40 引っ越しと新しい日々
私にとって一人暮らしとは、父の呪縛から逃れ、好きなモノも自分で選べてコーディネートもできるし、最高のイベントである。やっと少しだけ自由になれるので幸せだ。
ピアノのレッスンは出来なくなるけど、続けてねと先生に言われた。一人暮らしを始めてお金が貯まったら、電子ピアノを買うつもりでいる。
ホームシックになっている専門学校の友達もいたが、自分には全く縁のない話だった。
ユウは引っ越しの日から、一人暮らしをする上での注意点を教えてくれた。
鍵は必ずかけること、ドアのチェーンをかけること。洗濯物は外に干さない。
地図を広げるように言われ、荷物の中から引っ張りだして広げると、ユウは指をさしながら話していった。
夜道は振り返りながら気をつけて歩くこと。
帰り道での注意点、ここの道は危ないから遠回りしてでも、人気のある道を歩けとか。明るいときに、家の付近の全ての道を把握しておけとか、交番の場所を実際に行って確認しておけとか、誰かにつけられているときは携帯電話で誰かと話しているふりをしろとか。
物凄く細かくて、ちょっとうんざりした。親より細かいんじゃないかな。
亮太とは離れて寂しいけれど、忙しさが寂しさを誤魔化してくれている。
ゴールデンウィークには一度帰ってきてくれることになった。家にも遊びにきてくれるらしい。一緒に札幌観光をして、料理は全然得意じゃないけど、何か作ろうかなと思っている。
ゴールデンウィークが過ぎて、祖父が亡くなったから3ヶ月が経つ頃。
神主さんから紹介されていた神楽さんという女性と会って話すことになった。
神楽さんと仕事のパートナーをしている御影さんと言う男性と指定された喫茶店で待ち合わせる。
神楽さんはとてもフランクで明るい人だった。
御影さんも恰幅がよく穏やかな感じの男性。
「まだ18歳なのーピチピチじゃん」弾けるような笑顔で話す神楽さん。
2人とも祖父に会ったことがあるらしい。
「芹沢さんのお孫さんなのかー」
「似ていらっしゃるね」
「似てますかね……」
祖父とは何度か仕事を一緒にした事があると話してくれた。基本的には一匹狼のような祖父だったので意外だった。
「祖父ってどんな人でしたか? 亡くなる前の数年は話す機会も少なくて」
祖父の印象は寡黙、冷静、仙人みたい、ちょっと近寄りがたい、お清めの仕事の達人だった、らしい。
「お祖父様がいつも見守っててくれてるもんね」と神楽さんは言った。
「私には見えないんです」
「親族だからね」
そうゆうものなのか。2人はいるよと言ってくれるが、私には全くわからなかった。
神楽さんはまずお清めの仕事について話してくれた。
こんなところで大きな声で話しても大丈夫なのかと思っていると、「安心してね。ここは私達みたいな人が専用に使う喫茶店なんだよ」と言った。
「たまに迷って一般人も入ってきちゃうけどね」と言う。ふらりと立ち寄る人も、こっち側の人間である可能性を秘めているんだとか。
私は初心者見習いなので、お二人について助手のようなことをする立場らしい。ちゃんとアルバイト代も払われるという。
基本的にペアで行動するようにしてる(何かあった時の為に)そして危険すぎるところには連れて行かないと神楽さんは言った。
単独行動の人もいるらしいが、実力のある経験者に限るという。ちなみに祖父は単独でも行動していたらしい。
亡くなった人の部屋や、ビルや屋敷に住んだり、潜入したり、張り込みをしたり、依頼によって様々なのだとか。
「探偵みたいですね」
「そうね! そんな感じ」
何かあった時は神社、大きいところから小さい所まで何処でもいいから、とにかく鳥居を潜るようにと言われた。
そしてもう一つは拠点になっている喫茶店に駆け込むことと教えてくれた。札幌にはここを含め3ヶ所ほど、同じような喫茶店があるらしい。
学業優先であること、祖父が亡くなってから日が浅いことから、夏休みごろからお清めのアルバイトする事になった。
引っ越してきてからしょっちゅう六花から連絡が来る。どうやら家がやばいらしい。
6月下旬には妹からヘルプ要請がきた。
私がいなくなってから、父は母を罵り始め、フルボッコ状態で家に居たくないとのこと。
手を挙げられたりはしていないものの、聞くに耐えないような事を言われているらしかった。
「お母さんが作る焼きそばにね、具がないの!料理もね味もないときがあるの!怖くない?」という六花。
それは確かに普通じゃなくて、怖い。
「おねーちゃん、帰ってきてよ」
「すまん、それは無理だ」
「おねーちゃんがいないと、家めちゃくちゃなんだよ」
「うん」
「お母さん、全然笑ってくれなくなっちゃったんだ」
「だから、別れればいいのに」
「そう言ってるんだけどさ……。何話しても上の空って感じでさ。家出たい、マジで」
時々は帰るし、夏休みも帰るからと話をした。六花はあと一年弱で家を出られる。母の事は心配だし助けたい気持ちもあるけれど、本人にその気がないなら何も手立てはない。酷いようだが、何を言っても行動できない人にこれ以上かまいたくない。
夏休みに泊まりに来たいという六花は、電話の向こうで泣きだしていた。
「お姉ちゃんが居なかったら、自分はどうなっていただろう」
「うん……」
「絶対耐えられなかったと思う」
「うん、札幌遊びにおいで」
「それまで頑張る」
「あと家で過ごすのも一年ないよ。頑張ろう」
自立するまでは、我々のような弱い立場の人間は耐えるしかないのだ。




