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「あの、ディランさん。今は、何を考えているのでしょうか?」


「お前の事にきまってるだろ」


「へっ?」


 手を握られたままの、そわそわとする沈黙に耐えかねて、どうしたらいいのか考えすぎて、頭がぐるぐるして、思い切ってディランさんに尋ねたのに、返ってきた言葉はますます私を混乱させました。


「よし。エステルに会いに行くか」


 あ、私の事を考えているって、エステルお姉様との対面の事だったのかと、少しだけガッカリしている私の気持ちなど置いてけぼりにして、ディランさんは立ち上がりました。


「俺が言ったことだろ。その時がきたら協力すると。ほら、一緒に行ってやるから」


 手を引かれて私も立ち上がると、気持ちを引き締めました。


 私がしなければならない事は、エステルお姉様と何を話せばいいのかわかりませんが、とにかく謝罪をしなければ、たくさん、たくさん傷付けることを言ってしまいました。


 それがたとえ、私の意思でも本心でもないのだとしても。


「こっちだ。エステルとシリルは客間で待ってる」


 お姉様達は、今いた部屋の、一つ下の階にある客間で待機されていたようでした。


 ディランさんの後ろについて部屋に入ると、ソファーに座っているお姉様の姿が目に入って、テーブルには、カップとソーサーが二客分置かれていました。


 シリルにぃ様は……いないようです。


「ステラ!」


 パッと、お姉様が立ち上がりました。


 怪我は無いと思いますが、そのお姿には疲れが見えました。


「ご」


 謝罪のために土下座しようとすると、すぐさまディランさんに襟首を掴まれていました。


「やめろ。それは姉妹間でやる謝罪じゃない」


「ディランさん……でも……」


 首を咥えられている子猫の気分で見上げると、


「エステル」


 ディランさんが、お姉様の名前を呼びました。


 その意図を察したのか、近づいて来たお姉様が私を抱きしめます。


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられます。


 お姉様の体温をこれでもかと感じていました。


 それは初めての事なのに、どこか懐かしいものを感じて、とても居心地がよくて、でも、こんな風に感じて罪悪感もありました。


「お姉様、ごめんなさい……お姉様だけじゃなく、オードリー様まで侮辱して、お姉様を傷付けて……」


「貴女の本心じゃない事はわかっているから、いいのよ」


「でも……」


「貴女、私が大好きでしょ?」


「はい」


「私もよ。もう、それでいいのよ。大人達の事情を、私達まで抱え込む必要はないわ。私達は二人で幸せになっていいのよ」


 お姉様の胸に顔を寄せて、ぐすぐすと泣いていました。


 こんなに甘えてしまっていいのか、でも、お姉様がそれを許してくれているのがわかって、止める事ができませんでした。


 ぎゅっと抱きついて、離れていた時を埋めようとするかのように。


「今は難しい話は無しにして、再会を喜びましょう。貴女が無事でいてくれて、本当に良かった」


「はい。心配かけて、ごめんなさい」


「うん。シリルも、貴女の無事を喜んではいたの」


 その言葉に、シリルにぃ様の姿がない事を、改めて疑問に思いました。


「あの、シリルにぃ様は?」


「シリルね、今は貴女に合わせる顔がないって、ついさっき何処かに行っちゃった。そのうち戻ってくるとは思うけど、とても気落ちしてて、謝ってたわ」


「私は、シリルにぃ様に会いたいのに……」


「ごめんね」


 私の寂しく思う気持ちが伝わってしまったのか、お姉様にしばらく抱きしめられたままでした。


 少しの沈黙があってから、ガチャっとドアが開けられる音が聞こえて、お姉様と同時にそちらを見ました。


「次男ならともかく、よもやお前が女性に刺される日が来ようとはな」


「親父」


「おじ様」


 ディランさんと、エステルお姉様が同時に言いました。


 部屋の入り口に立っていたのは、ディランさんのお父様……


 これから私が、どんなお叱りを受けても、仕方のない事だと覚悟していました。


「おじ様。この子が、私の妹のステラです」


「そうか」


 常に緊張下にある国境を守る一族の当主様。


 すぐ近くまで来られた男性はとても貫禄がある方なのに、私を見つめる眼差しは穏やかなもので、ディランさんと同じ紫色の瞳でした。


「こんなか弱いお嬢さんに刺されるとは、お前もまだまだ鍛錬が足りぬようだな」


「そうだな」


「それで、この愚息は何をやらかしたんだ。場合によっては貴様に責任を取らせなければならない」


