(2)
バッファルケルン行きが決まった30分後には、私達の出立準備は整っていました。
「はい、ステラちゃん。これ、おすすめの観光名所よ。国境近くの町をピックアップしておいたから、最初に寄るといいわ」
「あの、お仕事に行くのですよね?」
「カモフラージュのためよ」
ふふっと笑うエレンさんは、観光地の情報が書かれた小さな手帳を、私の手にポンと乗せました。
「ギデオンには私から報告しておくからね。ディラン、頼んだわよ!行ってらっしゃい!」
「事後報告か。後からめんどくさいことになるぞ」
やれやれと、背後に立つディランさんからため息が聞こえました。
「行くぞ、ステラ」
さっさと歩き出したディランさんに、慌ててついて行きます。
グリース王国の国境にある領地まではゲートを利用して、そこからはお馴染みの軍馬に乗って移動します。
「ところで、軍馬って目立つのではないでしょうか?」
一緒にゲートを通過したイギーを見上げました。
「適度に目立っていいんだ。それなりの身分の者が観光しているからと、気を利かせて見て見ぬ振りしてくれるのがほとんどだ。それに、グリース側の町で馬車に乗り換えるから心配しなくていい」
「わかりました。今日もよろしくお願いします。イギー」
イギーの背中を撫でながら、ふと思い出した事がありました。
以前見かけたお姉様の乗馬姿は素敵だったなぁと。
ドレスを着ていても、サイドサドルで乗りこなして。
「私も乗馬の練習をしてみたいです」
自分一人では乗れないので、今日もディランさんの後ろ側に座る事になりました。
大きなこの子じゃないと、二人乗りはなかなかの負担です。
「この用事が終わったら教える。だが、今はしっかり掴まってろよ。出発する」
馬上に上がると、落馬しないようにディランさんの腰の辺りにギュッとしがみつきました。
ディランさんはそれを確認すると、すぐにイギーを走らせます。
ものすごい勢いで景色は流れて行き、いったいどんな旅になるのかと思いを馳せていたものですが、イギーとの移動が終わってしまうのもすぐのことでした。
少しだけ残念に思いながらも国境の町でイギーを預けて、そこから関所を通ってバッファルケルンに入国するまで、私はずっとディランさんの後ろにいるだけでした。
手続きの何もかもをディランさんが行ってくれるので、ボロが出ないように、私は大人しくしているだけでした。
ディランさんからは、世間のお嬢様は自ら何かをしないので何もしなくていいとは言われていました。
入国の際に使用した私の身分証明書にはタリスライト出身と書かれており、それはシリルにぃ様の手を借りて発行されたもののようです。
なので、入国して少しの間は私も気楽なものでした。
初めて訪れる他国の町を楽しむ余裕はあって、どこがどう違うとは上手く説明できませんが、見慣れない街並みに気分は高揚していました。
足は目的地に向かいつつも、意識は少しだけ観光気分でいました。
好奇心を生む異国の街並みの中を、一台の白い馬車が走っていくのが見えました。
派手な装いではありませんが、品があって目を惹きます。
「ステラ、どうした?」
思わず足を止めて目で追っていたものだから、ディランさんが私の方を振り向きました。
「綺麗な馬車だなぁって」
「……神殿騎士団のものか」
特に紋章などは描かれているわけではないのに、ディランさんにはすぐにわかったようです。
「神殿騎士団?」
「バッファルケルンには国に忠誠を誓う王立騎士団と、聖教会所属の神殿騎士団がある。政教分離に努めるためにも二つの勢力を拮抗させているそうだ。どちらかに権力が偏らないようにするためだ。それで、あの馬車の車軸と車輪の造り。あれは聖教会特有のものだ」
聖教会は、グリース王国内にも信徒の方々が大勢います。
なので、その信仰の中心地がバッファルケルンにあるという感覚です。
「えっと、光の女神と闇の男神が柱となって世界を支えている。私達の世界は光と闇の恩恵によって営まれている。だから、光属性と闇属性の魔法使いは教会では神聖視されている」
ここに来るまでに予習したことです。
「ちゃんと理解していたな」
私は闇属性なので、それが信仰の対象として神聖視されるというのが不思議な思いでした。
それでどうして馬車をみつめていたかというと、見た目が綺麗なだけじゃなくて、あの馬車から気になる気配を感じていました。
なんだか、心地よい魔力というのか。
エレンさんを思い出します。
エレンさんの光属性の魔力は、私と相性が良いのでいつも居心地良く感じていました。
「あんまりジロジロ見ていると、異端審問官がやってくるぞ」
それを聞いて、慌ててディランさんのそばに行きました。
トラブルは遠慮したいです。
次はどこへ向かうのか、ディランさんを見上げました。
言葉にしなくても私の聞きたいことが伝わったのか、それはすぐに教えてもらえました。
「目的地の村の近くを通る商人の馬車があるらしい。交渉次第で乗せてもらえそうだから、こっちだ」
私がキョロキョロしている間に、ディランさんはもう目的地までの移動手段を確保していたようです。
ディランさんは建物一つを見ただけでもすぐにいろんなことを把握してしまうので、私一人でここに来ていたらどうなっていたか、ゾッとします。
そうして向かった先は、商店街の一角でした。
すでに荷物を積み終えた馬車がお店の前に停まっていて、ディランさんが持ち主の商人さんと交渉しています。
それで、無事に乗せていただくことになったのですが、馬車は商用のもので、荷台の後ろのさらに後ろに腰掛けて、足をブラブラさせながら進んでいきました。
ゴトゴトと揺れる中、振り落とされないように端っこの方を掴んでいましたが、隣に座るディランさんは抜群の安定感で平然と座っていました。
「転げ落ちて置き去りにされないように、支えてやろうか?」
私がしがみついてオタオタしているのを面白がっているのか、その言葉には随分と意地悪い含みがあるように思えます。
実際に、ニヤリと笑ってこっちを見ているので、抗議の視線を送ります。
「しっかり掴まっておくので大丈夫です」
「そうか」
ちょっとだけ残念そうにしてみせても、私は騙されません。
ディランさんの言葉に甘えて支えてもらっていたらどうなっていたか。
私だけが意識して、赤くなったり熱くなったり緊張したりしているのを、面白がって観察されていたことと思います。
そんなのはこっちが恥ずかしくなるだけなので、まだまだ続く二人旅で、心臓がもちそうにありません。
そういえばと、イギーに乗っている時だって当たり前のようにしがみついていたけど、今さらながらに思い出してしまえば、それはとんでもないことでした。
顔をパタパタと手であおいでしまいます。
浮かれていないでこれからが本番なのですから、変なところに意識を持っていかれないように、気を引き締めていなければならないと思っていました。




