8.白き英雄
メイアたちがオリウェンセに到着した頃には街は帝国に蹂躙されつつあった。その光景にメイアの胸が締めつけられる。
(間に合わなかった……!)
メイアは顔を顰めながら操縦桿を強く握りしめた。
港には帝国の巨大艦船を止めようとした王国軍の艦船の残骸が散乱している。大破着底し、半ば海に沈んでいる船体。黒煙を上げながら炎上している艦。赤く濁った油が波間に漂い、まるで血の海と化していた。
それでも、彼らは掲げた我らが国旗だけは決して水面に浸からせなかった。
無残に破壊された港と崩れ落ちた街並み。焦げた臭いが鼻をつく。ほんの数時間前までは人々が行き交っていたであろう大通りも石畳が捲れ上がり、道端には力尽きた人々の姿もあった。
『アクトバーン少尉はスタニック曹長と共に市街地へ向かえ! 私とクロンフォード軍曹は敵の艦船を狙う。これ以上、奴らの好きにさせるな』
『『『了解!』』』
メイアは実戦経験が豊富なアイエン・スタニックと共に砲撃音がする市街地へ急行する。
『ここは俺が先行する。少尉は周囲の警戒を』
『了解』
街には破壊された王国軍のランギスの残骸がいくつも横たわっていた。見た限り、標準の装備はしているようだった。
メイアが考えを巡らせる前に事態は動く。
『熱源を確認! 間違いない。帝国の野郎共だ』
レーダーで前方に敵の反応が確認される。場所はオリウェンセ基地を指していた。しかし、その反応にふたりは違和感を覚える。
『二機……いや、三機か? だが、この反応は──』
『一機の識別は王国軍で間違いありません。ですが、これはランギスではない……?』
王国軍のものではあるはずなのに、ランギスとは異なる信号。
突如、レーダーに映る敵影が一機、姿を消した。
基地の敷地内で帝国のレイストであるオウリーヴァが胸部を貫かれて崩れ落ちるのが見えた。
『あれは……』
その声を漏らしたのはアイエン。
倒れたオウリーヴァの先、黒煙が風に流れる。そこにいたのは──白だった。瓦礫と化したオリウェンセには不釣り合いなほどの陽光の如き純白。
『白い……レイスト?』
今まで見たことのないはずの純白のレイスト。漆黒のオウリーヴァでも灰色のランギスでもない。
だがメイアには微かに見覚えがあった。それはかつて見たあの悪夢。その詳細を思い出す前に事態は動く。
白いレイストがブレードをオウリーヴァから引き抜こうとしたとき、背後からもう一機のオウリーヴァが動き出す。
オウリーヴァはブレードを抜くと、そのまま白いレイストに振り下ろそうと接近する。
白いレイストが接近に気づいたときにはすでにオウリーヴァはブレードを振り上げていた。
だが、その凶刃が振るわれる前に、メイアの駆るランギスはブレードを白いレイストがいる方向へ投げつける。
刃は白いレイストの真横を通過し、オウリーヴァの胸部へ突き刺さる。
咄嗟の判断だった。オウリーヴァを倒していたという状況もあるが、なぜか白いレイストからこちらへの敵意を感じなかった。
轟音を上げながら後ろに倒れるオウリーヴァ。それから視線を離さないメイアはカービン銃を構えながら白いレイストに駆け寄る。
『そこの白いレイスト、わたくしは王国軍所属メイア・アクトバーン少尉です。これより援護いたします』
白いレイストからの返答はない。無視か、あるいは。
『おいおい、一人で突っ込むなっての』
少し遅れてアイエンも合流する。
『スタニック曹長、そのレイストが王国軍の識別の機体です! 状況から見ても、おそらく味方かと』
『おまっ、それで突っ込んだのか!?』
そんな喧騒の中、白いレイストの視線は先ほどメイアによって倒されたオウリーヴァに向けられていた。
メイアは倒れたオウリーヴァからブレードを引き抜くとオイルを払い、鞘に収納する。
『で、その白い奴は一体……っと、それどころじゃないか』
アイエンが白いレイストに視線を向けた直後、レーダーに新たな熱源が五つ確認される。
『味方じゃ……なさそうだな』
アイエンはアサルトライフルを強く握る。現れたのは五機のオウリーヴァ。
『くっ、まだこんなにいるのかよ。少尉、気ぃ引き締めろ』
『了解』
後ろでは白いレイストも敵から奪ったと思われるアサルトライフルを構えている。アイエンはそんな白いレイストに声をかける。
『あんたが味方かどうかは知らねえ。だが、オウリーヴァをやっつけてるところを見る限り、どうやら敵ではなさそうだ』
白いレイストは無言を貫くが、メイアとアイエンと肩を並べる。
『……クールだねえ』
『敵、来ます!』
オリウェンセ基地にて激戦が繰り広げられる。三対五かつ、ほぼ同じ性能差の量産機同士の戦い。普通ならば数が多い方が有利だろう。しかし勝利の女神が微笑んだのは王国側だった。
『……あの白いレイスト、動きが別次元じゃねえか』
『機体の性能もありますが、パイロットの技量も相当ですわね』
白いレイストはまるで踊るかのように軽やかに戦場を駆け巡る。今までのレイストを超越するスピード。
敵は白いレイストの動きについてこれず、視界から外されては弾丸を叩き込まれた。
速攻で味方一機が落とされたオウリーヴァたちは囲い込んで迎撃しようとする。だが白いレイストに気を取られている間にメイアとアイエンによって各個撃破されてしまった。
敵の沈黙を確認すると、隊長のマークス・ノリスから無線が入る。
『港の制圧は完了した。敵艦船の一部には離脱されたが、二隻を撃沈、一隻を拿捕することに成功した。そちらはどうだ?』
『あー、こちらスタニック。上陸した敵の撃破に成功。念の為、索敵もします。あと、その……』
『どうした?』
『白いレイストがいるんですが、どうしましょう?一応、敵ではないっぽいんですけどね〜……』
『はあ?いや、待て。一旦合流するぞ。話はそれからだ』
やがて敵が壊滅したことが判明すると、メイアとアイエンはマークスたちと合流する。その間も白いレイストは大人しくメイアたちについてきていた。
『で、それが例の白いレイストか?』
隊長のノリスが白いレイストに視線を向けると、すでに武装をしまっているようで敵意は無さそうだった。
『返答がない。無線の不調か?申し訳ないが、コックピットを開けてもらえるだろうか?』
返事がないことを不審に思ったノリスはそう要求すると、駆動音と共にゆっくりと白いレイストのコックピットが開く。
一体どのような武人なのだろうか。誰もがそう思っている中──
「あ、あははは……勝手に乗って、ごめんなさい?」
現れたのは無骨な軍人ではなく、黄色い洋服を着たひとりの少女だった。
『……これは、驚いたな』
『てか民間人!?』
想定外の正体に皆が動揺している中、ひとりだけ無言のまま表情を強張せている人物がいた。メイアだ。
(そんな、まさか……彼女は、もしかして)
背筋が冷たくなるのを感じる。
白いレイストから現れた少女にメイアは見覚えがあった。それはジョシュアの写真に写っていた少女でもあり、朧気なあの悪夢の記憶の片隅にもいた。
英雄アリス。
メイアが見た夢の世界において王国の救世主で、悪役令嬢だったメイアに妬まれた──あの少女だった。




