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創立記念パーティーで事件があった翌日。
私の頭を悩ませる事があった。
あの伯父だ。
最近やたらと事業に協力しろ、つまり金を貸せと手紙で言ってきたと思ったら、今度は家に来いと。
あの人達は絶対に何かをやらかしていて、私を巻き込もうとしている。
考え事をしながら、人の往来で賑わう街中を歩いていると、
「ひっ」
思わず、口から悲鳴が漏れた。
前方の物陰に潜むように立つ男。
ソニアの兄。
彼から、ねっとりとした視線を向けられていた。
何で、こんな所に。
突然目の前に現れた従兄。
ちょうどシリルのいない時を狙ったかのように現れて。
私は恐怖していた。
いやいや、落ち着いて。
何を考えていたのだとしても、これだけ人が多い場所で何もできるはずがない。
でも、うっかり誘拐でもされて、既成事実を作られたら取り返しがつかない。
この男ならやりかねない。
色々、嫌な噂が絶えない男なのだから。従兄は。
私に婚約者がいない今、あの人達はいくらでも理由をつけて好き放題ができる。
足早にそこから立ち去って、自分の自宅に戻ったけど、しばらく震えが治らなかった。
異性から性的な視線を向けられる事はある程度慣れていたけど、あの従兄は無視できるものではなかった。
目が、正常な判断ができる者のそれではなかった。
もしかしたら、あの男自身が薬物に手を出しているのでは。
怖い。気持ち悪い。
今すぐに、ミナージュ家に保護してもらいたい。
それを思った瞬間、その計画が頭に浮かんできた。
ディランはこの計画に協力してくれるのか。
幼なじみで、いつも私の事を気にかけてくれていたけど、さすがにこれは簡単には頼みにくい事。
シリルは……
タリスライトの王族との結婚など現実的ではなかった。
それに、彼は私をステラの代わりにしているだけだ。
だから、最初から相談をするつもりもなかった。
それがまた気に入らないからって、ほぼ初対面、一方的にしか知らない相手に、数日後に王宮で会った時にあんなに絡んで、魔法使いさんにも絡んで、頭を悩ます事は続く。
とりあえず相談事はディランにと、昨日約束した通り、カフェに来てもらっていた。
人の目に触れるよう、できるだけ目立つように。
伯父達には、私はまだディラン、ミナージュ家と深い付き合いがあると知らしめるために。
それと、ミナージュ家でこんな話をしたら、ディランの意思など無視しておじ様が話を進めそうで、それはそれで不本意だった。
「それで、ちょっと困った事になりそうで相談してみたのだけど……」
「伯爵家か……」
目の前に座ったディランは、声をひそめた。
「学園の敷地に、伯爵家の物が落ちていた。捜査が入った時に見つかった物だ。あからさま過ぎて怪しいが、カティック伯爵家が常に監視下に置かれる事には変わりない」
それでも、不安は拭いきれなかった。
私を保護してくれる親なんかいないのだし。
自分の身は自分でどうにかしないと。
ディランには悪いと思っても、私はその事をお願いしていた。
「カティック家の長男、私の従兄にあたる人物が、追い詰められて何をしてくるかわからなくて。お願いがあるの。ディラン。私と結婚して欲しいの。私には、貴方しかいない。貴方じゃないと……こんな事頼めない。抑止力になるのなら形だけの婚約とかでもいいから、自分勝手なお願いだけど」
恋愛感情自体は皆無だったけど、誰よりも信頼できる人がディランで、こんな事を頼めるのもディランしかいなかった。
もちろん、当然のように了承してもらえるとは思わなかった。
どうすればいいか、一緒に考えてもらうつもりでいたし。
でも、私の話をどこまで聞いていたのか、ディランがガラス窓を凝視していたかと思えば、店の外まで飛び出していた。
急にどうしたのかと見守っていると、ディランは窓の向こう側で誰かを探すように周囲を見渡している。
少しの間を置いて何かを考え込むように戻ってきた彼に、どうしたのか尋ねていた。
「知り合いがいた気がして……」
それはただの友人ではないように思えて、私はすぐに自分が言った事を撤回していた。
「ごめん。ディランの事、困らせたみたいね。誰か、お付き合いしている人がいるのね」
「そうじゃない。そんな関係じゃないが……」
ディランが、また、窓の向こう側を見ていた。
誰かを探すように。
初めて見る、幼なじみの顔だった。
とうとうディランも、本気で誰かを好きになったんだって、思った瞬間だ。
ちょっとだけ寂しいような、思いっきり祝福したいような。
ディランのお相手は、何となくだけどステラなんじゃないかなって思っていた。
学園で一緒にいた事もそうだし、ディランのノートを持っていたり。
ブレスレットの事も、ドレスの事も、簡単に話せない事情があるようだけど、でも、そうかもしれないと思ったら、二人はとてもお似合いだった。
二人並んでいたあの雰囲気が。
全力で懐いてくれるステラの笑顔が浮かぶ。
本当に愛しい子だ。
ディランなら、あの笑顔を守ってくれる。
むしろ今のこの状況が、ステラにとても悪い事をしているのだと反省した。
「お前が懸念している事は、別のところから相談を受けてて、親父にはすでに連絡してある。だから、お前は守られているし、まだ不安が残るようなら信頼できる護衛ももっと呼び寄せる。伝えた通りに、あいつらは監視下に置かれるし、お前の事も見守ってもらえるように、関わっている部隊の連中には伝える」
「おじ様も国境の緊張で大変な時にごめんなさい。ありがとう」
「エステルの希望通りに力になれなくて、すまない」
「気にしないで。こんな事頼む方がおかしいのだし。私も焦っていたみたい。冷静じゃなかった。むしろ、気持ちが明るくなったから。貴方の大切な人を紹介してもらえる日を、楽しみに待ってるね」
「ああ。必ず、エステルに会わせるから」
「本当は……パーティー会場で貴方とステラが一緒にいるのを見かけたの。だから、もしかして、そうなのかなって」
「今は、それ以上は聞かないでくれ。騎士団関係での事情がある」
「わかった。ああ、私、本当にどうかしてた。ごめん。本当に、ごめん。ステラにも気付いてないふりしてあげた方がいい?」
「そうだな」
ディランの顔は、特別な関係を隠している……ようには見えない飄々としたものだ。
騎士団関係、任務に関わる事なら、簡単に私に話せるわけがないのだろうけど。
あんな事件があった後だし、ステラが何か危ないことに巻き込まれているとかじゃなければいいけどと、新たな不安が胸の中に生まれてはいた。
「俺の事よりも、あのシリルって奴は、何者だ?少なくとも貴族階級に属する男だろ」
「怪しい人じゃないから、心配しないで。昨日は、ごめんなさい。ちゃんとした身分がある人だから。ステラの……縁者なの。御墓参りにたびたびロット領を訪れてて、彼には本当に申し訳ないと思ってて」
「印象は最悪だけどな。エステルは大丈夫なのか?まさか、脅されたりとかされてないだろうな」
「違う違う!いつもは穏やかな人なの。本当よ?……ステラの事を本当に大事にしてたから……貴方に八つ当たりしているの。ごめんなさい」
シリルはまだ、ディランがステラを見捨てて、囮にして逃げたと疑っている。
だから、許せないと思ってて、本当に誤解なのに。
「エステルが謝る必要はない。ただ、魔法士団の子に絡まないように気を付けてやってくれ。俺が行って刺激するのなら近付かないから」
「うん」
話が終わると、私達はすぐにお店を出た。
ディランはその足で、国境の偵察も兼ねて、一度実家へ帰ったようだった。
Ⅲ-13あたりの話です。




