ぐーたらエルフ
「ここですぜ旦那たち。入ってくだせぇ」
「ここって……廃墟じゃないか!!!!」
クレイシアの大声が人通りの少ない路地に響いた。
事の発端は昨日にさかのぼる。
俺たちはワイバーンの魔石を持ってギルドの創設申請を行ったが、やはりというべきか審査に時間がかかることを告げられた。
審査を持っている間はダンジョンにもぐれない。
その間にもできることはいろいろあるが、ギルドマスター(仮)の「ギルドなら拠点の酒場が必要だ!」という一声で酒場探しをすることになった。
優先順位があっているのかは疑問だが、拠点を早めに落ち着けるのは悪くない。
酒場に求める条件は、①他のギルドと被らないこと、②宿屋も兼ねていること、③なるべく安いこと、などが挙がった。
①は暗黙の了解という奴だ。他ギルドが拠点にしているのに割り込んでいくと、マナー違反か宣戦布告ととられるだろう。
②も重要だ。寝るときにいちいち別の場所にある宿屋に移動はしたくない。しかしこの街の酒場は大体宿屋も兼ねているのであまり気にしなくてもいいだろう。
③が最も切実かもしれない。俺たちは金がない。なにせ冒険者として挫折を繰り返してきた奴らの集まりだからだ。ギリギリで冒険者を続けてきただけの俺たちの懐に余裕は無い。
最初クレイシアは一軒一軒足で酒場を見て回ろうとしていたが、さすがに大変そうなので止めた。困ったときはより詳しいものに頼るのが一番いい。
そこで二足歩行したアライグマのような見た目の商人、ガラッタに声をかけた。
ガラッタはこの街に来るときに同行しただけの仲だが、ワイバーンから逃がしたことに恩を感じてくれているらしい。「二人の頼みなら喜んで」とおすすめの酒場を紹介してもらうことになった。
そして双子とシダも合流し、案内されたのが廃墟にしか見えないボロ屋敷だった。
木材はところどころ腐り落ち、壁にはツタが這い、至る所に蜘蛛が巣を作っている。
草が生い茂っているのでよく見なければ入り口がどこかも分からない。お化け屋敷のような建物だった。
「どう見ても廃墟だ! ガラッタ、本当にこんなところに住んでいるのか」
「へいお嬢。こう見えて結構いいところですぜ。さあさあこちらへ」
ガラッタは自分の住んでいる宿をお勧めしてくれるという話だった。にわかには信じられない。
ガラッタに続いて中に入ると、薄暗い店内は予想通り散らかっていた。ほこりが見えるほど積もっていて、椅子や机はほとんどが壊れていた。
しかし一席だけきちんと椅子と机が並べられ、食事ができそうな状態になっていた。
「帰りやしたぜ店長。おーい店長さん」
「人がいるのか? おーい、お邪魔するぞ店長」
ガラッタは声をかけながらカウンターの奥へ入っていった。クレイシアと俺も一緒に入っていく。
そこの散らかり具合もひどいもので、木のジョッキや食器の類が床に散乱していた。
人の気配はしない。
「まったく、ちゃんと片付けなきゃダメだぞ! ほら、ここにモップも出しっぱなしで――」
「帰れ」
「ホギャっ?!! モップガシャベッタ!!!」
「誰がモップだ」
「こんなところで寝てたんですかい店長」
クレイシアがモップだと思って片付けようとした物体は、床に寝転んだ店長だったようだ。
ボサボサの長い金髪がモップのように床に広がっていた。
よく見ると美しい目鼻立ちで、特徴的なとがった長い耳をしている。
「エルフか」
「え? 本当だ! 私初めて見たぞ!」
「満足したか? じゃあ帰れ」
エルフとは人間よりも長寿で、魔法の扱いに長けた種族だ。耳長族、森の賢者、妖精の隣人など様々な異名を持つが、昔から神秘的で憧れの対象だ。
数が極端に少なく、俺もこんなに近くで見たのは初めてだった。
「この方はエルフのネレレナさんです。ここは"魔女の小屋"って店なんですが、店主のネレレナさんが管理をさぼってこのありさまでして……。なので片付けを自分でする代わりに安く住ませてもらってます」
「ほほう。なるほどな」
「あたしは許可してない」
ネレレナが寝たまま抗議するが、あまり気にしていない様子のガラッタが続けた。
