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硫黄とサンダーボルト  作者: ジ・エモン


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9/9

(9)タィ・ユラン





 ややあって、昼もさがった夕暮れにはまだ間があるころ。

 赤呑みの詰所。



 自治組織である赤呑みの詰所は、小さなものはウヨウに無数にあり、ほとんどは詰所などと名前もついていない。

 そのいくらかは、ウヨウにある茶店である。

 茶店は、屋根のあるものから、椅子卓すらないもの、屋外に椅子卓を出しただけのもの、とさまざまで、すこし規模のあるものなら、夜は酒を出していたりもする。

 また飲食も本格的なものから、簡易という言葉であらわされるもの、簡易という言葉で表されるには粗末すぎるもの、とあるが、田舎であるウヨウはもっぱら「赤呑み」、ようは酒飲み用のつまみや食事が提供される物が多かった。

 赤呑みとは、酒や茶、飯に使う器を表す言葉である。焼け白を産出する山すそ特有の赤土を焼き、丁寧に塗った大小欠片の器は、見事なものは、この器にそそげば安酒もおもむきがあるとして、ウヨウの外にも珍重される。

 自治組織としての赤呑みも、ことのおこりはこうした茶店や、もしくは現代の商工会に名をつらねるような商人の護衛……言いかえれば用心棒がそうであった。

 用心棒とは腕っぷしがたち、渡世の脳にこざかしく、また荒事にあっても平然として、かつ暴力をもって他人を制することにためらわないあらくれ者を、ひらたく言えばそうよんだ。

 ウヨウには、ふしぎと剣や武技を修める連中が、ひきよせられる。

 この噂に関しては、ほぼほぼ言いがかりやこじつけ、原因の根拠がいっさいしめせない迷妄流言めいもうりゅうげんのたぐい……でありながら一方では「たしかにそうである」こと、根拠はないが、はっきりと否定できないこととして、ウヨウに不気味な根っこを張っているのだが、――閑話休題として。

 そのような性質から、なおのこと自治組織は必要とされた。組織は組織でなかったものが、商売、人脈、資金、見ケ〆(みかじめ)の対価の流れをくりかえすうち、成りあがったものが組織をかたちづくってそこにある。

 組織は組織同士のなわばり争いをて、現代のさらに大きな組織へと運よくいたる。

 それもまた天我ティーフア、人人がさけて通られぬ天然の流れとは言えるかもしれぬ。

 ともかくその詰所のひとつ、水落ち街からほどちかい一角にあるやしきに、ヨハナは急いで駆けこんできた。格好は、お客のフォドレーという役人を案内していたまんまである。

 赤呑みの詰所はその現在の役割から、その多くはひっそりしている。

 門の取りつぎ役から、「なんて格好だ」と、遠回しな言いかたでそんな注意をうけ、ヨハナは詰所を中にはいり、各所に年季の入った廊下を歩き、部屋の入り口をくぐった。


「テスズ」


 そっと呼びかける。テスズは雑に並べられた椅子の一つに座っていた。ヨハナを見ると、笑おうとして、顔をしかめた。痛むらしい。

 尻の下に、柔らかいつくりの綿を入れた布を敷いている。


「怪我、どう?」

「最悪かな」

「そりゃそっか」


 ヨハナはふうとほっとしたような顔をしつつ、友人を気遣った。胸の骨にひびがはいっているようだ、と聞かされていたから、あまり話しかけないよう言葉をえらぶ。


「やっちゃったなぁ……」

「セソンさんも怪我したって?」

「うん……大丈夫かな」


 赤呑みのセソンは、若いが赤呑みでも知られた技達者である。それが、一方的に圧倒されて肩を斬られたと聞いて、相手は相当な手練れではないか、とはヨハナにも伝わっている。


(人一人けりとばして水に落としたって?)


 とんでもない膂力である。その蹴りを見て、なかば呆気にとられたこともあったらしい。五人で囲み、さらに駆けつけた人間も撒いて、男は逃げてしまった。

 赤髪の男。


「ヨハナ、行くんなら……気をつけてね」

「うん。大丈夫だよ。私も手伝いだもの」

「私も手伝いだったけど、こうなっているからよ」

「とりあえず……足には気をつけるよ。テスズ、とにかく大事に」

「うん、ありがとう」


 とはいえ、テスズは気に病んではいるようだ。

 テスズの場合、怪我を押してでも闘志に燃えて、どうにかしてやろうとも考えるたちであるから、ヨハナはそれが心配だった。ただテスズはヨハナとちがって頭もいいから、雪辱を感じていたとしても、それをじっと押さえて、黙々とやることもこころえているのは知っている。

 それも、他人や友達に、気に病ませることがあるなら押さえなどきかなくなる。

 そういう女でもある。

 歩骨ボージュ

 とは、家畜で長い土路とろに耐える動物の市歩 (スイホー。力の単位である市力シーリの語源でもある)の、頑丈な骨のことを言う。この骨が、しなやかな素材で髪をしっかりおさえるのに適していたため、髪差かんざしとして用いられた。また、市歩の解体は血や臓物をひきだして加工して食べるなど、精肉の業とならんで忌まれ、罪人の手などにかかるため、手間賃が安かった。

 このため髪差しはよく人の手に広まった。安価な安い亭主の女や、夜街で身なりにも金をかけられない、男が贈ってくれるなどもない安い女といった悪口のかわりとなったのである。

