彼らの『才覚』がゆえのことにございましょうか」と続く。
これが糸子のやり方です。
相手の論を否定するのではなく、相手自身が使った物差しを、そのまま別の場所に当ててみせる。
「独立自尊が素晴らしい」と言ったなら、その価値観を奴隷制にも適用してみてください、と。
福沢からすると、これは困る。
「いや、アメリカは素晴らしいんです」と言えば、自分のさっきの話と衝突する。
かといって奴隷制を肯定するわけにもいかない。
だから詰まる。
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【小栗にも、まったく同じことをする】
そして、この構造は小栗にも繰り返されます。
小栗が西洋の技術を語る。
精密な工業規格。
大量生産。
製鉄所。
糸子は、それもまず認める。
「結構」と言う。
そのうえで、「なれど、それほどまでに西洋の技術を有り難がる必要がどこにありましょうや?」と返す。
ここが巧い。
最初から「西洋なんて大したことない」と言ったら、小栗は反発するでしょう。
でも糸子はそんなことを言わない。
「西洋の技術は凄い。それは認める」
そのうえで、「だからといって、日本人が永遠に追いつけないという話にはならないでしょう」と持っていく。
だから小栗も、この褒め方の続きに、何が来るかを彼はすでに知っていた。福沢が通った道を、自分も通る番だと、と分かってしまう。
面白いのは、型が読まれているのに効いていることです。
「また来るぞ」と分かっていても、答えられない。
それだけ、糸子が相手自身の論理を使っているということです。
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【「今は」の一言が、小栗には効く】
そして小栗に対する、「いかにもそのように存じます、今は」という一言。
ここは短いけれど、非常に重要です。
「日本の技術では西洋に届かない」という小栗の認識を、「日本の技術では、今は届かない」に変えている。
この二つ、似ているようで全然違います。
前者なら「日本は劣っている」という話になる。
後者なら「まだ追いついていない」という話になる。
しかも糸子は、「日本人だって頑張ればできる!」という根性論を出してこない。
鉄砲伝来から三十年で五十万丁。
雨中でも撃てるように改良した技術。
関孝和や建部賢弘の数学。
つまり、過去の日本人が実際にやったことを並べて、「だから、未来まで決まっているわけではない」と示す。
このあたりから、小栗の視線が変わっていきます。
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【さらに、質問を一つ投げるだけで立場を逆転させる】
糸子が、「メリケンという国は――行く末、この国に何を望まんと思し召しでおわしますろうか」と聞く。
ここまでは福沢と小栗が「アメリカについて教える側」だった。
ところが、この質問から二人が「答える側」になる。
そして小栗が、「日本を利用したい」という趣旨の答えを出す。
すると糸子は、「足がかり——詰まるところ、道具として利用されるやも知れぬということを、重々承知の上で、お二方はあの国を語っていたのでございまするか」と返す。
ここで糸子が長々と「アメリカは危険です」と説教する必要はありません。
小栗自身に答えさせたからです。
自分の口から出した答えは、他人から押しつけられた答えよりも重い。
この交渉では、糸子が結論を言う場面より、相手に結論を言わせる場面のほうが重要なんですね。
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【糸子は、答えを「考えている」のではなく「選んでいる」】
このあたりで、かなり決定的な一文があります。
考えた、というより——どこから答えるかを選んでいた。
これです。
糸子はその場で慌てて返事を考えているわけではない。
答えはいくつか持っている。
そのうち、「今、この人にはどれを渡すか」を選んでいる。
だから福沢が、「知りながら動けない、ということが、この国では起きています」と一段深いところまで踏み込んだときも、糸子はそこで崩れない。
相手の言葉を受けながら、次に何を出すかを選んでいる。
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【そして、第百八話で「あなたは何者なのか」を本人に渡す】
ここからが、この交渉の一番面白いところです。
糸子は二人の問題点を指摘するだけでは終わりません。
「では、あなたは何をする人なのか」
というところまで踏み込む。
福沢については、福沢諭吉は、教育者だ。表現者だ。知識の伝達に最高の快感を覚えるタイプだ。そこに「場所」と「資金」と「使命」を与えれば、自ら動く。むしろ止められない、と見ている。
だから、福沢に必要なのは「命令」ではない。
場所。
資金。
使命。
この三つを渡せば、自分で走る。
糸子はそこを見抜いている。
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【しかも、「お願い」ではなく「義務」と言う】
福沢に対して、「そなたには、この国の『知の基盤』を底上げする義務がございまする」と言う。