「店長はこう言ってますが、売り上げ実績がないのに久しぶりに来た客を断ると、最悪店の権利がはく奪されるんです。それに口だけで寝っ転がってるだけなんで、勝手にお金払って住み着いてます」
「ガラッタ、なんか頭いいな!」
「規則上断れないのか。だがガラッタがセーフでも俺たちは断れるんじゃないか?」
「断ってるだろうが。聞けよ。店主の声を」
「街の規則には、"正常な営業が難しい状態であり、利益を得る機会を自ら手放していることが確認できた場合、商業持続の意思なしと判断し出店権利等をはく奪する場合がある"と書いてあります。どうみても正常な営業は難しそうなので、まだまだ客は断れないですよ」
なるほど、さすがは商人だ。店の立場の弱さを目ざとく見つけ、格安の寝床を手に入れたようだ。
ネレレナの方も不思議な人……もといエルフだ。
やる気はなさそうだが、ガラッタの話を聞く限り店は残したいと思っているらしい。
「うんうん、そう思うと良い気がしてきたぞ! このボロ酒場を私たちにふさわしい拠点に改造していけばいいのか! 楽しそうだ!」
「勝手に改造するなよ」
「では早速掃除をしても良いですか? 埃っぽいのが苦手でして」
「同じくです。手始めにこのホールから始めます」
「頼んだ!」
「頼むな」
「玄関に生えてた子たち、刈らずに僕が移動させてもいいかなぁ」
「ああ、いいぞ」
「良くない」
「ちょっと部屋も見てくるぞ!」
「……」
俺も初めての発見だが、床に寝っ転がったまま喋ると発言力が著しく落ちるようだ。エルフの神秘さもどこへやら、初対面なのに軽く無視されていてちょっとかわいそうだ。
「ネレレナさん、俺はムジョウだ。これからよろしく頼む」
「あたしは許可していないと言ってるだろ」
「なぜ断るのか理由を教えてくれるか? 店を放置している理由と同じか?」
「……言わないね」
ネレレナがそっぽを向いた。少女のような反応だが、エルフは見た目が年齢でほぼ変わらないという。
何百年生きた人なのかも分からない。
店長の意向をないがしろにするようで申し訳ないが、しばらくはお邪魔させてもらうとしよう。
「紹介ありがとうガラッタ。しかしガラッタもそんなに金がないのか?」
「そうなんですよ旦那。おいらにも悪癖ってもんがありましてね」
ガラッタがそう言うと持っていたポーチから剣を取り出した。明らかにポーチよりも大きい。
「マジックポーチか。すごいな」
「昔奮発したんです。でも金欠の原因はこっちなんです」
ガラッタが取り出した剣を鞘から抜くと、刀身が淡い青色に光っていた。
「なんとこれは世にも珍しい、"光る剣"でさぁ!」
「……どういう時に使うんだ?」
「問題はそこです」
光る剣は珍しいが、珍しいだけだ。
冒険で使っても目立ってしまうし、まぶしくて邪魔そうだ。しかも光る素材を使っているせいで刀身の強度も普通の剣に劣るらしい。
「おいら、珍しいアイテムを見つけるとつい仕入れちまうんです。タダみたいなのからちょっとしたぼったくり価格でも……。それでそいつらがことごとく売れない。ついたあだ名が"不用品回収"のガラッタです」
ガラッタは商人の家系に生まれて小さいころから親元で勉強していたが、独り立ちしたのは最近らしい。
自分のやりたいように商売した結果、大量の売れない在庫を抱えてしまったようだ。
「とにかく今はこいつら売らなきゃいけなくて宣伝して回ってるんですが、中々……」
「でも今日はガラッタのおかげで良い店が見つけられた。助かったよ」
「旦那……」
「お互い頑張ろう……まずい……ゴホっ……ゴホゴホっ!! グォホォっ!!」
「旦那?!」
ミラリィとミラリーがちょっと喧嘩しながらホールを掃除していたが、それでほこりが舞ったようだ。
二人もほこりが苦手だと言っていたが、俺ほどではないだろう。
俺は咳や鼻水や涙が止まらなくなってしまった。
「あ、すみませんムジョウさん! 大丈夫ですか!」
「シダさんを呼んできます! すぐ回復を!」
「おーい! 一番奥の部屋が信じられない汚さだったぞ! じゃんけんで負けたやつがあそこに……おい?! ムジョウが死にかけている!!」
こうして俺たちの拠点は"魔女の小屋"に決まった。