 もちろんタィ・ユランがこれを言おうものなら、一言こき下ろしてやろうとヨハナはしただろうし(ヨハナに大人しくこき下ろされるたまではないが、ユランは)、エン・セレトクが、――彼がテスズに言うことは考えられないが、もし彼が熱しやすいいつもの欠点でまかりまちがってうっかり口をすべらしたとして、もし言ったのなら「鬼焼子(ジンシーダ。この悪い子。くそやろうなど)」と怒鳴って、頭を小脇に抱えて締め上げているかもしれない。

 が、テスズがちょっとこの呼び名を気に入っているところもあるのは、知っていた。

 とまれ、「なにか欲しいものは?」と聞くと、「……じゃあお水」と、テスズはちょっと肩をすくめた。怪我が痛んで、動かないため、あくまでほんのちょっと。

 水を取りに、廊下に出ると、はちあわせるかたちで少年が一人歩いてきた。歳はヨハナと同じていど、実際は一つ下だが、細身で均整のとれた外見で、目がややするどすぎである。丸刈り頭と相まって、人相が悪い印象すら人に与える。

 実際、少年――タィ・ユランとよばれる(「あだな」だ)ユラン・チェンヂは、「おう」と、ヨハナを見て、乱暴なあいさつをした。ヨハナは「ユラン」と、目だけで応じた。


「テスズの見舞い?」

「あ、見舞い? テスズがどうかしたのか」


 ユランは気の抜けた顔から、ややこわい顔になった。これはただ外見の問題だった。


「仕事で怪我したの」

「大丈夫かよ」

「軽かないだろうけど……心配はないみたいよ」

「動けるなら、別のことが心配だけどな」


 ユランは言う。幼馴染である。テスズの悪いことはわかっている。が、よけいな一言を言うのも、タィ・ユランがタィ・ユランであるゆえんではあった。


「おやじも教えてくれりゃあな」


 ヨハナは半眼になった。


「なんだよ?」

「いや。ちょっと鬼焼子ジンシーダってね」

「あんだと?」

「とにかく声かけていってよ。私は門でカイニーさんに謝ってこないといけないからさ。これ」

「水。持ってきゃいいのか?」

「そう。よろしくね。また。好手柄ジァーホウ

「ああ」


 廊下で別れて、だいたい反対の方向へそれぞれ行く。会ったときの気の抜けた様子は気になった。

「悪い子ユラン」「利かぬ坊のユラン」、とかいう意味のタィ・ユランの名は伊達ではない。幼馴染や友人の心配もまっとうにするやつだが、反面、そうでありながら親の目を盗んで家の金をくすねるようなやつ(うわさだ。かぎりなく事実に近いようだが)だ。気をゆるしてはならないところは、気を許してはならない。また「これをする」と反射したら、機会を実行に移してしまう手の早さもあり、抜け目ないほうであることは、ヨハナも知っている。


(あんなぽかんとした顔、見たことあったかな)


 しかし、聞かなかった。

 それは、ヨハナ自身、気を許す、許さない以前に「深く関わり合いにならないでよいなら、しない」といういましめがあるからでもある。あと、もともと相性がよくなく、エン、ユラン、ヨハナ、テスズというのは、昔からの遊び友達でもあるが、なにかとユラン、ヨハナは小さな口喧嘩が多かった。

 今は母親、父親とも折り合いが悪いというし、今のユランは何を考えるのかわからないところがある。

 なので、口をきくときは気やすくできるが、いざというと聞かないという選択をとってしまう。


(まあ、あんなやつ知らないけどさ)


 薄情に思って、門で取り次ぎをやっているカイニー・フロンスのところへ行く。カイニーは、やせて顔の白い老年の男で、「焼け白じい」とか、「夜おんなのカイニー」とか言われる、細い体の人だ。

 若い頃はもてたらしくて、夜おんな、と言われているのも、たんにその店によく通って、女たちに混じり一見みわけのつかないところからついた……と、黒市歩のドンテン・トンなどが言っている。

 今は年寄って、赤呑みの詰所に出てくる眼光するどい老人である。

「ん。来たか」と、ヨハナを見て、しぶい口ひげを動かした。腕まくりした腕は枯れ木のように細くはあるが、これが見た目よりずっとひきしまっているのは、ヨハナも知っている。


「カイニーさん。さっきはその……」

「ああ。次から気をつけりゃいいさ」


 ヨハナが開口一番謝ったので、カイニーは肩をすくめた。今日は口うるさく言わないようだ。

 もっとも、カイニーの説教というのは言葉少なく、言われたほうが効果的に痛烈というのを、的確で淡白に、かつ若干の皮肉をきかせて言う。

 若いころ女遊びに精を出したおかげだ、と、商会長などは笑って言うが、ヨハナとしては内心、ほっとするのみだ。

 ヨハナはついでに聞いた。


「セソンさんはこっちに来てますか?」

「いや。医者からは帰ったんじゃないか? やっこさん、肩が斬られたくらいじゃびくともしないだろうが……しばらく剣は振れないかもな」

「ありがとうございます」


 カイニーに頭を下げて、そそくさとヨハナは、詰所の中に戻った。セソンの居所は、あとで聞けばよい。

 赤髪の男について聞かなければならない。ヨハナは、女性用の着替え処にしている部屋に入り、着替えをつめた皮袋を開けた。





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