ここ、普通なら「お願いしたい」と言うところです。
でも糸子は「義務」と言う。
すると福沢は、義務…と言った。お願いでも、依頼でもなく——義務と……おかしな話だが、その言い方が、かえって福沢の気持ちに火をつけた、と受け取る。
なぜか。
福沢は、そもそも「知識を広めたい人」だからです。
だから糸子は、福沢を新しい人間に変えようとしているわけではない。
「あなたが元々やりたかったことを、やるべきこととして認めます」と言っている。
これはかなり大きな違いです。
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【小栗には「あなたは形を作る人だ」と言う】
小栗への一言も同じです。
「小栗殿は——形を作るお人でござりまする」
小栗はここで、言葉を失うわけでも、反論するわけでもない。
ただ、懐の中のネジを握る手が——止まった、とある。
つまり、刺さっている。
糸子は小栗の能力を評価しただけではありません。
「あなたが何者なのか」を、本人が自分でも気づいていた部分に言葉を与えている。
心理学の言葉を借りるなら、こうした働きは「ラベリング」に近い。
ただし、ここも「ラベリングという心理テクニックを使った」と単純化するより、本文では相手の自己認識を言語化して渡していると読んだほうがいいでしょう。
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【しかも、糸子は相手の反応をちゃんと見ている】
この交渉が上手いのは、糸子が「俺の作戦どおり!」と一方的に進めているわけではないところです。
小栗の顎の筋肉の動きを見て、その言葉を思い出したとき、必ずそこに力が入るのだと——先ほど糸子は気づいていた、とある。
第百六話で観察したことを、第百八話で使う。
「妄言」という言葉に対する反応を覚えていて、そこをもう一度突く。
つまり糸子は、話す → 観察する → 相手の反応を読む → 次の手を変える、ということを、その場でやっている。
だから会話が一方通行にならない。
相手の反応そのものが、糸子にとって次の判断材料になっているわけです。
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【そして、相手の「失敗したら終わり」を取り除く】
小栗には、もう一つ大きな問題があります。
幕府が金を出さなければ、製鉄所を進められない。
そこで糸子は、「幕府の財布など、頼りになさるな」と言う。
ここも重要です。
「幕府にもっと頑張ってもらいましょう」ではない。
そもそも、幕府だけを頼るという前提を捨てさせる。
天朝物産会所や豪商の株式による調達という別ルートを示す。
さらに、そのための負担を糸子自身が引き受ける。
福沢についても同じです。
版木代、刷り代、流通費用を出す。
つまり、「これをやってください」と言う前に、「これをやったらあなたが困る」という部分を先に潰している。
交渉では、こうした「別の選択肢」を持っておくことが重要になります。BATNAという言葉で説明できる部分もありますが、ここではもっと単純に、「一つの道が塞がっても、仕事そのものが止まらないようにする」と考えたほうが本文には合っています。
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【功績まで相手に渡す】
さらに糸子は、草案を渡すときに、「わたくしの言葉ではなく、小栗殿の言葉として世に出されねば——何ほどの意味もなきことにございますれば」と言う。
ここまで来ると、糸子が小栗を「自分の手駒」にしようとしていないことが分かります。
自分の名前で出せば、糸子の功績になる。
でも、それでは駄目だと言う。
小栗の言葉として世に出す。
小栗自身の仕事にする。
これは非常に大事です。
人は、自分がやらされた仕事より、自分の仕事だと思ったもののほうが、当然ながら長く続けます。
糸子は「一回動かす」ことではなく、自分がいなくても動き続ける状態を作ろうとしている。
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【最後の一言は、実は「試験」だった】
小栗が、「次の機会を、必ず作ります!」と言ったところで、糸子は、「作るのではなく——作ってくださりませ、姫様の御都合に合わせて」と訂正する。
一見すると、言葉遣いの修正にしか見えません。
でも糸子にとっては、ここが最後の確認です。
そして、(修正を受け入れた。この人は、学ぶ人だ)糸子は内心で確認した、となる。
つまり糸子は、ここまでの会話で小栗を見極めたつもりでも、最後にもう一度試している。
「自分の間違いを指摘されたとき、この人はどうするか」を見る。
そして受け入れたから、「この人は学ぶ人だ」と判断する。
だから第百八話の最後にある「この人材の適所」という言葉につながる。
糸子が見ていたのは、知識量だけではない。
この人は何を任せれば伸びるのか。何を与えれば自分で走るのか。修正を受け入れられる人間なのか。
そこまで見ている。
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【最後に、糸子は自分から一歩下がる】
