シリル
「愛妾の娘として生まれて、貴女が苦労したのに、何故同じ過ちを繰り返すのですか?」
生まれて数ヶ月足らずのステラを腕に抱いて、パトリシアさんに尋ねた。
「どうしてでしょうかね」
彼女は悲しげに笑っていた。
社交界でどんな視線に晒されてきたのか、自分と同じ思いを、生まれてきた子供にさせてしまうのに。
パトリシアさんは、母親の地位はともかくとして当時は国王の娘としてまだ守られていたけど、この子は他国のただの男爵の娘だ。
「でも、前国王陛下は私の事を可愛がってくださったし、現国王陛下もとても親切に接してくださいました。だから、苦労したとは言えないのですよ」
言い訳だと思ったが、パトリシアさんには言えなかった。
現国王、つまり俺の父は、確かに異母妹のパトリシアさんとは良好な関係だった。
歳の離れた異母妹の存在があったから、父はおそらく娘が欲しかったのだろう。
生まれてきたのは王子ばかり四人。
最後に生まれてきた俺を見て、随分と落胆していたそうだ。
だからといって、母が責められたり、他の兄達よりも冷遇されたなんて事はないが。
国王である父は、最初は、余計なトラブルが生まれないように、婚外子として生まれてくる子供を父親に引き取らせて国外に出すつもりでいたようだ。
でも、生まれてきたステラを見て、パトリシアさんに伯爵家の後継者として育てるようにと告げていた。
爵位しかもたなかったパトリシアさんに、ステラの誕生祝いだと領地まで与えて。
「あの男は、必ず貴女とステラを裏切る」
忠告するように告げたけど、パトリシアさんに届いていたのかはわからない。
腕の中にいるステラはとても小さかった。
でも、ずっしりと命の重みを感じられて、そして、自分よりもはるかに体温が高かった。
こんなに熱くては燃えてしまわないかと、心配してしまう。
母親が火属性の魔法使いだからなのかと、思ったものだ。
タリスライトの海のようなシーブルーの瞳が、自分の小さな拳を見つめている。
不思議そうに見て、それを口の中に入れてみたり。
今度は俺の顔に向けて手を伸ばしてみたり。
顔を近付けてあげると、小さな手が俺の頬に触れた。
「ステラ、シリル様、涎がっ」
何をされてもその姿は微笑ましいもので、何もかもが初めて知る感情だった。
愛おしい。
慈しみたい。
自分よりも遥かに大切な存在ができるとは、思ってもいなかった。
ずっと、王宮生活に息苦しさを感じていた。
少しだけ歳が離れていた俺は、ほとんど眼中に入れられておらず、王太子の座を巡って、三人いる兄達はお互いに顔を合わせず、だから、食事の席を共にする事などない。
王女が一人でもいたら空気が違ったのかはわからない。
少なくとも俺は、この小さな従妹のためならなんでもしてあげたくなる。
「俺が守ります。俺が、ステラを守ります」
腕の中に抱くステラを見つめながら、パトリシアさんにそう宣言していた。
あの男は、パトリシアさんと都合の良い関係を続けて、本妻に事実を告げる覚悟も無く、だからステラを認知すらしていない。
何故、父があの男に対して制裁を課さないのか。
非嫡出子として生まれたステラは、未婚の伯爵の子として育てられることになり、大きくなった時に、傷付くのは間違いなかった。
この子のせいじゃないのに、生まれのせいで理不尽な思いをしなければならない。
優秀な魔法使いとして認められている今のパトリシアさんなら、ステラの事を守ってあげられるかもしれないけど、それだけでは不十分だ。
王族の俺がもっと力をつけて、ステラの盾となる。
あの男の存在を無視すれば、パトリシアさんと俺と一緒に過ごすステラは幸せそうにすくすくと成長していった。
でも、パトリシアさんは、ステラの成長を見守ってあげる事ができなかった。
病気の進行は早かった。
パトリシアさんがステラを置いて旅立ったのは、病気を告げられたわずか三ヶ月後だった。
あの男は結局、肝心な時にパトリシアさんのそばを離れ、ステラに不安な思いをさせた。
あんな無責任な男の手にステラを委ねる事などできないのに、俺はあの日、ステラを連れて行こうとする男爵を、子供の俺では止める事ができなかった。
一時的に、旅行の為に連れていくと言われれば、実父に対してなすすべがなかった。
数ヶ月すれば戻らざるを得ないから、その時にお前が支えてあげればいいと、国王陛下は言ったが、結局、ステラは生きて戻ってはこられなかった。
その絶望の知らせを聞いて、俺はしばらくどうしていたか、はっきりと覚えていない。
俺がグリース王国へ向かう許可が下りたのは、ステラの死から一年後。俺が14歳になった時だった。
ロット男爵家で俺を出迎えたのは、
「あなたが、私を罰しに来てくれたの?」
死人のような顔をした、ステラの異母姉エステルだった。
俺には、もう大切にしようと思うものが何もなかったから、どうやって道連れにしてやろうかと考えていたけど、ステラと大して変わらない少女から、抜け殻のような状態で墓碑に案内されれば、何も言えなかった。
罰して欲しいと願っている子の願いを叶えるのも癪だ。
あの男の無責任な行動はともかくとして、そもそも俺が、あの男を止めることもできなければ、ステラを引き止めることもできなかった。
ステラを虐待していた者達は、すでに他の人間の手によって罰せられている。
俺の出る幕なんかないのはわかっていたけど、ステラのために、何もしないでいる事ができなくて、そんな俺の腕を引っ張って、エステルがせがんできた事があった。
エステルは、自分がまったく知らないステラの話を聞きたがったのだ。
それがきっかけで、エステルがステラとの思い出話を嬉しそうに聞いてくれるものだから、ついつい語ってしまうし、それが俺にとっての慰めになるとは思いもしなかった。
あの男にはああ言ったが、エステルは、俺にとって、離れ難い子になっていたんだ。




