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(1)

 王都に雪が降ることはなくなり、春の兆しが見え始めた頃。


「わざわざ呼び出してすまない」


 目の前に立つのは、第二部隊の隊長さんであるエドガーさん。


 騎士団のとある建物の入り口で待っていました。


 眉間に苦悩が見えるような、とてもとても深いシワを寄せています。


 本日は私に頼みたい事があるからと言われて、騎士団のこの建物を訪れていたのです。


「エドちゃんは真面目な堅物だから、ステラちゃん安心して。むさ苦しい場所に呼び出されて緊張するでしょうけどぉ」


「大丈夫だと思います」


 エレンさんと、エドガーさんは、古くからの知り合いだそうですが……


「君には、参考人から話を聞いてもらいたい」


 エドガーさんは、エレンさんを無視して私に話しかけてきました。


「私にできるでしょうか」


 いわゆる尋問は、初めての事です。


「普段なら、口を割らないようなら多少強引にでも聞き出すのだが、今回は相手が厄介でね」


 エドガーさんに案内されて建物の廊下を歩いていくと、奥まった場所にあったのは第二部隊が管理する取り調べ室です。


 室内を見ると、椅子にぐるぐるに縛られた男の子が座っていました。


 笑うと可愛らしいであろう茶色の瞳が、キッと睨みつけています。


 茶色のボサボサの髪を見るに、随分暴れたのではないでしょうか。


 年齢は……8歳くらいだと思います。


 私とエレンさんが取調室に入ると、男の子を見張っていた二人の騎士さんが、入れ替わりで部屋から出て行きました。


「とにかく暴れるだけで何も喋らない。歳も名前も。こちらとしてはお手上げだ」


 エレンさんは、楽しげに男の子を見つめました。


「あらー。エドちゃんで良かったわねぇ。中には、好んで子供を痛め付ける輩もいるから。ステラちゃんに優しく喋らせてもらいなさい」


「俺は何も喋らないからな!」


 なるほど。


 断固として話さない。


 男の子の意志は固そうです。


 男の子を少しだけ観察して、ちょっとだけ考えて、


「俺に触るな!!」


 頭をなでなでしました。


 その途端に、パリンっと何かが割れる音がしました。


「今の音は?」


 エドガーさんは辺りを見回しています。


「やーん、ステラちゃんさすがね。すぐに呪いを解くだなんて」


「呪いだと?」


「何も喋るなって、呪いをかけられていたのでしょうね。秘密を喋ると、命はないぞって。首がふっとんで死ぬのは怖いものね」


 脅すように話すエレンさんの言葉には、苦笑いが浮かんでしまいます。


 私はできるだけ怯えさせないように、男の子に声をかけました。


「もう大丈夫なので、話してもらえますか?えっと……何を聞きたいのでしょうか?」


 後ろに立つエドガーさんを見ました。


「誰に命じられたか。あとは名前と出身地、家族」


 申し訳ないと思いながらも、言葉に魔力を乗せて、男の子の目を見つめて話しかけました。


「貴方に頼み事をしたのは誰ですか?名前とどこから来たのか教えてください。家族はいますか?私の質問に全て答えてください」


 直後、男の子はペラペラと喋り出しました。


 信じられないといった顔をしながら。


 男の子の名前はネッド。


 南方に接するバッフェルケルン王国の出身。


 連絡が取れない家族に会いに行ったら、見知らぬ男に拘束されて、何かを体に巻き付けられて城の前に放置されたそうです。


 その巻き付けられていた物が爆発する呪物だったので、ネッド君はここの取り調べ室にいるのですね。


 その時は騒然として、でも未然に防げて被害は出なかったので、ネッド君も無事で良かったです。


 それで、ミナージュ領とは反対側のバッファルケルン王国との国境を越えて、ネッド君は不法入国した事になります。


 もちろんそれはネッド君には不可能な事で、子供を犯罪に巻き込んだのは誰か、気になるところです。


 体に巻きつけられた呪物。


 嫌な事を思い出してしまいます。


 確かにあれも、魔女が関わった事以外で解決していないことがあります。


 誰が魔女に依頼したのか。


 断罪された伯爵家とは別に、関わった組織がドルティエル王国だけにとどまっていないのです。


「なるほど。君が巻き込まれたと言うことは理解した。君の身柄はこちらで保護するから心配しなくていい」


