7.海より来たれり
メイアらの奮闘によって、ブロングマン辺境伯領周辺の街の奪回は着実に進んでいた。しかし物量で勝る帝国の侵攻は止まらない。
帝国は隣接するブロングマン辺境伯領方面だけでなく、南西部方面にも兵力を展開し始めていた。
「なんとかいくつかの都市は奪回できたが、帝国の動きも早いな」
マークスの言葉に隊員たちも頷く。
「それに南西部ですか。厄介なところを突きますわね」
「ああ、王国の南西部から南部は大海に接している。その沿岸部にあるオリウェンセは王国随一の港街だ。もしここを攻められると王国としても痛手となる」
とは言ったものの、メイアたちは実働部隊のひとつに過ぎない。司令部の指示なくては勝手に出撃は許されない立場だった。
「アクトバーン少尉、少々お時間をいただけますか?」
ガロンティスに駐留中のメイアは基地で資料を読み漁っていた。紙をめくる音だけが聞こえる中、背後から声がかかる。振り返ると銀縁の眼鏡をかけた、やや小柄な青年が立っていた。
「大丈夫ですわ、エスカーソン一等兵」
「ありがとうございます。実は先程少尉が要望していたレイスト用カービン銃が届きました」
レイストの整備士でもあるジョシュア・エスカーソンの報告にメイアは少し驚く。
「あら、早いですわね。新兵の要望なんて通らないと思ってましたが」
「少尉は期待のエースですから。それにノリス少佐もカービン銃を要望していたようですよ」
「なるほど、隊長も……」
ジョシュアは書類をメイアに手渡すが、その表情は曇っている。
「……やはりカービン銃を要望したのは市街地戦を意識してのことですか?」
「ええ、今後は市街地での戦いも増えてくるでしょう。アサルトライフルより取り回しの良いカービン銃の出番は増えると思いますわ。隊長も同じ考えなのでしょう」
「帝国に奪われたままの街もありますからね……」
なんとなく気まずい空気が流れる。ジョシュアとは特別親しいわけではないが、こんな空気で資料を読めるほどメイアも鈍感ではない。
「そういえば、エスカーソン一等兵のご出身は南西部でしたわね?」
「ええ、オリウェンセの出身ですよ」
「ああ、あのオリウェンセ。魚料理が有名とは聞きますが、行ったことはないですね。どういう街ですの?」
メイアが尋ねると、ジョシュアは少し得意げにオリウェンセの街について語りだす。
「基本的には賑やかな所ですよ。貿易が盛んということもあって色々な国の船もやってきますし、街の人たちも良い人ばかりです」
「そうなのね。わたくし、今まで公爵領か王都にしかいなかったから、戦争が終わったら訪ねてみたいわ」
「是非来てください。いい街ですから」
そう言ってジョシュアは胸元から端が擦り切れた一枚の写真を取り出す。そこには港を背景に男女数人が写されていた。
「これ、僕が軍に入る前に撮ったオリウェンセの写真なんです。恥ずかしながらお守りとして手放さずにいますが」
「良いではありませんか。綺麗な風景ね。写っているのはご友人なのかし、ら……?」
メイアの言葉が不自然に途切れる。ジョシュアはどうしたのかとメイアに視線を向けると、彼女は酷く動揺しているように見えた。
「……少尉?」
「ごめんなさい。この少女はお知り合いかしら?」
すでにメイアの表情から動揺の色は消えていた。しかしどこか表情が強張っている。彼女の瞳の先には記憶より幼いが、間違いなく見憶えのある顔があった。
「えっ、この子ですか? この子は僕の年下の幼馴染です。名前は──」
その名前を聞く直前、基地内に甲高い警告音が響き渡り、赤い照明が周囲を照らす。メイアはすぐ資料を鞄にしまうと、次に続く無線に注意を傾ける。
『オリウェンセ基地より救援要請! 各員、至急持ち場へ集合せよ』
「オリウェンセが? 嘘だ、まだ帝国も南下し切っていないって話じゃ……」
ジョシュアの顔色が青く染まる。明らかに動揺していた。
「エスカーソン一等兵! 落ち着きなさい、今はそれぞれの持ち場に行くことが先決ではなくて?」
「……すみません。取り乱しました。少尉の言うとおりです。すぐに持ち場に向かいます」
「気休めにもならないけど、まだオリウェンセが襲われたとは限らないわ」
「ありがとうございます」
ジョシュアは力のない笑みを浮かべて足早に持ち場へ向かっていく。メイアも彼を見送ることなく、ブリーフィングへ向かう。
「メイア・アクトバーン、到着しました」
メイアがブリーフィングをおこなう一室に着くと、マークス率いるノリス隊の面々が続々到着する。
「皆、集まったな。オリウェンセ基地によると街が帝国の襲撃に遭ったとのことだ。嫌な予想ばかり当たってしまったな」
マークスが端的に状況を説明すると、隊員たちは困惑の表情を浮かべる。帝国の戦線は南西部に伸びてはいたが、まだオリウェンセとは距離があったはず。陸路から攻められたとは考えづらい。
「基地は海からの襲撃にも警戒していたはずです。艦船も配備されていたと聞いています」
「どうやら敵は海から攻めてきたようだ。それも多数のレイストがな」
「馬鹿な、レイストが海を渡ってきたと!?」
隊員のひとりであるダニエル・クロンフォード軍曹が思わず声を上げる。
「ああ、レイストを搭載可能な巨大艦船が数隻確認された」
一同の息を呑む音だけが室内に漏れる。
この世界においてレイストは陸での運用が基本。更にはレイストを搭載できる艦船は未だ存在していなかった。少なくとも今までは。
帝国の開発力は王国の更に上を行っていたのだ。皆の表情に緊張が走る。
「私たちはこれからオリウェンセに救援に向かうことになった。残されている時間は多くない。すぐに出撃の準備を進めるぞ」
「「「はっ!!!」」」
細かなやりとりの後、隊員たちはそれぞれのレイストに乗り込み、準備を進めていく。
メイアも愛機であるランギスのコクピット内で出撃の瞬間を待っていた。
「まさか、いきなりカービン銃の出番がくるなんて。それにしてもレイストを搭載できる艦船だなんて帝国は末恐ろしいですわね」
いきなり市街地戦になることに思わずメイアも溜息をつく。
オリウェンセも十分な戦力はいただろうが、海から複数のレイストに襲われるのは想定外だったかもしれない。
そんなメイアのもとに無線が入る。
『アクトバーン少尉、エスカーソン一等兵です。ランギスのシステムチェック、オールクリア。いつでも発進できます』
『了解。感謝しますわ』
『……どうか、オリウェンセをよろしくお願いします』
メイアはどう答えるべきか悩んだ。マークスの情報どおりなら戦況は極めて厳しい。最悪の事態も頭に入れておく必要があった。けれど、故郷を想う青年の願いを無碍にすることはできなかった。
『約束は、できません。ですが、最大限の努力はいたしましょう』
そう言い残して無線を切る。その表情は険しさが浮かんでいた。
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