ここまで二人を徹底的に詰めた糸子が、最後には、「未だ思い至らぬことも、山のごとくございます。それゆえにこそ——貴方様方の知恵を、お借りせねばなりませぬ」と言う。
これが効いている。
ずっと「私のほうが分かっています」という態度だったら、二人は結局、糸子に使われるだけの立場になります。
でも最後に、「私にも分からないことがある」と言う。
だから、「あなたたちの知恵が必要なんです」となる。
ここで初めて、関係が「主人と協力者」から「一緒に仕事をする人間」に変わる。
そして帳面には、南北戦争について数行だけ。
詳しいことは言わない。
「またの機会に――」と残す。
すると今度は、小栗のほうから次を求める。
ここまで来れば、糸子の目的は達成されています。
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【では、なぜ「操作された」という嫌な感じがしないのか】
ここが、この一連の場面で一番面白いところだと思います。
やっていることだけを並べれば、かなり人を操作しています。
相手の性格を調べる。
反応を観察する。
弱点を見つける。
相手自身の言葉で矛盾させる。
「あなたはこういう人間だ」と自己像まで渡す。
仕事を頼むときには、失敗するリスクを消す。
かなり高度です。
それなのに、読んでいて「糸子に騙された」という感じが薄い。
なぜか。
一番大きいのは、糸子が相手の望んでいる方向へしか動かしていないからでしょう。
福沢がやりたいのは、知識を広めること。
小栗がやりたいのは、技術を形にすること。
糸子は、その方向を変えていない。
むしろ、「あなたがやりたかったことなら、ここまでできますよ」と、可能性を広げている。
だから福沢自身、自分がやりたかったこと。いや、やりたかった「それ以上」のものが、今、完璧な形で目の前に提示されていた、と感じる。
これなら、操られたというより、「自分がやりたかったことを、ようやく実現できる」という感覚になる。
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【読者には、糸子の本心も見えている】
もう一つ大きいのが、読者には糸子の動機が最初から見えていることです。
糸子は二人を言い負かしたいわけではない。
(あなた方は、誰よりも早く世界を見てきた本物だ。だからこそ、その鋭い目を、自国を諦めるために使わないでほしい)と思っている。
つまり、表面ではかなり厳しく攻めているけれど、その根っこにあるのは、「この二人の能力を無駄にしたくない」という気持ちです。
読者はそこを知っている。
だから、糸子のやり方が多少えげつなくても、「悪意のある操作」には見えにくい。
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【そして最後は、相手自身が納得する】
福沢は、(本物の見識の前では、怒りより先に、感謝が来る——そういうことか)と考える。
さらに、(この姫君が——私の敵ではなく、私の仕事の「土台」を作ろうとしているからか)とも考える。
ここが決定的です。
糸子が、「私があなたを理解してあげました」と説明して終わるのではない。
福沢自身が、「なぜ自分はこの人についていこうと思ったのか」を理解している。だから読者にも納得感が出る。
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【まとめると】
糸子がやっていることは、ものすごく単純に言えば、信用を取る。
まず相手に喋らせる。相手の考えを理解する。
そして、前提を壊す。
相手自身の言葉を使って、「本当にそうなのか?」と問い返す。
ただし、壊したままにはしない。
最後に、役割を渡す。
「あなたはこういう人間だ」「だから、これをやってほしい」「そのために必要なものはこちらで用意する」と、本人が動きたくなる場所まで持っていく。
だから、この三段階を一言でまとめるなら、「信用を取り、前提を壊し、役割を渡す」になる。そして、この順番が大事なんだと思います。
前提だけ壊して終われば、ただの論破です。役割だけ渡せば、ただの仕事の依頼になる。
信用を取って、相手の思い込みを一度壊し、そのうえで「では、あなたには何ができるのか」を返す。だから二人は、その場で負けたような気分になりながらも、帰るころにはもう一度来たくなっている。
第百八話の最後で近藤勇が、「帰える様子から、また来ようとするような顔をしておりました」と言っているのは、まさにそこでしょう。
交渉の成功は、その場で相手を言い負かすことではない。相手が「また、この人と話したい」と思って帰ること。
糸子は、それを知っていた。そして第百八話で初めて、「この人材の適所」がはっきり見えた。
だからこの場面は、二人を説得した話というより、糸子が二人の「使い方」を見抜いた話として読むと、かなり違った景色が見えてきます。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
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