「このバケモノ!俺に何をしたんだ!」


 話し終えたネッド君は、私を睨み付けて、ボタボタと涙をこぼしていました。


「俺が喋ったら、姉ちゃんの命が危ないんだ!」


 何だかそれは、いつかの自分を見ているようでした。


「姉がどうしたんだ?」


 エドガーさんが、さらに尋ねました。


「姉ちゃんは、きっと悪い奴等に捕まっているんだ!」


 ネッド君は今度は自主的に話してくれました。


 お姉さんの名前はケイティ。


 とある村に嫁いで行ったけど、突然連絡が取れなくなって、その村とも交流ができなくなったと話しました。


 ネッド君を捕まえた男達は、村で奇妙な実験を行っていたようで、何かを喋れば姉を殺すと脅したそうです。


「実験……村の異変ねぇ……嫌な匂いがぷんぷんするわ」


「他国の事ではあるが、問題の村が国境にほど近いのは不安があるな」


「どうする?調べに行きたいけど、ゾロゾロと他国の国境を侵すのは簡単にはいかないわねぇ。不審を招きたくはないし」


「国家ぐるみで何かを行われている可能性も排除できない」


 エレンさんとエドガーさんがお互いの考えを話し合い、その間、私は男の子の涙を拭いていました。


 呪物を巻きつけられて怖い思いをした上に、今は家族のことで不安があると思います。


 エレンさんがクルッと体の向きを変えて、私を見ました。


「ステラちゃん。ディランと国外にデートなんてどう?」


 何故か、パチっとウィンクも見せます。


 その仕草がとても似合っていたのですが、


「は、はい?」


 言われた事は突然で驚きました。


 どうしてディランさんの名前がでたのか。


「この子に行かせる気か?」


「あらぁ。信頼できる護衛がいたら大丈夫よ。立派な玉持ちの上位魔法使いよ?」


「いや、だが、危険が……むぅ……ディランが一緒なら安心だろうが……しかし、未婚の男女が……」


「もう、いやねぇ、エドちゃんは。頭固すぎー。二人とも婚約間近なんだから大丈夫よ!それに男女の二人旅だから、怪しまれないでしょ?新婚夫婦とかでもいいんだけどぉ、お嬢様のお忍び旅とその護衛とか?」


 婚約間近などではありませんが、ディランさんが信頼できるのは確かです。


 男の子のお姉さんが気になるので、私が様子を見に行くことには異存はありませんでした。


「わかりました。私、バッファルケルンに行きます!」


「はい、決まりね。じゃあ、ディランに説明しに行きましょうか」


 ネッド君は再び第二部隊の騎士さんに預けられ、私達は演習場にいるであろうディランさんの元へ向かいました。


 同じ敷地内を少し歩いて移動すると、私たちの存在に気付いた第三部隊の騎士さん達の視線が向けられていました。


「ディランどこー?」


 エレンさんが軽い調子で声をかけると、倉庫の前で副隊長さんと話し込んでいたディランさんがこちらに気付いてくれました。


「どうした?この組み合わせは」


 ディランさんが私達の顔を交互に見る中、エドガーさんが代表して事情を話してくれました。


「なるほどな。俺は命じられれば何でもやるが、けどお前、また、面倒そうな事を頼まれたな」


 話を聞いたディランさんは腕組みをして私を見下ろし、特に表情を変える事もなくこの任務を受けていました。


「ステラ。南側で国境を面している国の事は知っているか?」


「えっと……バッファルケルン王国という名前と、グリースとは友好国くらいとしか」


「あの国の歴史は入試の範囲だったな」


「うっ……また勉強ですか……」


「知っておいて損はないだろ。道中で予習するからな」


「はい……」


 糖分を用意しておく必要がありそうです。


「二人にはすぐに出立の準備に取り掛かってもらいたいが、必要なものがあれが言ってくれ。こちらですぐに準備する」


「じゃあ、緊急帰還用の魔道具もらえるか?」


「そうだな。二人用ならすぐに用意できるだろう。二人には村の様子の確認。可能ならばネッドの拉致に関与した者達の捜査を頼みたいが、無理はしないでくれ。危険だと感じたらすぐに戻って来てくれて構わない。気を付けて」


「はい」


 エドガーさんは、最後の言葉を私に向けて気遣うように言いました。


 ディランさんと一緒なので不安はありませんが、何か重大な事に直面しそうな予感はありました。



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