「人気の無い場所に連れ込んで男女でやる事って言えば、一つしかないだろ」


「すまなかった、お嬢さん。こいつは刺されて当然だ」


「違います!誤解です!本当に誤解です!私が悪いんです!10年前も、今回も、ディランさんに、命に関わるような怪我をさせて、今度の事は、私がこの手で」


「怪我をするのはこいつが弱いからだ。お嬢さんはもう、気にしなくていい。こいつは、こうしてピンピンしとる」


「ですが……」


「ディラン。か弱き女性を守れずして、何が騎士だ。こんなにも若いお嬢さんに不安な顔をさせて」


 ディランさんの方が叱られていて、ますます私は慌てていました。


「守ってくれました!ディランさんは、たくさん守ってくれました!」


「それなら私は満足だ。だから、お嬢さんはもう、何も気にしなくていい。どうかこれからも、私の息子を見捨てないでやってくれるかな」


「そんな、私こそ……」


 ディランさんのお父様が私を見る目は、見守るように、どこまでも優しいものでした。


「ここはもうじき厳戒態勢がとられる。君達は王都に戻りなさい。状況が落ち着いたら、姉妹で我が家に遊びにくるといい。歓迎しよう。その時に息子が、どのように紹介するつもりか見ものだがな」


 最後にディランさんにニヤリと笑いかける姿は、お二人が親子である事を証明するかのように、とても見慣れた、見覚えのある表情でした。


 ディランさんに促されて、お姉様と退室しかけたところで、はたと足を止めました。


 大切な事を忘れるところでした。


「あああ、待ってください!お姉様にも、ミナージュ家の当主様にも報告しなければならない事があります!」


 突然大きな声を出したので、皆さんから驚いた様子で見られました。


「魔女がいた廃屋から、大量の禁制品が保管されているのが見つかりました」


「えっ、それって、うちの領地ってこと?」


「はい。伯爵家が、そこに保管していたのだろうって事です。すでにカティック伯爵家に捜査が入っています」


「お前が廃屋に行ったのは無駄じゃなかったって事だな」


「はい。まだ魔女の目的はわからない事もありますが、これでお姉様の安全は守られると思います」


「ありがとう、ステラ。えっと、明日も学園に来る?」


「はい」


 明日いきなり、私の任務が終わりになる事はないと思います。


 今度こそ御当主様に挨拶を告げて、屋敷の外へ出ました。


 お姉様とディランさんと、ゲートを利用して王都に戻ると、“腹減ってるだろ”と、その足でお城の近くにあった酒場らしき場所に連れて行かれました。


 賑わっているお店の隅にお姉様と向かい合って座ると、ちょっと待ってろと、ディランさんは調理場に入っていきます。


 もう、かなり遅い時間なのに、学生の身分の私とお姉様がこんな場所にいていいのか。


 店内を見渡すと……あ、シャーリーさん。


 どうやらここは、シャーリーさんの実家の酒舗のようです。


 どうしてここにと思いながらも、お姉様とたわいない言葉を交わしながらディランさんを待つ事、四半時。


「ほら、食べろ」


 目の前に置かれたのは、お魚サンド。


 私が先程、我儘としてお願いしたものです。


 衣をつけてサクッと揚げられたお魚が、パンに挟まれています。


 それを見た瞬間、とってもお腹が空いていた事を自覚しました。


「えっと……」


 お姉様の顔を見ると、どうぞと言うようにニコッと笑いかけられたので、お皿に乗った物を手に取りました。


「いただきます」


 お姉様も手に取ったのを見て、パクッと齧り付くと、サクサクした食感の中にふわふわのお魚が隠れていて、パンと衣に付いた茶色いソースはほんのり酸味があって、でも甘くて。


 とにかく、とても美味しいと言う事です。


 ギデオン様のあの蜂蜜ミルクを思い出しながら食べたのがこのお魚サンドで、とっても幸せな気持ちになって、胸とお腹が同時に満たされて、恥ずかしい事ではあっても涙が溢れて我慢できませんでした。


 泣きながら食べている私を見て、お姉様には驚かれて心配されてしまいましたが、隣に座ったディランさんには笑われながら顔を拭かれていました。


 私はとても恵まれています。


 助けて欲しい時に、助けてくれる人がいて。


 何も失われなかった。


 大切なものが、守られた。


 それに安堵して、大好きな人達に囲まれて幸せで。


 それから、ずっと前から抱え込んできた苦しかった事が、長かった一日を経て、綺麗に昇華されてしまった事を実感していました。


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