(7) *冒頭、虫等、閲覧注意
暗い通路の向こう側からは、やっぱり何も音はしません。
ケニーさんを先頭にして慎重に歩いて行くと、少し先に、壁にもたれかかって座り込んでいる人影がいくつも見えました。
やはり村の人達は、ここに避難していたのでしょうか?
その人達がゆっくりと立ち上がったのを確認できたので、無事であったのだと安堵しました。
でも、灯りに照らされた顔が浮かび上がって見えた時、
「ひっ」
口から小さな悲鳴がもれていました。
その人達は、どう見ても、生きている人間には見えなかったのです。
目は白く濁っていて、皮膚は明らかに腐敗しています。
立ち上がった衝撃で、腐敗していた顔の皮膚が剥がれ落ちて、その下には、朽ちた皮膚に張り付くように、白く小さな虫がびっしりと蠢いていて……
ガタガタと震えて、正気を手放して今にも叫びそうになって、
「逃げろ!!」
「下がれ、ステラ」
鋭く発せられたケニーさんの警告の声と、ディランさんに手を引かれた事で辛うじて正気を保つと、急速に距離を詰めてきた者達がこっちに近付いてくるのを全力で拒む為に影で縛り上げて、今通って来たばかりの通路を引き返して階段を駆け上がっていました。
最後にケニーさんが飛び出して来たところで、ディランさん達が二人がかりで重い鉄の扉を閉めて、再び鎖をぐるぐる巻きにします。
「今のは何だったんだ……」
ケニーさんの呟きを聞きながら、嫌な汗が流れていました。
さっきの者達がまだ追ってくる様子はありませんが、遅れて恐怖に襲われて、床にへたり込んでしまいます。
ディランさんも、ケニーさんも、顔を強張らせていました。
ディランさんが私のそばに片膝つくと、手を握って肩を抱き寄せてくれたので、それで、少しだけ落ち着けます。
でも、まだ、体は小刻みに震えていました。
あの姿を見て、根底から恐怖を呼び起こされていました。
「また、君に助けられたみたいだ」
ケニーさんからありがとうと言われましたが、私も無我夢中でした。
朽ちた者達の手が迫っていたのに、そこから一歩も動かずに私を庇うような動作を見せた、ケニーさんにこそお礼を言いたいものですが、まだ、動揺して言葉がつまって出てきませんでした。
プルプルと首を振って答えます。
「さっきの地下通路がそのまま伸びているのなら、この先は教会に繋がっている」
「教会側にも出入り口があるのなら、そこをとりあえず封鎖しないと、あの得体の知れないものが野放しになってしまうぞ」
さっきの存在が、村の中を徘徊して回る光景を想像して、泣きたくなります。
「大丈夫か?ステラ」
こくこくと頷いて、自分が知った事をなんとか話しました。
「魔力が、感じられました。何かしらの魔法使いが絡んでいると思います。上の階に落ちていた人形と同じ気配の魔力でした」
無意識のうちに、自分の鞄に触れます。
今はもう、ただのお人形ですが、この子と先ほどの人達は、いったいどんな目に遭ったのか。
「ケニー。こんな状況になっている以上、あんたを信用して、俺達がここに来た経緯を話す。俺はグリース王国の騎士団に所属している。ステラは同じく、魔法士団所属の魔法使いだ。数日前に、ケイティの弟、ネッドが呪物を体に巻きつけられた状態で王宮に置き去りにされた。その呪物は爆発するものだった」
ケニーさんは、とても驚いた顔をされていました。
「幸い、誰も、ネッドも含めて怪我人が出る前に処理された。ネッドは話ができないように呪いをかけられた上で、姉を人質に取られていたらしい」
「なんだ、それは。言っておくが、バッファルケルンはそんなの物騒な事に一切関わっていない。ネッドは本当に無事なのか?」
「手荒な事はしていない。傷付けていない。言った通りに、保護しているから安心してくれ」
「グリースの冷静で、且つ人道的な対応に感謝する」
「俺達は、調査のためにここに訪れた。少し前に、グリースとドルティエルとで起きたゴタゴタは耳にしているか?」
「ああ」
「その時に、グリース王国内に薬漬けにされた病人が解き放たれた。彼らは病態が進むごとに凶暴化し、他者を襲う。その体が朽ちても、しばらくは動き回り、やがて周囲の環境にも影響を与える」
「地下通路にいた者達がその成れの果てだと言うことか?」
「おそらく、同じものが使われたのではないかと考えている。村で妙な実験が行われていたと、ネッドが話していたらしいな。日記に書かれていたことと一致するが、ステラ、対処できそうか?」
「無理です。奇妙な魔力が蓄積された場所、先ほどの地下通路がそうですが、だいたいは呪いの成れの果てで、そこが魔窟となって、どこからか彷徨ってきた死者が徘徊する場と化してしまいます。その場で命を落とした者を取り込んでいき、周囲の環境を激変させてしまいます。今はまだ、地下通路の閉ざされた場所内だけに影響を留めていますが、それは呪いを解呪するのとはまた別の、教会で修行を積まれた聖職者の方か、光属性の魔法使いさんの手によって浄化される必要があります」
「そうか……」
私の言葉に、ケニーさんは、何かに思い至ったのか、思案する仕草を見せました。
「それならば、今から、光属性の魔法使いの応援を呼ぶ。この辺一体は浄化が必要なんだな」
バッファルケルンにも光属性の魔法使いさんがいるのですね。
「ディランさん。ドルティエル王国で使われた薬と同じものがここで作られていたのでしょうか?普通の製法ではないもので、お姉様は錬金術と呼んでいましたが」
お姉様が作ったお薬は変化した体内の状態を元に戻すものだと仰っていましたが、命が失われてしまったのであれば、もう、元に戻すことは叶いません。
安らかな眠りを与えてあげることしかできません。
「第三段階が過ぎて、命が燃え尽きても、体を無理矢理動かされているのか」
ディランさんのうんざりだと言いたげな言葉に、エレンさんが楽しそうに言っていたのを思い出しました。
死んでも働かされる薬だと。
ここまで話したところで、カン、カン、と鉄の扉に何かがぶつかる音が聞こえて泣きたくなりました。
鎖でしっかりと閉じられてはいますが、ずっとここにいるわけにはいかないようです。
「君達の方が、なんだか色々詳しそうだね。よかったら、おじさんにも情報を提供してもらえると助かるけど」
ケニーさんの要請を受けて、ディランさんが、ドルティエルとの国境で起きた事態を、わかりやすく説明していました。
あの時に起きた事は、グリースだけの問題ではなくなったようでした。




